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4-4 作戦会議

 「ーー悪いけど、俺は王都には一緒に行けないんだ。だからそっちはお前に頼むよ、月灯」


 大して悪びれる様子もない朝陽に、月灯は額に青筋が浮かぶのを感じた。


 「ーーはぁ!? どう考えても斎宮の僕よりも風来坊の兄上の方が動きやすいし、自由も効くだろう!?」


 「まぁ、こう見えて俺にも色々とやることがあるんだ」


 ハラハラしながら兄弟の口論を見守っていた御影だったが、どうやら最終的には弟が折れる形で決着が着いたらしかった。


 嵐の様に喜瀬を訪れた風来坊の殿下は、終始不満げな弟と呆気に取られっぱなしの御影に別れを告げると、風の様に去っていった。






*****


 この室内で国の根幹に関わる話が為されたのは、十日程前の事。今は建国神話に語られる龍神についての真偽を確かめる事が、何よりも急務である。


 斎宮の居室には斎宮である月灯と巫女頭である松江、そして御影、泰菜の四人が集まっていた。おまけにヒヨ助も一緒である。


 松江と泰菜も又、斎宮の正体を知る数少ない人物であり、付き合いも古く月灯の信頼も厚い人間であった。


 「ーーそういう訳で、松江に泰菜、僕は一陽に向かう為に暫く九陰を空ける」


 言い切った月灯に松江は額を押さえた。


 松江達にも先日の話をある程度話してある。泰菜はともかく信心深い松江には到底信じがたい話であったが、それよりも自身の主を心配する気持ちの方が大きかった。


 「本気、なのでございますね……?」


 松江の言葉に月灯は神妙に頷く。


 「神話の真実を知るには、王都にいらっしゃる叔父上に聞く他無い。兄上が行って下さらないのなら、もう僕が行くしか無い」


 主の決意が固い事を悟った松江は諦めた様に、目を伏せる。


 「先の九陰巡礼に比べればまだ良い方かもしれませんが、それでも安全とは言えません。せめて御影をお連れ下さい」


 松江直々のご指名に、御影は背筋を伸ばした。元より、松江に言われずとも自ら進言するつもりの御影である。


 (ーー私が、月灯様をお守りしないと……っ)


 「ーーいや、今回は御影は此処に置いていく」


 月灯より発せられた想定外の言葉に松江と御影は愕然とした。


 先に食い付いたのは御影だった。


 「ーーお、お待ち下さいっ!! お供させて頂けないというのは何故ですか……っ!?」


 御影の言葉にこれまで沈黙していた泰菜も追随する。


 「そうですよ、殿下。御影は先の九陰巡礼でも大活躍だったらしいじゃないですか。怪異の出る危ない場所でも御影がいれば安心では?」


 泰菜の言う通り、客観的に見てもこの斎宮殿において御影は最上級の戦力である。先日の巡礼の旅に同行していた郡兵達を含めても、彼等にも劣らない自信もある。


 「ーーごめん、御影。御影には今回は別に頼みたい事があるんだ」


 「え?」


 「今回の一陽行きは前回の巡礼とは違って(おおやけ)には出来ない。斎宮が九陰から出るのも褒められた事じゃないし、一陽に行くのも中々複雑な事情があるからだしね……。


 だから、御影には此処で僕の振りをしていて欲しいんだ。前に見せてくれた分身の技なんかも使えたら、二人とも斎宮殿にいる様に見えるだろ? ごめんね、御影の力を完全に当てにしてる」


 そう言った月灯に御影は言葉を返せなかった。先の巡礼の旅の中で、御影は月灯に「自分の力は全て月灯の自由に使って良い」と言ったばかりだ。


 (ーー月灯様が私の力を求めて下さるのは素直に嬉しい……。でも……)


