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未分類の短編小説

あの娘のスカートの中

作者: 魚の涙

スカートの中に何を見たのかが気になった。

 喪服が、と言うよりは正装と呼ばれる服装全般が未だに慣れない。

 ネクタイを緩めても緩和されない息苦しさに辟易しながら、煙草に火を点けて深く煙を吸い込むと、少し息が楽になった。


 ふらふらと、まるで俺の人生の様な煙が夜の闇に紛れて見えなくなった。

 寺の片隅で吸う煙草は可も無く不可も無く、一つだけ言える事があるとしたら暑い季節じゃなくて良かったと言う事だけだ。


 薄らと漂う煙の様に、本堂からお経が聞こえて来る。

 葬儀の途中で煙草が吸いたくなって抜け出した訳だが、三崎なら許してくれるだろう。

 何ならあいつ自身退屈でどこかへ抜け出しているのかも知れない。


 三崎が死んだ。

 浴びる程酒を飲んで、バイクで飛んだらしい。

 本当に飛んだとか何とか。


 方々に迷惑を掛けたであろうからあまり大っぴらに言える感想ではないが、三崎らしいと言えば三崎らしい最期だろう。

 もう三崎に会えないと思えば寂しくもあるが、基本的に迷惑が服を着て歩き回る奴だったから惜しむ気持ちは薄い。


 その三崎の葬儀は想像以上に普通で、冷静に考えれば喪主である可奈ちゃんは常識を持ち合わせていたのだから当たり前だ。

 どこぞの大企業に就職したとは風の噂で聞いていたが、やたら美人になっていて眼福だった。喪服がすげぇセクシー。

 まあ、可奈ちゃん的には愚兄とつるんでいた阿呆等とは顔を合わせたくなかったかも知れないが。


 そう言えば三崎はどんな人生を歩んでいたのだろうか?

