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第二十話 まだ早い。

 陛下の私室の応接室に戻ると、お父様達は複雑そうな表情で出迎えてくれた。


 お母様がお父様の耳元で何かを囁き、背中を宥めるように擦ったりしている。


 リーンハルト王子はこの場の妙な空気を敏感に察知したのか、奇妙な三人に「どうかされたのですか?」と、神妙に尋ねる。


 私達が庭へと出かける前は、王子たちと私の気恥ずかしいやり取りも、おままごとの延長戦上と言わんばかりに「微笑ましいね」「全くだ」と穏やかに談笑していたのに。


 今は、ビリっとした緊張感が漂っているし、お父様は少し怒ってるようだ。


「父上?」

 リーンハルトの問いかけに陛下はハハッと笑った。

「我が姪が将来義娘になる幸福な夢をぽろっと口にしたら怒られたんだよ。」


 えっ、義娘…?

 その言葉からイメージさせられるのはひとつだけ。


「娘は誰にもやりません。家族三人ずっと仲良く幸せに暮らしていきますので。」


「娘を持つ父親はそう言いたくなるらしいよね。娘が年頃になったらそうも言ってられなくなるよ? 婚約を邪魔してくる父親に、お父様なんて大嫌い! なんて言われて。」


“大嫌い”に、言い返そうとした言葉を詰まらせ、う…っと呻く公爵。


 なるほどそうか。この場の空気の原因を察して、ジト目で王である父を見遣るリーンハルト。


 父は自分の弟をからかうのが大好物なのだ。

 どんな反応を相手から返されてもいつも嬉しそうにしている。

( 叔父上限定だからいいものの、父も人が悪い。)


「娘が望まぬ婚約をさせるつもりはない。望むのなら…それならば…うっううっ」

「まぁ旦那様、起こってもいない事で泣くのはおよしなさいな。ほら、せっかく止まった涙がまた零れて。目元が赤くなってますわ。」


 そう窘めるように言って、公爵夫人は公爵の目元を手にしたハンカチで押さえるようにトントンと優しく拭う。


「陛下、これ以上わたくしの夫をからかうおつもりなら、わたくしも色々と考えがありましてよ? エリザベス様に――――」

「はい、もう言いません。申し訳ありませんでした。」


 エリザベスとは、この国の王妃の名である。

 陛下は己の妻に一切頭が上がらないのだ、尻に敷かれまくっている。

 敷かれに行ってるともいうが。

 弟には少しSっ気を出すのだが、己の妻には怒られなじられたいのだ。

 厄介な人間である。


「あら? 素直ですのね。けれど、叱られるのは本望なのではありませんか?」

「今度叱られる時の罰が一週間の共寝禁止でね。それだけは絶対に嫌なんだよ。」


 公爵夫人の目がキラリと光る。


「それは僥倖。では早速―――」

「ま、待て!」


 義兄と義妹のやりとりも、王子たちには見慣れた光景だったが、リティシアには初めてのことだった。

 目の前で起こってる事を理解するのを脳が拒否しているのか、混乱していた。


 リーンハルトとまだ繋がれたままの手をキュッと握り、混乱している中でもこれだけは伝えたい言葉があった。


「私はお父様がお嫁に行かなくてもいいと言ってくれるのなら、一生お嫁には行かずに、お父様とお母様と私と、もしかしたら生まれてくる弟か妹と家族全員で暮らしていきたいです。」


 突如騒がしかった空気が、びたりと静かになった。


 ポカンとした顔のお父様は、それからすぐに顔を破顔させ凄い勢いでリティシアの目の前にきた。


「そうか、そうだよ。リティシア。ずっと一緒に暮らしていこう。」

 リーンハルトと繋がれていた手をスパッと離させ、リティシアを抱っこする。

 そして、リティシアの頬と自分の頬をくっつけスリスリと頬ずりをしだした。


「うんうん、兄の話を真に受けるなど愚の骨頂だった…! リティシアは天使だったのに。穢れなき天使は俗世の人間と婚姻は出来ない。穢れてしまうから。そんな大切な事を忘れていたお父様を許しておくれ。」