 何よりも、御影は側にあって月灯を支えたかったのだ。


 思考に沈む御影を、泰菜の声が現実に引き戻す。


 「ーーどうなの、御影? 今の殿下の話はやれそうなの?」


 「え、ええ。可能よ。分身と変化を併用すれば、周りから疑われる確率も更に減ると思う」


 「流石、御影だね。松江に泰菜、僕が不在の間の斎宮の業務は御影にお願いするから、幸路と一緒に御影を支えてやって。僕でないと駄目な物は帰ってからやるからさ」


 「かしこまりました」


 「了解致しました」


 松江と泰菜は最早腹を決めたらしい。


 しかし、御影にはまだどうしても気に掛かる部分があった。


 「ーー月灯様は、それで良いのですか……?」


 御影の質問には戦力としての御影だけでなく、夜半の共としての御影も含まれている。


 そして、月灯にもそれは伝わった様だった。


「ーー有り難う、御影。でも、僕は一人でも大丈夫だ」


 それが月灯の答えだった。

 返された言葉に御影は内心で項垂(うなだ)れる。


 松江も又、御影のそんな内心を悟ったのか微かに気遣う様な眼差しを向けると、月灯に向かって口を開く。


 「ーーでは、殿下。一陽までのお供はどうなさるのですか? また郡兵を?」


 「いや。確かに最初はそう考えていたけど、丁度良い人材がいてね」


 疑問符を浮かべる二人に、月灯は更に言葉を重ねた。


 「一陽までの旅にはアージェント殿に同行をお願いする事になった」


 そうして告げられた想像だにしない名に、御影は驚愕に目を見開いたのだった。






*****


 時は少し巻き戻り、五日前。


 月灯は共も付けず、お忍びで喜瀬の町に繰り出していた。


 流石に普段の姫君姿のままともいかないので、今だけは年相応の男児らしく、朱鷺(とき)色の水干に、赤紫の袴姿である。


 艶やかな長い黒髪も今は一つに纏めている。


 (あー。化粧もいらないし、やっぱり楽で良いや……)


 星乃ではなく月灯として町を歩くなど、随分と久し振りの事であった。


 今日の目的地は郡兵の詰所である。郡兵の上層部にも月灯の事情を知るものがおり、一陽への旅に同行して貰おうと考えていたのである。


 ふと、通りの甘味処が目に入った。


 (ーー御影は甘い物が好きなんだよな……。こういう所に連れて来たら喜ぶかなぁ……)


 店の名物と書かれている白玉あんみつを食べる御影を想像して、無意識の内に月灯の口元は(ほころ)んだ。


 (ーーって、今はこんな事考えてる場合じゃないんだ……。一陽までの同行者を探さないと……)


 そう言って脳内の御影を振り払った処で、何やら聞き覚えのある声が月灯の耳に届いた。


 「ーーいやぁ、本当に申し訳無い。あると思っていた金子(きんす)が無いだなんて、こんな不思議な事があるんですねぇ。いやぁ、不思議不思議」


 月灯はすぐに声の出所の甘味処を覗き込む。


 そこにいたのは風変わりな衣装を纏った長身の男。

見覚えのあるボサボサの白黒二色の長髪。銀縁眼鏡の奥の漆黒の瞳にはとぼけた様な色が浮かんでいる。


 (ーーア、アージェント殿……?)


 月灯はあんぐりと口を開けた。


 九陰各地を共に巡ったアージェントだが、喜瀬の町に興味があるとの事で彼も一緒に此処まで戻っていたのだ。


 喜瀬に着いてから別れたのだが、まさかこんなに早くに再開する事になるとは思わなかった。


 一方で店の主人を背後にしながら険しい顔でアージェントに詰め寄るのはこれまた見知った銀灰色の髪の男ーーそう、幸路である。


 「ーー貴方、食べるだけ食べて金子(きんす)が無いってどういう了見です!?」


 「いやぁ、悪気は無いのです。こちらのあんみつが余りにも美味しすぎてつい……。美味しさとは人を罪へと誘う悪魔なのやもしれませんね……」


 「何を訳の分からない事を言ってるんです……っ!!」


 「そうだぞ、つべこべ言わずとっとと金を払ってくれや……っ」


 事の成り行きを見守っていた月灯だったが、このままではまずいと二人の間に割って入った。


 月灯の姿を認めたアージェントと幸路の目が丸くなる。


 「ーーすみません、お店の方。この人は僕の友人なのです。お金は代わりに僕が払いますので、どうか許して差し上げて下さい……っ!!」






 「いやぁ、先程はお助け頂き感謝感激雨あられですねっ!!」


 へらへら笑うアージェントは相変わらずで、共に巡礼の旅をしていた頃と何も変わらない。


 そんな男の様子を月灯が懐かしく感じていた所、アージェントからは衝撃的な言葉が発せられた。


 「ーーところで、男児の成りをされていますが、斎宮の姫殿下ですよね?」


 告げられた内容に月灯は目を見張り、同時にアージェントの背後に立つ幸路が息を呑んだのにも気付いた。


 幸路にとって斎宮とは儚げな深窓の姫君そのものーーそう、断じてこの様な男児では無いのだ。


 (ーーどうするべきか)