 高校が別になってから会っていないからその辺りの事は良く知らないんだよな。

 三崎とは中学まではよくつるんでいたが、三崎が俺を友人だと思っていたかどうかは微妙な所がある。

 俺達はお互いにそれ程関心を抱かなかったからな。


 そう言えばあの時もそうだ。


 小学生の頃スカート捲りが流行った。

 流行ったと言ってもそんな事をしていたのは俺と三崎だけだが。

 その時も三崎は俺を誘う事も無く一人でスカート捲りに嵌っていて、それを見た俺が便乗して参加したと言うだけだ。


 競うで訳でも示し合せた訳でもなく、ただ同調する。

 多分俺と三崎は精神の構造が近かったのだろう。

 ただ何となく同じ様な行動に辿り着くと言うか何と言うか。


 周りから見たら悪餓鬼二人組だったのだろうが、俺と三崎は俺と三崎でしかなかった。

 今も別に悲しいと言う感情は無く、それでもわざわざ葬儀に駆け付ける程度には馬が合った。


 まあ、だから、三崎が何考えているかは半分位なら理解出来た。

 たった半分だけとも言えるが、割と意味不明な三崎の行動を何と無く理解出来るだけで十分だとも言える。

 理解出来た所でどうしたって感じだけど。


 ああ、そう言えば、あの時も良く分からなかったな。


 スカート捲りをしていた時だ。

 あの娘は何て名前だったっけ……。

 完全に忘れてしまって思い出せないが、地味な娘だった事は覚えている。

 顔は……覚えてないな。眼鏡をしていた様なしていなかった様な。

 イメージ的にはお下げで眼鏡って感じだけど、実際はそうではなかった様な。


 しっかり覚えているのはスカートの丈だけだ。

 ……我ながら最低な記憶だな。


 まあ、とにかく、いつも長いスカートを穿いていた娘だった。

 俺と三崎がスカートを片っ端から捲ったせいでスカートを穿く娘がほぼいなくなってしまった時にもスカートを穿いていた。


 ああ、だから妙に覚えているのか。スカートの丈を。


 多分あの娘は、最後にスカートを捲られた娘だ。

 最後にスカートを捲ったのは三崎で、俺はそれを見ていた。

 三崎はあの娘の背後に音も無く忍び寄ると、くるぶしが隠れる程丈の長いスカートを思いっきり捲り上げたのだ。


 その時のあの娘の反応は良く覚えてない。

 多分そんなに反応が無かったと思う。

 驚いて固まっていたのか、無感動だったのかは覚えてない。


 覚えているのは三崎の顔だ。


 あの顔は……俺には言葉で表現出来ない複雑な表情だった。

 驚いたと言うよりは気の抜けた、でもどこか怯えたようで怒った様な。

 その直後にすとんと顔色が抜け落ちた。

 青褪めたとかそんなんじゃなくて、確かに色が抜け落ちたんだ。


 三崎は捲り上げたスカートをゆっくりと戻して、俺を見る事もなくどこかへ行ってしまった。

 あの娘は……どうしたんだっけ? 良く覚えていないな。


 でも翌日顔を合わせた時の三崎はいつもの三崎で、石灰の袋を振り回して破いて真っ白になっていた。

 ただ、その日から三崎はスカート捲りをしなくなった。

 それはスカートの中に何かを見たからなのか、ただ単に捲るスカートが無くなったからなのか。

 俺はその事を三崎に聞かなかったし、三崎はその事を俺に話さなかった。


 その更に翌日には石灰をいかに綺麗にばら撒けるかに俺と三崎の関心は移ろっていて、結局今日まであの娘のスカートの中に関する話題は無かった。

 三崎が死んだ今となってはその事を聞ける機会は永遠に無くなってしまったが。


 考え事をしていたら、煙草はフィルターの手前まで灰になってしまっていた。

 俺は煙草を砂利の上に投げ捨てると、もう一本煙草を咥えて火を点けた。


 最初の一吸いを吐き出して、スカートの中に関して聞ける相手がまだ居る事を思い出した。

 思い出しと言うか、俺の目の前を歩いている。


 あの娘だ。

 同時に苗字を思い出した。寺本だ。

 当時の髪型や眼鏡の有無は思い出せないが、今はうなじの辺りでふんわり毛先がカールしたショートボブで眼鏡は掛けていない。

 服装は黒いワンピースで、スカート部分の丈はくるぶし程。靴は黒いパンプス。

 当たり前だが、葬式に出席する普通の服装だ。


 あー。俺位は普通じゃない服装するべきだったか?

 いや、三崎なら別に気にしないか。


 俺は火をつけたばかりの煙草を砂利の上に捨てて、寺本の方に歩き始める。

 三崎は俺の服装が何だろうと気にしないだろうが、あの娘のスカートの中を気にするのだろうか?

 それは良く分からない。


 でも、俺はスカートの中に何があったのかが気になった。


 じゃりじゃりと、足元で音が響く。

 寺本にもその音が聞こえている筈だが、気にする様子はない。


 少し思い出した。

 寺本はいつもそうだった。

 俺と三崎に限らず、誰にだって注意を払わない。

 そんな寺本のスカートが最後に捲られたのは何故だろう?

 何故俺と三崎は寺本のスカートを捲る事を避けた?


 考えている間にも俺と寺本の距離は縮まる。

 寺本は俺に注意を払わず、俺は寺本の数歩後ろで砂利を鳴らす。


 スカートを捲るべきなのか。


 俺がそれを決断するよりも先に、寺本が立ち止まった。


 本堂まではまだ距離がある。

 俺と寺本以外には誰も居ない。

 急に、虫の声が聞こえて来た。いや、ずっと聞こえていたのだろう。

 ざわざわと木の葉が風に揺れる音も聞こえる。

 砂利を踏む音はもう聞こえない。

 俺も寺本も歩いていないからだ。


 俺の心臓の音が聞こえる。少し早い。

 寺本は背筋を伸ばして立っていて、振り向かないし喋らない。

 俺はその足元に片膝を付いてしゃがんだ。


 砂利が膝に突き刺さって少し痛いが、そんな事よりスカートの中が気になった。

 あの時の三崎と同じ様に両手でスカートの裾を掴む。

 ちらりと上を見る。寺本は前を向いたままだ。


 一気にスカートを捲る。


 中には何も無かった。

 顔の色が抜け落ちたのが分かる。




 そして、目が合った。

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