第十七話 遠慮のないスノウ、不貞腐れるユキ。
陛下がいる場所まで尻尾をユラユラさせながら近づいたスノウ。
座っている真下までくると、陛下を見上げ――――
『僕の毛並艶々してるでしょ? リティシアが毎日お風呂に入れてくれるんだよ。』
フフンとした感じで話しかけている。
「艶やかで綺麗だと思っていました。」
と陛下も微笑んで同意する。
スノウ…? とリティシアがスノウの謎発言に小首を傾げそうになったその時――
『気付いてたんだ。仕方ないな、触ってもいいよ。特別だからね?』
と、スノウは陛下の膝にピョンと飛び乗った。
「ス、スス、スノウ! ダメ!」
陛下の許可なく陛下の膝に乗るなんてぇぇええ、やめてぇぇぇ!と、リティシアは心中で絶叫した。
「リティシア、大丈夫だよ。聖獣様に膝に乗って頂けるなんて光栄だ。」
陛下は穏やかに優しくリティシアに語りかけた。
「ほらほらシア、落ち着いて。」
公爵がリティシアの頭を撫でる。
アワアワしながらスノウと陛下を交互に見た。
(…陛下が微笑んでる。スノウも膝に乗る以上の事はしなさそう…?)
リティシアの強張っていた体から力が抜け、ホッと吐息をつく。
そして隣に立つ公爵を見上げると、気の抜けた顔で「はい、お父様。」とふにゃりと微笑んだ。
お父様は片手を口元に当て「てっ、天使……っ!」と篭った声で呟いた。
(お父様…陛下の御前で弟だからといって溺愛モードに入るの恥ずかしすぎるのでやめて…)
その王様は、弟の天使発言は兄である王にも聴こえており、同意するように頷いていたのにリティシアは気付いていない。
兄弟なのでそういう所は恐らく似ているのかもしれない。
「ずっと立たせたままで悪かったね。皆座ってくつろいでくれ。ここは私の極々プライベートな私室だから、無礼講だからね? 王と臣下ではなく、家族として過ごしてくれると嬉しい。」
陛下は膝で丸まったスノウを撫でながら、優しい笑顔である。
「ではそろそろ…、私の家族も呼んでもいいかな? ああ、聖獣様に紹介が遅れましたが、扉前に立っている人間は、我が国の騎士団長をやっているアイエス・ティフェラーという者です。聖獣様が私へ危害を加えると思ってこの場に居る訳ではないのですが、理解の出来ぬ愚か者は何処にでも居るもので――
国防の最高責任者を置く事で、近衛を幾人も介入させようとする者達を黙らせるだけの人選ですので、御赦し下さいね。」
陛下が、扉前を見つめて、あ…しまったという顔をした後、詳しく説明してくれた。
(もしかして陛下、騎士様の存在忘れてたとか…? いやそんな訳ないよね、王様だもん。)
ここまで先導してくれた騎士様が騎士団長様だったとは。
前後を騎士様に警護的な感じで移動したけれど、先導してくれた騎士様の御召し物が他の方より豪華だったわけである。
今思い返してみれば。な、訳だけれど。
「ご紹介に預かりまして、聖獣様の御前にて失礼します。アルテュール王国で騎士団長職を任されております、アイエス・ティフェラーと申します。」
そして、手本のよう綺麗な騎士の礼をする。
頭を下げた方向は、いまだに陛下の膝の上で丸まっているスノウのところ。
挨拶を受けたスノウが耳をピンと立て顔だけ上げた。
アイエス様をじっと見つめると、理解したとでもいうようにひとつ頷く。
『宜しくね。真っ直ぐな心を持つが故に不器用なんだね? 君のような人間は面白いから好きだよ。』
ジワリとアイエス様の頬に朱が差す
関係ないリティシアの頬もそれを見てポッとなる。
大人の男性の照れた顔、それも男らしい美丈夫の。
中々の破壊力である。
「ハッ、有難き幸せ。」
アイエス様はそう告げ、深々と一礼した。
興味無さそうなジト目で、壁際から視線だけを向けていたユキは。
鼻を鳴らした。
アイエス様はユキの方角にも体ごと向け、深々と一礼した。
ユキは何も言わずに目を閉じた。
それを見たリティシアは半目になる。
躾のなってないペットの行動は、全て飼い主であるリティシアの責任である。
明日…いや、今日屋敷に帰ったらすぐにでもお説教タイムを設ける事を今決意した。
(ごめんなさい! 屋敷に帰ったらユキはしっかり叱っておきます!)
アイエス様に心の中で詫びる。
そのアイエスはユキの態度を気にする風ではなく、満足気である。
挨拶も終わり、アイエス様以外の皆がソファや椅子へと座り、一同ホッとした所で、
陛下が先程の話をまた口にした。
「よし、挨拶を終えたところで―――私の家族もこの場に呼びたいのだけれど、
いいでしょうか? 聖獣様方。」
リティシアの胃がキュッとなった。
しかし、相手は従兄弟たちである。
誕生日にも来て頂いた、凄くいい子達であった。
王族というド級の存在とはいえ、王弟の子供である自分の親族である。
親族くらいは慣れよう! と気合いを入れたリティシアなのだった。
『いいよー。』
『問題ない。』
暢気に答えたスノウと、何故か素っ気ないユキ。
ユキの素っ気なさに、いつもと違うなぁ…と感じつつ、親族たちが来るのを待った。




