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2-3 巫女のお務め

 御影と斎宮である星乃が、大広間での初対面を終えた日からひと月が経った頃……。


 着慣れない雅な女房装束にも少しずつ慣れ始めた御影は、母屋へと通じる渡殿を歩いていた。


 「ーー今日はまず母屋の中庭で榊の木の手入れね」


 「えぇ、その後は神事に使う玉串作りよ」


 御影の隣を歩くのは御影の同僚であり上位巫女としての先輩でもある小百合である。


 肩口程度の緩く波打つ淡黄色の髪と同色の瞳、髪に挿された黒い百合の髪飾りが目を引く小百合は、御影と同年代ながら大変なしっかり者で今回新入りの御影の教育係を任されたのだった。


 上位巫女の仕事は多岐に渡る。斎宮の一日の予定の管理から身の回りの世話、更には神事の補佐まで、覚える事も多く幅も広い。


 上位巫女の職に就いて間もない御影は、母屋の奥で育てている榊の木の世話や九陰各地に配る護符の作成など、今のところは上位巫女の仕事の中でもどちらかと言えば簡単な作業を任される事が多かった。


 「御影は物覚えも早いし、優秀だもの。どんどん仕事を覚えて貰わないとね」


 「えぇ、どんなお務めでも精一杯頑張るつもりよ」


 「もう、御影ったら。そんなに気負わなくたって良いのに」


 そう言って小百合は苦笑したが、本来、上位巫女の職など平民である自分には分不相応だと思っている御影である。御影としては与えられた務めはどんなものでも全身全霊をかけて臨むだけだ。


 今日の作業の段取りを話しながら、二人は渡殿を歩く。やがて母屋へと入り、斎宮の政務の場となる斎宮曹司のある区画へと進む。


 榊の木の植林場となっている中庭があるのはその更に奥だ。


 (ーーあら?)


 ふと、前方から濃い赤の狩衣を纏った男性二名が歩いて来るのが見えた。


 「ーー全く当代の斎宮に代わってから仕事が増えて叶わんよ」


 「本当に。やる気があるのは結構ですが、これまで斎宮無しで回していた所にまで口を出されてはねぇ……」


 男性二人は話すのに夢中で御影と小百合には気付く様子も無い。


 「郡司の方達ね。普段は東の対屋でお仕事をされているんだけど、きっと斎宮殿下に御用でもあるんだわ」


 そう、小百合が御影に耳打ちする。


 言われてみれば、男の手には何やら書簡がある。小百合の言う通り、斎宮星乃への確認か何かなのかもしれない。


 結局、男達は最後まで御影達を気にする事もなく二人の横を通り過ぎて行った。


 「ーー何か、とても不満が溜まっているみたいね」


 「そうね」


 「さっき、当代の斎宮殿下に代わられてから仕事が増えたと話していた気がするけど……」


 御影が問えば、小百合は頷いた。


 「斎宮殿下は人々の為に祈りを捧げて下さる神職であると同時に、この九陰を預かる郡司達の長でもあるでしょう?」


 「えぇ」


 この斎宮殿は神事を司る場であると同時に、九陰の政務を司る郡衙(ぐんが)でもある。そして、そのどちらにおいても最高位を占めるのがこの斎宮殿の主たる星乃なのだ。


 「ーーでも、それはあくまでも形式だけで先代までの斎宮殿下達は政務には殆ど無関心だったらしいのよ」


 「そうなの?」


 「えぇ。まぁ、神事だけでも大変な量のお務めだから……。そちらまで手を回す余裕が無くても仕方が無いわ。それで、郡司の方達もこれまでは自分達だけで政務をこなしていたみたい」


 「それが当代の斎宮殿下に代わられてから変わったと……?」


 「そうみたいよ。決裁書にも全て目を通されるらしくて、斎宮殿下から承認を頂けないと先に進めないらしいわ。


 まぁ、これが本来の在るべき姿といえばそうだし、今までみたいに全てを事後承諾で斎宮殿下に奏上する方がおかしいというのはその通りなんだけど……」


 小百合の言葉に、御影の脳裏には先日対面した儚く可憐な巫女姫が浮かんだ。


 「斎宮殿下……なんて立派なのかしら。でも、あんなにお小さいのだし、無理をなさらないと良いのだけど……」


 星乃へと思いを馳せる御影に、小百合も頷く。


 そんな中、後方からぱたぱたと渡殿を走る足音が聞こえてきた。


 「ーーあら?」


 些か行儀の悪い足音に御影と小百合が振り返ると、そこには馴染みの顔ーー腰まである癖の無い濃緑の髪の娘、二人と同じく上位巫女である泰菜(やすな)の姿があった。


 「ーーあぁ、良かった! 探してたのよ、小百合」


 息を切らせる泰菜が安堵混じりにそう言えば、御影と小百合は顔を見合わせた。


 「何かあったの?」


 「もう、大変なのよ。清歩祭(きよほさい)の舞い手に欠員が出たの」


 「清歩祭?」


 聞き慣れない単語に御影が目を瞬かせれば、小百合が「あぁ、御影にはまだ話していなかったわね」と呟いた。


 「月に一度、上位巫女達が十数名で市井に出て、お清めの舞いを舞いながら街中を練り歩くの。九陰はこんな場所だし、ご利益があるって見物に来る街の人達もかなりいるのよ」


 「へぇ、そうなの」


 興味深げな御影をよそに、小百合は泰菜へと向き直る。


 「それでその代役に私を? でも、これから御影と榊の手入れにいかないといけないし……。というか、舞なら泰菜だって出来るのだし、泰菜が代役をしたら良いんじゃない?」


 「私も勿論出るわよ。体調不良だか何だかで数人欠員が出てるの。本当は御影にも頼みたい所だけど、流石に此処に来てばっかりだしね」


 泰菜にちらりと視線を向けられ申し訳無い気持ちになった御影だが、そもそも清歩祭の舞も何も分からないのでどうしようもない。


 「ーー小百合、泰菜と一緒に行って。私なら一人で平気よ」


 「え、でも……」


 困惑する小百合の背を押すように、御影は更に言葉を掛ける。


 「大丈夫よ。榊の木の手入れなら、小百合に教えて貰ってやり方も覚えたから」


 「そ、そう……?」


 尚も迷っている様子の小百合の肩を泰菜が軽く叩く。


 「御影もこう言ってるでしょ。ほら、さっさと行くわよ。間に合わなくなっちゃうわ」


 泰菜の言葉に決心のついたらしい小百合は一言御影に謝ってから泰菜と共に元来た道を戻って行った。

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