3-11 最後の巡礼地(一)
喜瀬を出立した斎宮一行が九陰各地の儀礼殿を巡り祈りを捧げる巡礼の旅。
各地の儀礼殿に置かれた悪しき穢れの瓶に、廃村二科で因縁深き紅波との遭遇。順風満帆な旅とは言い難い旅路だったが、そんな斎宮一行の旅路も大詰めを迎えようとしていた。
今、旅の一行は最後となる八つ目の儀礼殿がある一綺へと向かう街道にあった。
ーーそして
ーー街道は阿鼻叫喚に包まれていた。
「ーー御影、気を付けて下さいっ!!」
後方から星乃の切迫した声が飛ぶ。
御影はそれを聴きながら、握るクナイに力を込めた。御影の近くに立つ郡兵達も同様だ。
御影達の側には数人の男達が腰を抜かして地面にへたり込んでいる。その誰もが涙と鼻水で顔面をぐしゃぐしゃにして、中には震えが収まらない者もいた。
前方には大小様々な怪異が何かに群がっている。
人である。正確には、少し前まで人だった何かである。
「ーーた、多助ぇ……」
男の一人がか細い声で、既に事切れている仲間の名を呼んだ。
「ーー貴方達は此処を動かないで。良いですね」
御影は背後で腰を抜かしたままの男達にそう言うと、郡兵達と素早く目配せをした。
(ーー残念だけど、あの人はもう無理だわ……。怪異が気を取られている今、畳み掛けるしかない……っ)
御影は駆け出した。
『ーー分身の術っ!!』
忍の秘術により二人となった御影のすぐ後を郡兵達が続き、怪異の群れを包囲する。
未だに食事に夢中な怪異の群れの足元に、御影はクナイを投擲した。郡兵達も同様である。
「ーーどうだっ!?」
「効くか!?」
郡兵達が声を上げる中、変化はすぐに起きた。
直接クナイが刺さった訳でも無いのに怪異達が突然もがき苦しみ始めたのだ。
(ーー星乃様の呪符が効いてるっ!!)
そのクナイには星乃が神通力を込めた呪符が巻かれていた。怪異達を取り囲む様に地面に突き立てられたクナイはその場で結界を形成し、怪異の力を弱めたのだ。
「ーー今ですっ!! 畳み掛けましょうっ!!」
御影の号令と共に、郡兵達が一斉に怪異に向かっていく。
「ーー破魔一閃・雷電!!」
御影は雷を纏わせた小太刀を大蜥蜴の怪異に突き立てた。落雷にあったも同然の大蜥蜴は声にならない声を上げて地に伏す。
郡兵達もそれぞれが星乃から加護を受けた獲物で怪異を相手取っていた。危なげなく、こちらが優勢である。
(ーーこれならいけるわ)
御影がそう思った、次の瞬間ーー。
郡兵の一人が相手にしていた巨大な蛾の怪異が、その死の間際、尖った口から瘴気を噴射した。
凄まじい敵意の込められた、その瘴気の軌道の先には立ち尽くす星乃の姿があった。
とっさの事に、星乃はその場を動けない。
「ーーっ!!」
御影は声にならない声を上げた。
誰もが瘴気の直撃を受ける星乃の姿を想像した時ーー。
目にも止まらぬ早さで星乃の前に立った人影が、迫り来る瘴気を弾き飛ばした。それも、素手で。
「ーーア、アージェント殿……」
「お怪我はありませんか、姫殿下?」
「は、はい……」
「いやいや、それは何より。私もこちらではお世話になってばかりですし、たまにはお役に立たないとねぇー」
「たはは」と間抜けな笑い声を上げるアージェントを、星乃と御影を含めたその場の全員が呆然と見詰めた。
*****
「ーーまさか、斎宮のお姫様に助けて頂けるとは……。本当に有り難うございました」
そう言って、先程まで腰を抜かしていた男の一人ーー弥平は深々と頭を下げた。
それに対し、星乃は沈痛な面持ちで目を伏せる。
「お顔を上げて下さい。礼を言われるどころか、お仲間の一人を助けられなかった事を謝らなければいけません……。
わたくし達がもう少し早く此処まで来ていれば、あの方もあの様な事にならずに済んだかもしれないのに……」
話によれば、弥平達は一綺で暮らす大工であり、近隣の町から仕事を終えて一綺へと帰る所だったという。
そしてその途中……不幸にも怪異の群れに襲われ、仲間の大工の一人である多助が犠牲になったという事らしかった。
「ーーいえ、仕方無い事です。寧ろ、多助の奴もこうして斎宮のお姫様直々に弔って貰えて喜んでますよ」
弥平が視線を向ける先には、多助の亡骸を埋葬した簡単な墓がある。
本来ならば、家族の待つ一綺まで連れて帰りたいところだが、余りにも損傷が激しく此処で弔う事を決めた。
場に沈んだ空気が流れる中、その場に似合わぬとぼけた口調で男が喋る。
「ーーあの~。しんみりしている所で申し訳無いんですが、実は私達は姫殿下による九陰巡礼の旅の途中でして。
これから最後の儀礼殿があるという一綺へと向かう所なのです。
皆さん一綺へ帰られる途中みたいですし、良ければ道中案内をお願いしても宜しいですか?」
アージェントの言葉に大工達は顔を見合わせると、途端に顔を明るくした。
「ーーなんと!! 斎宮のお姫様を町に招けるだなんて、こりゃあ凄いぞっ!!」
「ああ、そうだなっ。皆驚くぞっ」
何はともあれ、こうして一行は大工の面々と共に最後の巡礼地である一綺へと向かうのだった。




