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5-7 斎宮殿の戦い(二)


 母屋の奥、儀礼殿を目指して斎宮殿内を駆ける御影達一行。


 しかし十字の渡殿に差し掛かった時、十字の北側と西側から大勢の郡兵がこちらに向かって来るのが見て取れた。


 「朝陽、御影。先に行け。此処は俺が引き受ける」


 そう言って腰に佩いた刀を抜いたのは南雲だった。


 「おいおい、南雲。流石に一人じゃ厳しいだろ……」


 「見くびるなよ。それにこの人数をまともに相手にしていたら儀礼殿に着くのも何時になるか分からんだろうが」


 そう言うと南雲は顎で十字の東側を示して見せた。


 「良いから早く行け」


 有無を言わさぬ南雲の様子に朝陽は軽く舌打ちすると、御影達に呼び掛ける。


 「ーー行くぞ、御影ちゃん、若葉ちゃん、アージェント」


 駆け出した朝陽にアージェントも続く。


 「南雲様、どうか御武運を」


 「あぁ」


 御影が朝陽達の後を追ったのを見届けた後、南雲は一人残った若葉に問い掛ける。


 「お前は行かないのか」


 「はい、私は此方に残ります。御供させて下さい、南雲様」


 「良いだろう。死ぬなよ」


 「はい……っ!!」






*****


 南雲達と別れた御影達は郡兵達を蹴散らしながら母屋を更に進み、ついに儀礼殿へと辿り着いた。


 御影が月灯と共に九陰の各地を回りながら見てきた儀礼殿とよく似た造りの、けれどもそれらの数段豪奢な造りである。


 この斎宮殿においては儀礼殿に足を踏み入れたことの無かった御影であるが、以前松江から聞いた話によれば此方の儀礼殿も表の間と奥の間から成っているらしかった。


 (ーーそれなら月灯様達はきっと奥の間にいる筈……)


 少しでも早く月灯の元へ行きたい。


 しかしーー。


 儀礼殿を前にして、御影達は大きな柱の後ろに身を潜めていた。


 「ーーふむ。斎宮殿内に余り郡兵がいないと思ったら、皆さん儀礼殿の前に詰めていらしたんですねぇ」


 「あぁ、どうやら此処で間違いないな」


 「朝陽様、アージェント様、どうされますか?」


 御影の問い掛けに朝陽が唸る。


 「流石にこの数じゃ強行突破も厳しいだろうな」


 「では何か策を?」


 「あぁ、そうだな……」


 そう言って思考を巡らせる様に目を細めた朝陽だったが、そんな朝陽の集中をアージェントの声音が破った。


 「宜しい。此処は私が受け持ちましょう。お二人が先に進める様、囮になります」


 「えっ?」


 「は? いやいや、聞いてただろ? 流石にこの人数じゃあんたでも相手は無理だろ」


 唐突なアージェントの言葉に御影と朝陽が目を丸くするが、言い出した当人は至って真面目である。


 「それは勿論、馬鹿正直に正面から当たっていく事はしませんよ。私も痛いのは嫌いなので」


 「どういう事だ?」


 朝陽がちらりと儀礼殿へと視線を向ける。


 今も儀礼殿の入り口付近だけでも十数名の郡兵達が周囲を警戒する様に辺りを見回している。


 「まぁ、見ていて下さい」


 アージェントは悪戯を思い付いた子供の様に笑うと、身に纏う外套の内側から次々と人形を取り出した。


 鼠、牛、虎……その他にも何体もの人形を床に並べていく。


 場違いな可愛らしい人形達に御影の気が弛みそうになったところで、隣から朝陽の呆れた様な声が飛ぶ。


 「ーーおいおい、お人形遊びしてる場合じゃないだろって……」


 そんな朝陽の言葉には答えず、アージェントは何処からともなく杖を取り出すとそれで床を軽く叩いた。


 すると人形達がひとりでに動きだし、それぞれがばらばらな動きで儀礼殿へと向かっていく。






*****


 儀礼殿の入り口の警備を命じられていた郡兵達は暇を持て余していた。


 いや、正確には暇等ではない。つい先程も侵入者がいるだとかで郡兵の何人かが応援に行ったところだ。


 しかし、これもそこまで珍しい話でもない。


 彼らが皇達と共に斎宮殿に入ってから皇の強引な行動に反抗して郡司や巫女達が何度か自分達の意思を訴える為に侵入して来ているのだ。


 だが、所詮は文官の郡司と女である巫女だ。


 選りすぐりの一陽郡兵である自分達の相手では無かった。


 「ーーまぁ、今度の奴らもすぐに片付くだろうよ」


 そう郡兵の一人がぼやいた時、その場にいた郡兵達はほぼ同時にそれに気付いた。


 何処からともなく現れた動物を模した人形が、目の前でくるくると回っている。


 「な、何だ……?」


 困惑する郡兵の一人が口にする。


 その直後ーー。


 「ばーか、ばーか。刀を振るしか脳の無い脳筋ども」


 「何も知らずにこき使われて、頭の弱い可哀相な人達」


 鼠と鳥の人形が口々に言う。


 突然話し始めた人形達に呆気に取られていた郡兵達だったが、一拍の後に自分達を馬鹿にされている事に気付いた。


 「な、何だとこの人形共……っ!!」


 憤慨する郡兵達だったが、人形達はそんな郡兵達を嘲笑うかの様に更に煽り立てる言葉を次々と口にした。


 最早文字にするのも烏滸がましい程の言葉の数々である。


 「ーーあははははは」


 「きゃはははは」


 「ふぇふぇふぇふぇふぇ」


 けたけたと不快な、何処か不安になる様な笑い声を響かせる人形達。


 顔を真っ赤にして人形達を捕まえようとする郡兵達だが、人形達はくるくると回りながら男達を翻弄する。


 「待て、この糞人形共が……っ!!」


 「ぶっ壊してやる……っ!!」


 人形を模した十二体の人形は郡兵達を撹乱する様に止めどない動きで儀礼殿の反対方向へと逃げていく。


 そうして人形達に散々煽られた郡兵達も漏れなく全員が人形達を追って行くのだった。






*****


 儀礼殿の入り口付近から郡兵達の姿が無くなった所で柱の裏に隠れていた御影達はそろそろと表へ出た。


 「ーー凄いです。アージェント様はあの様な事もお出来になるのですね」


 「中々面白いでしょう? 以前立ち寄った国で十二の動物を象った人形を見せて頂きましてね。それが中々興味深かったので自分で拵えてみたのですよ。


 おまけに中にはトリモチ入り。敵の近くで勢いよく爆ぜればトリモチで敵の動きも封じることが出来る優れものです」


 アージェントの言葉に朝陽が嫌そうな顔をした。どうやらトリモチに捕まった自分を想像した様だ。


 「ーーさて、雑談はこのくらいにしておきましょう。お二方は儀礼殿の中にお進み下さい」


 「あんたはどうするんだ?」


 「わたしは人形の操作がありますので。追っての心配が無くなりましたら私もすぐに追いますので御安心を」


 アージェントの言葉に朝陽は一瞬目を伏せた。


 「ーーああ、分かった。頼む」


 「えぇ、お任せを」






 朝陽と御影が儀礼殿の中に消えていったのを見届けたアージェントは一つ息をついた。


 「さてと、私ももうひと頑張りといきますかね」


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