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4-13 光明


 「ーーその後は、お前達も知っての通りだ。俺は国外に出て、月灯は死んだ前斎宮の後釜として斎宮になった」


 朝陽の昔語りに、斎宮の居室は静まり返っていた。


 月灯、御影、松江ーーその誰もが顔に困惑を浮かべている。


 「ーーちょ、ちょっと待って……色々突然過ぎて……っ。


 兄上はその事を知っていて、今まで黙っていたの……!? それが本当なら僕がわざわざ一陽に出向く必要だって無かったじゃないか……っ!! どうしてわざわざ僕を一陽まで行かせたんだよっ!?」


 「それは……」


 強い口調で朝陽に詰め寄る月灯。そんな少年をいさめたのはこの状況でも変わらず平然としているアージェントであった。


 「ーー月灯殿下、そこまでにしておいでなさい」


 「アージェント殿……」


 「朝陽殿下は長らく行動や言動を制限される術の制御下にあったのですよ。故に誰かに話したくても話せなかった。


 月灯殿下を一陽へ向かわせたのも、殿下自身に見て貰いたいものがあったのでしょう……」


 「え……」


 アージェントの言葉に、月灯は一陽での出来事を思い出す。


 面会した叔父の天谷、その側に控える女がいなかったか?


 「ーーそうだ、金髪に紅い目の女……」


 呟く月灯を、御影が心配そうに見詰める。


 「月灯様……?」


 「御影……。いたんだよ、叔父上の側に……金髪で紅い目の女が……。おまけにそいつ、あの紅波によく似ていたんだ……」


 月灯の言葉に御影の顔が強張る。


 「ーーえっ」


 「叔父上が人払いをしてしまったから余りしっかりとは顔も見れなかったし、叔父上に確認も出来なかったけど……でも、無関係とは思えない……」


 顔を青くする月灯に、朝陽が頷く。


 「ーーあぁ。そいつが金華……俺が封印から解き放った妖狐だ……」


 朝陽の言葉に月灯と御影は息を飲む。詰まる所、斎宮殿で小百合を弄び、喜瀬を混乱に陥れ、更には九陰を汚そうとしたあの紅波は妖狐だったという事になる。


 「ーーアシハラの民を護る守護神になるだの何だと言っていたが、あいつは絶対にそんなタマじゃ無い。あの禍々しい気配ーーあいつは人に害を為すものだ……」


 「では天谷様はその妖狐にそそのかされて……?」


 松江が口元を抑えて言う。


 「まぁ、そうでしょうなぁ。もしくはお互いに利用してやろうと考えているとか、でしょうかねぇ……」


 「お互いに利用、ですか……。ですが、龍神様を喰らうというのならば、その様な事はアシハラの民として許す訳にはいきません。そうですね、月灯様?」


 そう言って松江が月灯を見るが、月灯は俯いたまま答えない。


 「ーー月灯様?」


 「ーー兄上、教えて下さい。父上は事故で亡くなったと聞かされていましたが、本当にそうなのですか……? その、妖狐の仕業という事はないのですか……?」


 顔を上げた月灯の銀色の瞳が揺れていた。


 「ーーあぁ。正直、俺もあの女の仕業じゃないかと思ってる……」


 「……」


 「ーー悪い。いや、謝ってすむことじゃないな……。俺があの日、二張に行った事が父上の命を奪うことに繋がったのかもしれない……お前から父上を奪ったのはきっと俺だ」


 朝陽の懺悔を聞いた月灯は肩を震わせた。


 「兄上、もう一つ教えて下さい……。


 どうして、国を出て行ってしまったんですか……。龍神や妖狐の事を口には出来なくても、僕は……兄上に側に居て欲しかった……」


 月灯の言葉に、朝陽は息をのんだ。


 「悪かった……」


 深く頭を下げる朝陽。室内には重い空気が漂い始めていた。


 それを払ったのはこの状況でも全く調子の変わらないアージェントの声だった。


 「ーーまぁまぁ、月灯殿下。先程朝陽殿下がお話されていた通り、朝陽殿下は現状を打破する為に国外を巡られていたのでしょう。


 妖狐の呪縛のせいで国内では自由に身動きが取れなかった分、国外に目を向ける他なかった……という事では?」


 「……」


 「月灯、俺は……」


 「ーーもう、良いよ。分かったから……有り難う。今は、これからどうするかを考えないと、だよね」


 「あぁ、そうだな……」


 「ーーうん。その金華って妖狐を倒して、龍神を解放する。そうだよね?」


 「あぁ」


 朝陽は気丈な弟を見詰めた。きっと本心ではまだ朝陽を許せてはいない。朝陽はそれで良いと思ったし、寧ろそうであって欲しいと願った。


 皆の意見が妖狐を打倒し、龍神解放へと纏まりつつある中ーー。


 「ーーお待ちください……っ!!」


 これまで一言も発する事無なく、事を見守っていた御影であった。


 「妖狐を倒し、龍神を解放する事は正しいと思います。


 ですが……。ですが、先程のアージェント様のお話と、たった今の朝陽様のお話から考えると、龍神の解放には龍神と縁深い人間を術の触媒、贄として捧げる必要があるのではないのですか……!?」