 もはや意味不明である。


 すりすりすりすり頬ずりしながら、懺悔するように幾度も何かを口にし、周囲が引いているのを完全に無視している。


 その様子を見た王は「うん、今日は謝罪するよ。何か申し訳ない。」と公爵夫人に謝罪を口にした。

 完全なプライベートな故に口に出来る言葉である。


「謝罪を受け入れます。これからは夫をからかう時は娘の事は禁止ですわ。寝た子は起こさないで下さいまし。(旦那様の泣き顔は私だけの特別ですわ)」


「肝に銘じるよ。」

 公爵夫人の言葉にはしない思いが伝わり、苦笑しながら頷いたのだった。


 空気と化して静かにしていた王子たち三人も詰めていた息をホッと吐き出し、緊張を解いたのだった。



 天使に頬ずりをしてるうちにやがて落ち着きを取り戻した公爵は、

 いつもの輝くように麗しい美貌に微笑みを浮かべると、何事もなかったかのように優雅な所作でテーブルへと戻り椅子に座る。

 ―――リティシアを己の膝の上に乗せて。


「シアにその手の話はまだ早いですし、シアは家族とずっと一緒に居たいようですので。親として娘の意思を尊重したいと思います。」

 キリッとした顔をして宣言する。


「何ももう言ってないのに…」

 陛下が思わず呟く。


 そこへ、ずっと黙っていたリシャール王子が話し始めた。

「家族だもんね。分かるよ。血の繋がりは大事だ。」


「分かってくれて嬉しいよ。」


 公爵も甥には甘くなるのか口調も優しい。まして嬉しい事を言ってくれた事で機嫌が良くなってきた。


「父上も叔父上も兄弟で血の繋がりがある。父上の子供の僕達も、叔父上の子供のリティも血の繋がりがある。家族はずっと一緒にいるべきだと僕も思うよ、叔父上。」


「そうだ、リシャールは賢いな。」

 ますます機嫌を良くしながら、聡明な甥を褒める。


「うん、よく分かったよ。」

 リシャールもニコニコと機嫌よく笑った。


 セシルが「叔父上、身内が絡むと判断力低下するよね。」とボソリと呟いた。

 リーンハルトが「しぃっ、この件はその方が都合がいいんだから静かにしようか。」とニヤリとしながら口に指を立て静かにするジェスチャーをした。



 そんな人間たちを呆れた顔をしながら見ている聖獣二匹。


 あんなに緊張していたのに、予想だにしない事ばかりが起こった事で、肩の力が抜けたのかもう一切緊張感が消えていた。

 父の膝で甘やかされてるうちに眠くなってしまい、リティシアは膝の上でいつの間にか寝てしまったのだった。



 屋敷に戻り目を覚ますと、もう晩餐の時間で。

 メイドに着替えさせて貰いながら、リティシアは庭に行かずずっと室内にいたユキへと質問する。


「お父様は私達が戻ってきた時、何であんなに怒っていたの?」


 リティシアの足の傍でぺたりと伏せをして寛いでいたユキは、リティシアを見上げた。


『ああ、それはな――――』



 ユキが語ったあの場の話。

 陛下が公爵に「姪っ子をうちの息子たちの誰かの婚約者にしてもいいか?」から始まった。

 即答で断った公爵に陛下が「聖獣に守られた乙女だ他国からも望まれ他国へと嫁ぐ事になるかもしれないね」と意地悪を言い、公爵が怒った。

 公爵邸と王宮の距離など目と鼻の先でしかないが、他国だともう殆ど会えなくなる。

 私も姪と会えないのはとても残念だ。と陛下がちくちくと言い続け、公爵が決まった事ではないものを想像しウルウルした所で、「だから我が息子達の婚約者が一番良い」また同じような事を言われて怒る。

 その時にリティシアたちが戻ってきたそうだ。


 変な出来事に巻き込まれず、穏やかに暮らしたいリティシアはずっと公爵家に居ていいと言われて渡り船だった。

 が、それはそれとして――――

 父は本当に親ばかなのだなぁ…と、リティシアは遠い目をしたのだった。

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