5-5 移送
皇の遣いを名乗る者達により牛車に押し込まれた月灯。
九陰への道中にある彼はその身分もあり、丁重に扱われてはいるものの、その実は囚われの虜囚に変わり無かった。
(ーーまさか、叔父上がこんなに早くに行動を起こすだなんて……)
斎宮である月灯を九陰に戻す。常ならばそれも当然の事と思うだろう。
ーーだが。
(ーー九陰は龍神が封じられた地だ。滅多な事では一陽を離れない叔父上が九陰にいるのなら、目的は一つしかない)
「ーー御影」
忍の里で自分も連れて行ってくれと懇願した御影の顔が脳裏に貼り付いて離れない。
里の人々や南雲を守る為にもあそこで騒ぎを起こす訳にはいかなかったし、最善であったとも思える。
しかし、である。
これから自分に待ち受ける運命を思えば、先程の別れが御影や兄との今生の別れともしれない。
そう思うと酷くやるせなかった。
(遅かれ早かれこうなるのは分かっていたんだ。それにーー)
月灯はおもむろに着物の袂に収められている横笛に触れた。
牛車に乗せられる直前、武器の類いは全て奪われた月灯だったが、笛だけは没収を免れたのだ。
(これは何とか手元に残せたけど、どのみち舞い手もいないと意味がない……)
妖狐の封印、龍神の解放ーーその為の役者。
(結局、兄上や御影に殆ど任せきりになってしまうな……。情けない……)
そう思った月灯だったが、すぐに小さく頭を振った。
(ーーいや。何を弱気になってるんだ、僕は……。僕だって残された時間が許す限り、出来ることは全てやるんだ……)
牛車に揺られる月灯の銀の瞳。そこには確かに覚悟の色があった。
*****
四乃、忍の里。
月灯が皇の遣いの者達と里を去った後のことである。
「ーーすぐに月灯様を追わなければ……っ!!」
「落ち着きなさい、御影」
すぐにでも里を飛び出していきそうな御影を止めたのは、彼女の父である大悟であった。
「そうだぜ、御影ちゃん。気持ちは分かるが今は抑えてくれ。無策で突っ込んでいったって向こうの思うつぼだろ? まずはこれからの方針を決めようぜ」
「朝陽様……」
優しく諭す様な朝陽の言葉。
目の前で月灯を連れて行かれた事により半ば気が動転して御影だが、今の朝陽の言葉が御影に冷静さを取り戻させた。
以前に斎宮殿で幸路と泰菜の両人から指摘された言葉が御影の脳裏に蘇る。
(ーーそうだわ。一人で熱くなってまた周りが見えなくなってる……。こんな事では月灯様の為にもならないわ……)
そんな御影の様子を伺っていたらしいアージェントが声を上げる。
「朝陽殿下の言う通りです。先ずは現状の整理、それから今後の方針を決めましょう」
「ーーこちらの目的は妖狐の封印と龍神の解放。そして解放した龍神を天にお返しすること……。あちらの目的は龍神を解放し、その龍神を喰らうこと……。
なれば、我々が死守しなければならない一線は妖狐に龍神を取り込ませないことですね。これが為った時点で我々の勝機は万に一つも無くなる。
更に言えば妖狐を封印するに当たって月灯殿下もこちらの戦力として数えたい。封印の笛は勿論ですが、月灯殿下には清めの神通力がありますからね」
アージェントの言葉に南雲が唸る。
「何にせよ、奴らに龍神解放の儀を行わせてはならないという事だな」
「皆様、すぐに発たれますか?」
大悟の言葉に朝陽が頷く。
「あぁ。ぐずぐずしてたら妖狐に龍神を取り込まれてしまうしな」
「俺も同行する」
そう言ったのは南雲で、その横では御影と若葉が驚きに目を見開いた。
朝陽が静かな眼差しを南雲に向ける。
「南雲、気持ちは嬉しいがそれがどういう意味か分かってるよな?」
「当然だ。言っただろう、俺はお前達の側に付くと」
「ーー失敗したら反逆罪だぞ」
朝陽の言葉に南雲は目を伏せる。
これから朝陽達がやろうとしている事は皇の意思に背く事であり、捕らえられればまず間違いなく命はない。
更に言えば、南雲は四乃の郡領の嫡男であり次代の四乃郡領でもある。
南雲の行いによって四乃の民にも罰が与えられる事もあるかもしれない。
南雲の茜色の瞳が一瞬揺らぐ。
南雲にとって四乃の民は彼が何に代えても守らなければならない者達である。
しんとした空気を変えたのは若葉だった。
「ーー南雲様。どうか南雲様のお好きな様になさって下さい」
「若葉……」
「私には詳しい事はよく分かりません。ですが、私達四乃の民は南雲様の正義を信じます」
若葉の言葉に大悟も同意する。
「えぇ、国を統べる者が過ちを犯しているのならば、それを正すのも臣下の役目。南雲様がそうされるというのなら私達はそれを応援するまでです」
四乃の民である二人の言葉に南雲は息を呑む。
「お前達……」
そんな南雲の肩を朝陽が軽く叩く。
「南雲、お前って民に愛されてんなぁ。おまけにこんな可愛い子に慕われて羨ましいぜ」
「あぁ、俺は恵まれているな」
晴れやかに笑う南雲。
そんな南雲を見、若葉も意を決した様に口を開く。
「私も行きます。連れて行って下さい……っ」
「若葉……っ!? 危ないのよ……っ!?」
「そんな事分かってるわ……っ」
「だったら……っ!!」
「ーー御影、あんたは斎宮殿で大切なものを見付けたんでしょう。その為に命を懸けようとしてる。
私も同じよ。大切な事の為に命を懸ける」
御影と若葉の目があう。若葉の若草色の瞳に宿る光を見て御影は悟る。
御影が月灯と運命を共にする事を願うのと同じ様に、若葉も南雲と運命を共にしようというのだろう。
「それに、あんただって私にとって姉妹同然の親友なんだから。親友の為に一肌脱ごうじゃないの。
ーーお願いします、南雲様、朝陽殿下。私も一緒に連れて行って……っ!!」
「俺としては仲間が増えるのは心強いが……。どうする、南雲。お前が決めろ」
「ーー良いのか、若葉」
「はい」
若葉の強い眼差しに、南雲が小さく息をつく。
「分かった。ついてこい」
南雲の言葉に若葉が目を輝かせたのと同時に、アージェントが手を叩いた。
「お話しも纏まった様ですね。若葉さんも貴重な舞い手ですし、共に来て頂けるのなら願ったりだ。
ーーでは皆さん、準備が出来次第此処を発ちましょう」