 松江と朝陽が息をのんだ。


 御影が言わんとしている事を理解したのだ。


 当代において、龍神と最も縁が深い者といえば、それは一人しかいない。


 御影はアージェントに視線を向けた。いつも飄々としている彼にしては珍しく、少し気まずげな表情に見えた。


 そして、残酷な事にそれは御影の予想が外れていない事を示していた。


 絶望する御影に、酷く穏やかな声が掛けられた。月灯である。


 「ーー御影。良いんだ、僕の事は」


 「月灯様っ!? どういう事か分かっていらっしゃるんですかっ!? 龍神解放の為に、月灯様が犠牲になるかもしれないのですよ……っ!?」


 「ーー僕は月灯である前に、もう斎宮なんだ。この身はアシハラの民と龍神の為にある」


 「そんな……」


 「ごめんね、御影。僕はやっぱり酷い奴だ」


 「……」


 御影はそれ以上言葉が出てこなかった。


 元々ーー斎宮として龍神の怨嗟に苛まれる月灯は、常人よりも長くは生きられないと言われていた。


 だから御影は思ったのだ。もし龍神を天にお返しすることが出来たなら、斎宮から解放された月灯は常人と変わらぬ生を全う出来るのではないかと。


 しかし、事実は御影の願いを簡単に砕いていった。


 変わらず穏やかな笑みを浮かべる月灯を、朝陽が、松江が、アージェントが見詰める。


 そして、少年にそんな顔をされたら御影にはもう何も言えなかった。


 御影は月灯を愛する娘であると同時に、斎宮に仕える巫女なのだから。






 朝陽は室内の面々を改めて見た。


 「ーー俺は二張に行く。月灯と御影ちゃん、それとアージェント……あんたにもついてきて貰いたい」


 最早斎宮は九陰を出られない等と言っていられる様な状況でもないという事だろう。


 「二張に、ですか?」


 御影の問いに、朝陽は頷く。


 「あぁ。俺はあの日以来、あの女の力のせいなのか二張に近付けない様になっていたんだが、今ならきっと入れると思う。


 二張の領主一族からあの女に関する情報を聞きたいんだ。それから、今更過ぎるが……あの日の事を謝りたい」


 朝陽の真摯な言葉に室内の面々が頷いた。


 ふと、松江が口を開く。


 「二張の領主一族といえば、渋滝家ですね。気難しい方々だという噂ですが、こちらから書状を出しておきましょう」


 「え?」


 「渋滝……?」


 松江の言葉に驚いた様に顔を見合わせたのは月灯と御影だった。


それもその筈、渋滝といえば月灯達が以前九陰を巡った際に二科(にしな)で出会ったあの老人が渋滝の姓を名乗ってはいなかったか。


 「いやはや、運命とは面白いものですなぁ」


 アージェントも笑う。


 とにもかくにも、奇妙な巡り合わせにより一行は二張を目指す事になった。






*****


 残作業を片付ける為に斎宮曹司へと戻るという月灯に、御影が付き添う。


 斎宮曹司までの渡殿には他に人の姿は無く、二人きりだ。


 御影の心から先程のわだかまりはまだ消えてはいない。頭では理解出来てはいても心は別だ。


 それでも、今はそれについては言わない。月灯を困らせる事が分かっているからだ。


 「ーー御影、今度は二張だ。面倒な事にばかり巻き込んでごめん」


 「何を仰るんです。前回の様に置いていかれる訳でも無く、今回はお側にいられるのですから、私は嬉しく思いますよ」


 「御影……」