 状況が状況である。これからの事を考えれば郡領の補佐でもある幸路にこれ以上真実を隠し続けるのも難しい。


 月灯は心を決めた。


 「ーー化粧もしていないし、話し方だって違うのに、良く分かりましたね……」


 「いやいや、分かりますとも……って、あわぁっ!?」


 アージェントにそれ以上の言葉を言わせず、彼を突き飛ばす様にして前に進み出たのは当然ながら幸路だ。


 その顔には紛れもない驚愕が浮かんでいる。


 「まこと、なのですか……?」


 「幸路……」


 信じられないという顔をしていた幸路も月灯に名を呼ばれた事でいよいよ現状を受け止めざるをえなくなったらしい。


 「ーー斎宮殿下、どういう事なのか……説明して頂けますか」


 「ごめん、幸路。詳しい事情は後で必ず話す。でも今幸路が見ている僕が貴方の斎宮の本来の姿なんだ」


 「……」


 「ごめん。今まで騙していて……。それにこういう事がなければきっとずっと貴方を騙していたままだった」


 そう言って頭を下げようとした月灯だったが、幸路の声がそれを止めた。


 「ーー殿下、どうか頭をお上げ下さい」


 「幸路……」


 「後でお話して下さるというお話、信じて良いのですね?」


 「あぁ、必ず」


 強く頷いた月灯に幸路は表情を僅かに緩めた。


 「殿下の本当のお名前をお聞きしても?」


 「ーー月灯。葦原月灯だ」


 「分かりました……。私は殿下を信じましょう。改めて殿下からお話を頂ける時をお待ちしております」


 優しげな声音でそう言った幸路に月灯がほっとしたのも束の間、彼は次に先程自分が突き飛ばしたアージェントをぎろりと睨んだ。


 「ーーそれで、いかにも怪しげな貴方は殿下とはどういったご関係で?」


 「おや、私の事です?」


 何処かとぼけた様なアージェントの返しに幸路の額に青筋が浮かび、月灯は慌てて口を挟む。


 「ーー幸路、良いんだっ。この方には先の巡礼の旅で何度も助けて頂いたんだ」


 月灯の言葉に幸路は怪訝そうに眉をひそめると、白黒頭の男を指差した。


 「こ、こんな妙ちくりんな男にですか……?」


 「いやはや、酷いなぁ。あははっ」


 当のアージェントは幸路の失礼な行動も気にもせず相変わらずへらへらと笑っていて、その様子が幸路をいっそう苛立たせている様でもあった。


 「先程からへらへらと……。蒟蒻か何かなのか貴様は……っ!?」


 「蒟蒻ですか? いえ、私も蒟蒻は大好きですが……」


 「ふざけるなっ!! そもそもその冗談の様な頭は何なんだ。人を馬鹿にしているのかっ!?」


 「や、馬鹿にするなどとんでもない。この頭は生まれつきのものでして、私自身はいつ如何なる時でも大真面目ですとも、えぇ」


 「ーー斎宮殿下。この男と話していると殿下の教育にも宜しくありません。さ、私と斎宮殿へ戻りましょう。この幸路、僭越ながらお供させて頂きますので」


 「え、いや……っ」


 アージェントとの対話を無意味と断じたらしい幸路がアージェントに向けていたものとは打って変わって優しげな目を月灯に向けるが、月灯としては幸路に従う訳にはいかなかった。


 そもそも、自分がお忍びで斎宮殿を抜け出して来たのは一陽への旅の同行者を探す為である。そして今、月灯には当初の案よりも良い案が浮かんでいた。


 そう、偶然にも再会出来た白黒頭のこの男ーーアージェントである。


 「幸路、ちょっと待って……っ」


 月灯の有無を言わさぬ強い物言いにさしもの幸路も動きを止めた。


 「ーーアージェント殿。アージェント殿は先程、男の姿の僕を見てすぐに僕が斎宮だと見破って見せましたよね」


 「えぇ、まぁそうですね。……と言いますか、失礼ながら姫殿下には共に旅をしている時から少々違和感を感じていたのです。しかし、こうして再びお会いして違和感の理由が分かりました」


 そう言ってアージェントは朗らかに笑った。


 月灯は思う。やはりこの風変わりな男、只者ではない。


 月灯の脳裏に巡礼の旅の中で紅波や怪異にとの交戦の最中、眼前の男に救われた時の記憶が甦る。


 (ーーこの人、とんでもなく強かった……)


 アージェントと再会してより月灯の脳裏に浮かんでいるある考え。

その考えの妥当性を検討するよりも早く、月灯の口は開いていた。


 「ーーアージェント殿。訳あって僕は内密に一陽に向かわねばなりません。急な話で申し訳無いのですが、貴方の腕を見込んで、一陽までの護衛をお願い出来ませんか?」


 月灯の言葉に、幸路はあんぐりと口を開き、アージェントは目を丸くする。しかし次の瞬間にはアージェントの瞳には楽しそうな光が灯っていた。


 「ーー構いませんとも。そも、殿下には二度も救われた身ですしね。私でお役に立てるなら、何なりと」


 「ーー宜しくお願い致します」


 真剣な面持ちで軽く頭を下げる月灯に、アージェントは何処か感情の読めない笑みを浮かべた。






 この後、当然ながら幸路が「許可出来ない」「納得がいかない」と訴えたものの、月灯の有無を言わさぬ真剣な眼差しにより「ならばせめて私よりも強いことを証明して見せろ」とアージェントに挑みーー呆気なく返り討ちにあうのだった。

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