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4-2 朝陽と月灯

 市井から斎宮殿に戻った御影は、先程手に入れた本を抱えて、星乃の待つ斎宮の居室へと向かっていた。


 纏う衣装も白い小袖と濃紺の袴に色鮮やかな袿を何枚も重ねた女房装束に着替えている。今日の衣装は空色が目に鮮やかだ。


 「星乃様。御影、戻りました」


 「ーーどうぞ、お入りになって下さい」


 星乃の許しを得て、斎宮の居室へと入室する。


 「おかえり、御影」


 「はい、月灯様」


 二人だけの時には少年の本来の名である月灯と呼ぶ約束である。


 「ヒヨォー」


 少年の側には少しばかり丸くなったヒヨドリのヒヨ助がいる。長らく離れ離れでこの小鳥も寂しかったのか、ここのところ月灯にべったりである。


 「ーー? 御影、何か嫌な事でもあった? 何だか少し怖い顔をしているよ」


 「も、申し訳ございません……っ。大した事では無いのです」


 「ふぅん。でも、御影は怖い顔をしていても綺麗だし、中々見られない顔を見れて僕としては得した気分だ」


 「つっ、月灯様っ……余りからかわないで下さい……」


 相変わらずこの美しい少年は時折とんでもない事を言ってくる。


 御影は顔が朱くなるのを誤魔化す様に、抱えていた書物を月灯に差し出した。


 「ーー月灯様、こちらを」


 「あぁ、有り難う」


 御影から書物を受け取った月灯はすぐに書物に目を通し始めた。


 巡礼から戻った月灯は空いた時間が出来ればこうして書物を読み漁っている。


 (ーーそれも、国の伝承に纏わるものばかり……)


 熱心に書物を読み込む月灯を邪魔するのは悪いと思いつつも、御影は疑問を口にした。


 「ーー月灯様。巡礼より戻られてから熱心に調べ物をされている様ですが、何か気掛かりでもあるのですか? それもアシハラの伝説に纏わる物ばかりですよね?」


 「気掛かり、か。うん、まぁ……そうだね……」


 そこまで言って、月灯は何やら思案する様に目を閉じた。


 少しして、少年は美しい銀色の瞳を開いた。


 「ーー御影は一綺の祭壇でアージェント殿が話していた内容を覚えている?」


 「はい。祭壇の様式が神の許しを請う物に見える……というお話でしたよね」


 「うん。その話を聞いてから、ずっと何か引っ掛かっている様な感じがするんだ……」


 「ーー引っ掛かるとは……?」


 問うてくる御影に対し、月灯が「上手く説明出来ないんだけど……」と話に入ろうとした時ーー。


 「ーー何奴っ!?」


 「ーーっ!?」


 盛大な音と共に勢いよく障子戸が開け放たれると同時に、御影が忍の俊敏な動きにより月灯を背後に庇った。


 余りの事に目を点にしていた月灯だったが、入り口に立つ人物に対して驚愕の声を上げた。


 「ーーあ、兄上っ!?」


 「ーーあぁ、久し振りだな。月灯!!」


 月灯の言葉に御影も目を丸くする。


 そこに立っていたのは、何と先程市井で御影を暴漢から救ってくれた黒髪の青年であった。


 呆気に取られる月灯と御影を前に、何やら不敵に笑う青年。


 その背後では突然の闖入者に慌てふためく斎宮殿の面々の足音が響いていた。





*****


 「ーーいやぁ、我が弟ながらこうして見ると本当に可憐な姫君にしか見えないなぁ、お前。血が繋がって無かったら、今頃お前に恋文送ってたかもしれないよ、俺」


 「気持ちの悪い事を言うな」


 「あははっ。相変わらず可愛くない弟だなぁ」


 心の底からという様な月灯の言葉にも、対する青年はまるで気にしていない。


 艶やかな黒髪に金色の瞳の青年。


 名を葦原(あしはら)朝陽(あさひ)。葦原月灯の実兄であり、先王の第一子である。


 「ーー突然来られても困るよ。此処での僕は星乃であって月灯じゃないんだ。兄上だって知らない訳じゃないだろう」


 閉めきった室内、潜めた声で月灯が言う。


 「そう堅い事言うなって。先王の長子が訪ねて来たって言ったら、快く入れてくれたぜ?」


 「快くって……皆兄上の扱いに困ってるだけだよ……。


 そもそも周りの反対を押し切って国外に出ていた兄上が今更何の用だよ。


 僕が偽の斎宮になるって決まった時だってアシハラに戻って来てもくれなかったくせに……」


 「まぁまぁ、そう()ねるな。それについては俺も悪かったと思ってるけど、俺は俺でやらなきゃならない事が色々あったんだよ」


 眼前で繰り広げられる兄と弟の問答に、御影は半ば置いてけぼりとなっていた。


 (ーーあ、あの軟派な人が月灯様のお兄様で、つまり先王の第一子……)


 市井での出来事を思い起こせば、御影の行動は非礼の極みである。


 (さっきの事、謝らないと……)


 御影がそう思った時、振り返った朝陽とばっちり目が合った。


 御影を認識するや否や、朝陽は目を輝かせた。


 「ーーあれっ!? 君はさっきの赤い糸の娘さんじゃないか……っ!! またまた会えるだなんて、やっぱり俺達結ばれる運命なんじゃないか?」


 「ーーえっと、あの……」


 「でも、此処にいるって事は君って斎宮の巫女って事だよね? 斎宮の配下の巫女は通常婚姻も出来ないけど、最悪還俗って手段もあるにはあるし、まぁ、問題は無いな」


 「え!? いえ、あの……!?」


 困惑する御影を相手に、朝陽は次々にとんでもない持論を展開する。


 一方、御影と朝陽のやり取りにポカンとしていた月灯だが、我に返るとすぐに二人の間に割り込んだ。


 「ーーちょ、ちょっと待ってっ!! 二人ともどういう事……っ!?」


 月灯の顔には焦りと疑問がありありと浮かんでいた。


 そんな月灯に、御影は市井での出来事を話すのだった。






 「ーー御影、本当に兄上に変な事はされてないんだね?」


 「は、はい。何もありません」


 「それなら良いんだ……」


 あからさまに安堵の溜め息をつく月灯に、朝陽が少し離れた所からニヤニヤとした視線を送っている。


 「ーーいやぁ、月灯もやっぱり男なんだなぁ」


 「うるさいよ。ーーそもそも、僕と御影は話の途中だったのに。いい迷惑だよ、全く……」


 月灯が言うと、朝陽は畳の上に散らばる書物に目をやった。


 そこにあるのはアシハラの伝承に纏わる書物ばかりだ。


 「ーーいや、寧ろ丁度良かったかもしれないぞ。俺の要件もお前達の話と無関係じゃ無さそうだ」


 そう言って顎を撫でる朝陽に、御影と月灯は顔を見合わせるのであった。

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