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5-1 二張へ


 二張(ふたばり)の渋滝一族から妖狐、金華についての情報を得ること。それが朝陽、月灯、御影、アージェントの四人の今回の旅の目的だった。


 九陰を出てから一月半が経つ頃、旅装の一行は六衣(むい)と二張の郡境となる小金井山にあった。


 開かれた山であり、人通りもそれなりにある小金井山ではあるものの……賊や怪異、はたまた獣など山道には危険が多い。


 一行はもしもの時にすぐ行動に移れる様、一列に並んで進んでいた。先頭と殿を朝陽とアージェント。その間を月灯、御影という並びである。


 漸く山の中腹といった頃、御影は前を歩く少年の息が上がっている事に気付き、声を掛けた。


 「ーー月灯様、大丈夫ですか? 少し休憩を取りましょうか」


 「だ、大丈夫だよ。まだまだ休まなくたって……」


 「本当かぁ~? あんまり無理すんなよな。お前、山歩きなんてろくにしたこと無いんだから」


 「う、煩いな……。これでも前にアージェント殿と一陽まで行った時に多少は鍛えたんだから、これくらい大丈夫だよ」


 「いやいや、そんな一回かそこらの旅じゃ大して変わらないだろ。第一、お前息上がってるだろ」


 「そ、そんな事……っ」


 兄弟による軽口の応酬は続く。月灯が御影の前で年頃の少年らしい一面を見せるのと同じ様に、兄の朝陽に対しても月灯は同様に少年らしい一面を見せる。


 そんな中、殿を務めるアージェントが手を挙げると、ひらひらと振って見せた。


 「あの~。申し訳ないですが、私はそろそろ足が限界です。小腹も空いてきた事ですし、休憩をお願いしたいですねぇ」


 「ーーだ、そうですよ。お二人とも、少し休憩を取りましょう」


 そう言うと、御影は前を行く二人に微笑み掛けた。






 「ーーどうぞ、朝陽様」


 「お、有り難う。御影ちゃん」


 御影が荷の中から取り出したのは、自家製の干し柿である。干した果物はこういう時の栄養補給にぴったりの品である。


 「ん、この(あんず)も甘くて美味しい……」


 「そうですねぇ。やはり疲れた身体には糖分ですなぁ」


 どうやら月灯やアージェントにも好評な様だ。ほっと胸を撫で下ろしつつ、御影は自分も干し杏をかじった。


 「うん、旨い。これ御影ちゃんが作ったの?」


 「えぇ、はい。元々実家で作っていたので、斎宮殿でも少し……」


 「へぇ~、そうなんだぁ。いやぁ、御影ちゃんは本当に良いお嫁さんになるよ、ほんと」


 そう言ってさりげなく御影との距離を詰めようとする朝陽に、すかさず月灯から鋭い声が飛ぶ。


 「ちょっと兄上、どさくさに紛れて御影を口説かないでくれる?」


 「ははは、ついつい口が勝手に」


 「『ついつい』じゃない!!」


 又しても兄弟喧嘩に発展しそうな二人をおろおろと眺めていた御影の横にアージェントが立つ。


 そして、一言。


 「いやはや、流石兄弟。女性の趣味も同じという事ですなぁ」






 小金井山を抜け、二張へと足を踏み入れた一行は……遂に目的地である二張、掛布(かけふ)へと辿り着いた。


 渋滝一族の広大な私有地の隣には、これまた広大な葦原王家の別邸が広がっている。


 「ーー変わってないなぁ」


 「うん、そうだね……」


 葦原別邸を遠目に見ながら、朝陽と月灯が呟く様に言った。


 「ーー此処が、お二人が幼少の頃に過ごされた二張の別邸なのですか?」


 「うん、そうだよ。最後に来たのがもう五年以上も前だけど、全然変わってないや」


 月灯がしみじみと言う。


 朝陽が妖狐金華と決別したのが今から五年前だったはず。


 朝陽はそれから二張に近付けなくなったと言っていたが、月灯もそれを機に此処に来ることは無くなったのだろう。


 そして、今回の旅も内密のものである。渋滝家への書状にも当然その旨を書いているし、この葦原別邸に足を踏み入れて自分達の行動が天谷や金華に知られる事は極力避けたかった。


 「それでは、参りましょうかねぇ」






*****


 渋滝家の敷地に足を踏み入れてすぐ、見知った顔が駆け寄って来た事に月灯と御影は相好を崩した。


 「ーー奉太郎殿っ!!」


 栗色の髪と同色の瞳。気の弱そうな雰囲気は紛れもなく九陰巡礼の旅の最中、二科で出会った奉太郎青年であった。


 「ーー御影殿っ!! アージェント殿っ!! お久し振りです」


 「お久し振りですね、奉太郎殿。ふふ、二張の領主一族が渋滝姓だと聞いて、もしやと思ったのですが、やはり奉太郎殿達だったのですね。ねぇ、月灯様」


 「そうだね、御影」


 盛り上がる御影と月灯。しかし、そんな二人を見つつ当の奉太郎は何処かそわそわとしだした。


 「ーーあ、あの。斎宮殿下はどちらに? 皆さんと一緒に二張にいらしているんですよね?」


 そう言って辺りをキョロキョロとしだす奉太郎。


 青年のその行動にこれまで蚊帳の外だった朝陽が笑いを堪え、更にはそれを視界に納めた月灯の機嫌が急降下し始めた。


 「ーーあの、奉太郎殿」


 「どうされました、御影殿?」


 「斎宮殿下はこちらです……」


 そう言って御影は月灯の側に寄り添った。


 斎宮星乃と同じ年頃、同じ背丈のーー旅装姿の可愛らしい少年である。


 「ーーえっ!? いや、確かによく似て……っ!! えぇっ!?」






 「改めてまして、僕は葦原月灯……。前皇の第二子で、同時に九陰の斎宮、星乃です。もうお分かりかと思いますが、本当は男です」


 「俺は葦原朝陽。こいつの兄貴で、まぁ、前皇の第一子だな」


 自己紹介する葦原兄弟を交互に見詰め、奉太郎は口をあんぐりと開けたまま停止した。


 次いで、目の前の二人が自分よりも遥かに尊い身分の存在であることに思い至り、慌てて頭を深く下げる。


 「ご、ご無礼をお許し下さいっ。皆様、遥々二張までよくぞお出で下さいました」


 「ほ、奉太郎さん……。そんなに急に畏まらないで下さい。これまで通りで構いませんから」


 「いえ、王家の方々にそんなご無礼を……」


 困り果てる葦原兄弟にひたすら平身低頭する奉太郎。


 そんな双方の間にアージェントが割って入る。


 「まぁまぁ、お二人共こう仰ってますし、良いではないですか。そもそも、斎宮殿下は元々王家の姫君が為られるお役目ですからね」


 「そ、そうですよね。よくよく考えれば二科での斎宮殿下への態度も不敬が過ぎたかもしれません……っ。本当にすみませんっ」


 「いや、奉太郎殿……だから、僕達は気にしていないので……」


 おろおろする奉太郎に、月灯や朝陽が困り果てる頃ーー。


 「ーーこの馬鹿もんがっ!! 何時まで客人をそんな所に足止めしとるつもりじゃい……っ!!」


 又しても懐かしい声音。


 二科で知り合った年の割にやたら血の気の多い老人の顔を思い浮かべて、月灯と御影がそちらへ視線を向ける。


 日に焼けた顔に浮かぶ闊達な笑顔。


 かくして、そこには二科で出会った渋滝老人の姿があった。


最終章、開始です。もう御影と月灯の物語にもう少しお付き合い頂ければと思います。

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