 「それにアージェント殿も朝陽殿もお強いとはいえ、やはり月灯様の事が心配ですから、私がお側でお守りしないと……」


 御影の言葉に、月灯は途端に不機嫌になる。


 「ーー僕だって何時までも守られているばかりじゃないよ。これでもアージェント殿に師事して剣を習っているんだから。寧ろ、僕が御影を守るよ」


 「まぁ、それは……頼もしいですね」


 「御影、全然本気にしてないでしょ……」


 「いいえ、そんな事はありませんよ。ふふ、では道中手合わせをお願いしたいですね」


 「の、望むところだよ」


 何でも無い語らいが、御影には酷く愛しく悲しかった。






*****


 斎宮の居室を出たアージェントと朝陽は、斎宮殿の奥に用意されたそれぞれの自室へと戻るべく、渡殿を歩いていた。


 方向が同じだった為、何となくそのまま一緒に歩いている。


 そんな中、朝陽がぽつりと呟いた。


 「さっきは助かった」


 「おや、何の事です?」


 「月灯から『どうして国を出たのか』って詰め寄られた時、あんたが助け船を出してくれただろう」


 「そんな事もありましたかねぇ」


 「……」


 沈黙する朝陽。そんな青年にアージェントは小さく息をついた。


 「ーーまぁ、私は嘘をつくことも時には必要だと思いますし、何から何まで真実を伝える必要は無いと思いますよ。


 これから長旅になるのに、兄弟がギスギスするのも嫌ですしねぇ」


 「あんた、本当に怖い男だな……」


 「お褒めに預かりどうもです」


 そう言ってアージェントはひらひらと手を振ると、そのまま朝陽から離れていく。


 残された朝陽は深く溜め息をついた。


 アージェント。そら恐ろしい男である。






 『どうして国を出て行ってしまったんですか?』


 朝陽の脳裏に月灯の言葉が蘇る。


 アージェントが代弁してくれた内容に嘘は無い。


 嘘は無いが、それで全てでもない。


 (ーー俺は逃げたんだ)


 禍々しい化け物を世に解き放ってしまったこと。


 その化け物からこの国の残酷な真実と、悲惨な末路を教えられたこと。


 それを誰にも話すことも出来ず、一人では解決策も見付けられず、それらに押し潰されそうになった。そして、結局はそれから逃げる様に国を出たのだ。


 そして、先程の御影の訴え。分かっていた筈なのに、自分はそれに気付かない振りをしていた。


 我ながら救えない男だと朝陽は思った。


 「ーー酷い兄貴でごめんな」


 ぽつりと呟いた言葉は誰の耳に入る事もなく消えていった。






*****


 斎宮の居室にて、一人残った松江がヒヨ助に餌を与えていた。


 「ふぅ。また私と貴方は留守番ですよ、ヒヨ助」


 「ヒィーヨゥ!!」


 どう考えても巫女頭の仕事ではないが、斎宮直々の命である。


 それに、このヒヨ助も今となっては月灯にとっての大事な家族。月灯がいない間、世話をするのも自分の役目である。


 「皆がまた、何事もなくこの場に集まる事が出来る様、私とお前でお祈りしましょうね」


 「ヒーヨ」


 皆を案じる松江の言葉に、ヒヨドリは確かに頷いたのだった。

ここまでお読み頂き有り難うございます。これにて四章完結。次からは最終章となります。もう暫くお付き合い頂けると嬉しいです。評価、感想など頂けると励みになります。

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