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3-13 最後の巡礼地(三)

 斎宮一行の最後の巡礼地である一綺。


 その儀礼殿に造られた祭壇にて、斎宮である星乃が祈りを捧げる。


 厳かな儀式は一綺の多くの住人が見守る中で行われ、龍神の御遣いかという美しさにその場の全員が見惚れていた。


 勿論、御影もである。


 (ーー何度見ても綺麗だわ……。見ているだけで心が洗われる様……)


 しかし、斎宮の巡礼の旅もこれでようやく終わりだ。


 勿論、喜瀬に戻るまで安心は出来ないが、喜瀬に戻れたら星乃にはゆっくり休息を取って貰いたいと思う御影であった。





*****


 「ーーいやはや。私も姫殿下の祈るお姿を拝見するのはこれで八度目ですが、本当に素晴らしいですなぁ」


 しみじみと言うアージェントに、御影や弥平達も同意する。


 「そうですね」


 「ーー本当に。あんなに素晴らしいものを一生の内に見られるだなんて思ってもいませんでしたよ」


 「お姫様のお歌、本当に綺麗だったね」


 「うん、見ているだけで心が軽くなった感じがするもの」


 住人達が惜しみ無い称賛を送る中、祈りを終えた星乃がこちらに歩いてくる。


 「お務めご苦労様でした、星乃様」


 「有り難う、御影」


 星乃は自身の傍らに立った御影に優しく微笑むと、次いで視線をアージェントに向けた。


 「アージェント殿は、わたくし達と共に各地の儀礼殿を回られてみて、いかがでしたか? 少しでもアージェント殿の学びに役立てば宜しいのですが」


 「どれもこれも興味深いものばかりでしたともっ!! 今回の旅は私にとっても本当に実りあるものでした」


 アージェントは世界各地の神話や伝承を考古学的な見地から研究する事を生業(なりわい)とする学者である。


 彼は星乃達と旅を続ける中で各地の儀礼殿や祭壇を調べたり、それぞれの町の住人から話を聞いたりと、研究者として精力的に活動していた。


 「それは何よりですね。わたくしもアシハラの王家に連なる者として、アージェント殿の見解を是非お聞きしてみたいものです」


 興味深げに言う星乃に、アージェントの学者魂に火が着いたらしい。


 「おやおや、姫殿下にその様に言って頂けるとは。何と光栄な事。


 ーーそうですねぇ、実は各地の祭壇を調べていて少し気になった事があるのですが、お話しても宜しいですか?」


 「えぇ、お願い致します」


 「このアシハラは伝承によれば龍神の加護を受ける国と言われていますよね。この九陰で際限無く取れる数多の資源も、その祝福だと考えられています。実際に何か神憑り的な物としか思えませんしねぇ」


 この九陰は石油から金や鉄鉱石まで多くの資源に恵まれた土地である。


 これらの資源は文字通りアシハラの民の生命線であり、これらを国外に輸出して得た食料などでアシハラの民は何の苦労も無く生活している。


 アシハラ全土の生活を賄う為、九陰の資源は日々膨大な量が採取されるが、油田等が一度枯れかけても不思議な事にそれらはまた復活し、何度でも富を生み出すのだ。


 そんなことが一度や二度でなく国の始まりから現在まで続いている。


 アージェントが神憑り的と言うのもそういう経緯からだ。


 「姫殿下のお許しを得て各地の祭壇も見させて頂きました。


 伝承から考えれば各地の祭壇は龍神への感謝を伝える物と考えるのが自然です」


 「えぇ。わたくし達もその様に教えられておりますし、神楽も龍神への感謝の舞と伝え聞いております」


 星乃の言葉に、アージェントは何故か困った様な顔をした。


 「ここからが少し不可解な点なのですが」と前置きすると、青年は再び口を開く。


 「どうやら各地の祭壇の様式はどう考えてもそういったものには思えないのです」


 アージェントの言葉に、星乃と御影は顔を見合わせた。


 「ーーと、言いますと?」


 「各地の祭壇の様式は私の知る限りでは、怒れる神を鎮める、もしくは神の許しを請う様な……負の意味合いを持つ祭壇様式に見えるのですよ」


 アージェントから告げられた想像だにしない言葉に、最初に反応したのは御影だった。


 「ーーそれは幾ら何でもおかしくありませんか? 龍神様は私達に無限の富という祝福を授けて下さっているのですよ?」


 「それに斎宮の前で不敬ですよ」と御影に(たしな)められると、アージェントは誤魔化す様に笑った。


 「いやはや、すみません。まぁ、これも一介のちんけな学者の戯言(たわごと)と思って下さると助かります」


 そう言って「たはは」と笑うアージェントだったが、星乃だけは先程の青年の言葉が深く突き刺さったように硬直していた。






 こうして、途中災難もあったものの斎宮一行は八ヵ所での祈祷を終えた。


 斎宮はそれぞれの町で人々の心に寄り添い、彼らを少なからず癒した。


 喜瀬に戻る一行の顔は明るかったが、何故か斎宮星乃の顔だけが何か気掛かりでもあるのか暗かった。










*****


 アシハラを治める皇がおわす都、王都一陽。富と娯楽に溢れるこの都において、人々の顔は皆一様に生き生きと輝き、それぞれの生を満喫している。


 一陽において政と神事の場となる大内裏(おおだいり)はまさにアシハラ王国の中枢と言えよう。


 そんな大内裏、皇の住居のある内裏の一角である。


 湯気が立ち上る湯殿にて、檜の浴槽でゆったりと足を伸ばす妙齢の女の姿があった。染み一つない白く豊満な肢体はなまめかしく、見た者は男女問わず魅了されるだろう。


 女は浴槽に沈められた大ぶりな石におもむろに手を伸ばすと、ほんのりと暖かいそれに再び熱を灯した。


 湯の温度が少しずつ上がり、女は目を閉じ気持ち良さそうに息をつく。


 邪魔にならぬ様に一纏めにされた長い髪は見事な金色。そして、ゆっくりと開かれたその瞳は血よりも深い紅だった。


 「ーー残念。やられてしまったわね」


 言葉とは裏腹に女は楽しげな口調でそう言った。


 「それにしても、私の分霊を下すだなんて……中々ですこと」


 一陽から遠く離れた地で彼女の一部が戦いの末、消失した。


 彼女の分霊を下した相手は九陰の斎宮とその一行である。


 「ふふ。折角用意した品を駄目にされた事は残念だけれど、まぁこれも些事でしょう」


 分霊を通して見た幼い斎宮と、斎宮を守る為に果敢にも向かってきた藤色の髪の娘 。


 特に娘の方は斎宮殿でも彼女の前に立ちはだかっており、結果的に前回今回と彼女の計画を潰されている訳だが、そんな相手に対しても彼女は余裕を崩さない。


 彼女にとって斎宮も藤色の髪の娘も所詮は取るに足らない存在ーーそして何よりも、爪で軽く引っ掻いただけで生き絶える様なか弱い生き物が足掻く様を見るのが彼女は好きだった。


 「ーー可愛らしい斎宮のお姫様。せいぜい残された時間に思い出作りに励むことね」


 そう言って女は妖艶な笑みを浮かべると、湯殿から出るべく立ち上がるのだった。

ここまでお読み頂き有り難うございます。これにて第三章が完結となります。次回からは再び斎宮殿のある喜瀬が舞台となります。もう暫くお付き合い宜しくお願いいたします。

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