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5-9 斎宮殿の戦い(四)


 地下の大穴から立ち上る光の奔流。質量を伴ったそれの勢いに月灯と金華が吹き飛ばされる。


 間一髪の所で朝陽が月灯を抱き止め、遅れて御影も駆け寄った。


 「月灯様……っ」


 「よくやった、月灯。お前は自慢の弟だよ」


 「御影、兄上……。ヒヨ助が……あいつが僕の代わりに大穴に飛び込んで行ったんだ……」


 月灯の言葉に御影と朝陽も頷いた。二人もまた月灯の小さな友人が大穴に落ちていくのを見ていたのだ。


 そうしておそらく龍神の封印も解けた様である。あの小さなヒヨドリが何故贄の条件を満たしたのか朝陽と御影には疑問であったが、今はそれについて考えている暇も無い。


 「月灯、御影ちゃん……戦いはこれからだぜ。いけるか」


 朝陽の問い掛けに二人は強く頷いた。






*****


 月灯と同様に光の奔流によって吹き飛ばされた金華だったが、こちらは皇の傍らに危なげなく着地していた。


 「ーー金華、どういう事だ。月灯が生きているのにも係わらず龍神が解放されたとでも言うのか」


 想定外の出来事に皇の言葉には苛立ちが込もっている。


 しかし、呆けた様に大穴を見ていた金華から応えはない。


 「ーー金華よ、何を黙っている」


 そう言って皇が舌打ちした瞬間だった。


 地下の大穴から迸る光の奔流が一気に増す。それと同時に最早神通力を超えた神気とでも言うべき凄絶な気配が爆発的な勢いで辺りに広がった。


 「……っ!!」


 金華が思わずその場で片膝を着いた。これまで心地好かった筈の場の空気が急に金華を害する様なものに変わったのだ。


 隣で皇が「何をしているっ!!」と怒鳴り声を上げるが、最早金華に皇を気にする余裕は無かった。


 「ーー怨嗟の塊であった筈の龍神がどうして此処まで浄化されている」


 金華が苦々しげに呟いたのとほぼ同時ーー光の中、白い龍神が天へと昇っていく。その背には霊的な光で形取られた黒髪の乙女の姿もあった。


 「ーー(いつき)め、龍神を天へと導こうとでも言うのか。だが、そうはさせぬ」


 忌々しげに吐き捨て、金華がふらつきながら立ち上がった。


 しかし、そんな金華がふと視線を向けた先ーーそこで見たものに金華は目を剥いた。


 そこに見えたのは朝陽、月灯、御影の三名。最早金華にとって何の意味も無い存在の筈だった。


 月灯の手には横笛。そして御影が小太刀を片手に構えを取っている。


 そう、それは……。


 「ーー貴様ら、まさか……っ!!」


 その瞬間、金華はまさしく鬼の形相となった。






*****


 今までに見たことも無い様な速度で朝陽達の元まで一瞬で距離を詰めた金華は、朝陽と月灯の間を縫う様に滑ると唖然とする月灯に蹴りを喰らわせた。


 「ーーうぅっ!?」


 咄嗟に受け身を取った月灯だったが、その拍子に月灯の手にあった横笛が手から離れた。


 そんな月灯へ金華が更に追い討ちをかけるべく身体を捻る。


 「ーーさせないわっ!!」


 「つくづく邪魔ばかりして下さるお嬢さんね」


 小太刀を手に斬り掛かって来た御影を難なく躱しながらも、金華は忌々しげに呟いた。


 次の瞬間ーー。


「ーーぐぅ……っ!?」


 金華の顔が苦渋に歪んだ。


 「え、な、何……?」


 突然の事に御影も戸惑うが、すぐにその理由が明らかになった。


 「これは……っ!?」


 御影と同様に朝陽や月灯も頭上を仰ぐ。


 遥か頭上から聞き覚えのある笛の音が聴こえて来ているのだ。


 「南雲殿の笛だ……っ!!」


 月灯の叫びに朝陽と御影も同意する。


 常識的に考えれば地上で奏でる笛の音色がこんな地中深くまで届く筈が無い。


 しかし。


 (ーーそうだわ。地上にはアージェント様がいる……っ!!)


 謎多きやり手である彼が何かやっていると考えれば納得もいく。


 離れた所にも味方がいるという事がこんなにも心強い。それは朝陽や月灯も同じ気持ちの筈だった。


 御影、月灯、朝陽。そして三人と距離を空けて立つ皇、金華。


 アシハラの運命を握る二つの陣営が睨み合う。






*****


 地上へ向かって飛翔する白い龍神。


 それを見送るしか出来ない皇が歯噛みする。


 「ーー何をしているっ!! 早く龍神を喰らえ……っ!!」


 「ーーえぇ。言われずともそうさせて頂きますとも」


 此処に来て急に余裕を失くしつつある皇に、金華はぞっとする程冷たい笑みを浮かべた。


 次の瞬間、金華の全身から凄まじい瘴気が迸る。


 御影達が立っていられない程のそれが龍神の放つ神気をも飲み込み、場を支配する。


 「ーー月灯様、私の後ろへ……っ!!」


 常人には目も開けていられない程の瘴気に御影が月灯を背後に庇う。


 「でもそれじゃ御影が……っ」


 「私なら大丈夫ですから……っ」


 そんな二人を守る様に前に立った朝陽が前方に険しい視線を向けた。


 「ーーついに正体を現しやがったか、化け狐」


 美しい女の姿をしていた金華の姿が巨大な妖狐へと変容しーー隣にあった筈の皇の上半身が消え失せていた。


 「ーーっ!?」


 「な……っ!?」


 突如として視界に飛び込んで来た予想だにしなかった光景に、御影と月灯が愕然とする。


 「叔父上……」


 化け狐の口許が赤くぬらぬらと濡れている。


 誰の仕業か等考えるまでもなかった。


 「ーーわたくしも神気に当てられて辛いのでね。此処に丁度良い邪な肉があって良かった」


それだけ言うと言葉を失う御影達を残し、金華は上へと飛んだ。


 当然、その目的は一足先に地上へ逃れた龍神を追っての事に違いない。


 「ーーあいつを追うぞ、二人とも……っ!!」


 朝陽の言葉に御影と月灯は強く頷いた。


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