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3-1 奇妙な行き倒れ男

 九陰には大掛かりな儀礼殿が全部で九つある。その一つ一つがアシハラ王国の各郡を指していると言われ、その内で九陰を示す儀礼殿が斎宮殿である。


 今回の巡礼の目的は斎宮殿以外の八つの儀礼殿を巡り、祈りを捧げること。


 斎宮である星乃と御影を初めとした巫女が数人、更に腕利きの九陰の郡兵を数人引き連れた面々が今回の旅の一行である。


 一行は斎宮殿のある喜瀬から最も近い、一つ目の儀礼殿がある町を目指して、牛車で街道を移動していた。


 そう広くは無い牛車の中、星乃と御影が隣り合って座っている。


 当然の事ながら二人とも旅装に身を包んでいるが、星乃のそれは斎宮の威厳を保つ為という意味もあるのか控え目ながらも一目で高貴な身と分かる装いだ。


 一方の御影はというと、いざという時の為に動き易い簡素な着物姿に髪型も以前の様に二つに結んでいる。


 「ーーやはり、御影はその様な装いも似合いますね」


 「そういえば、以前に星乃様をお助けした時もこの様な格好でしたね」


 「はい。いつもの女房装束も好ましいですが、その装いの方が少女の様で可愛らしいです」


 「も、勿体無いお言葉です……」


 星乃の言葉に、御影は顔に熱が集まるのを感じた。一方の星乃は扇子で口許を隠しながら、涼しげに微笑んでいる。


 そんな中ーー。


 「ーー?」


 「車が止まりましたね、どうしたんでしょう」


 それまで順調に進んでいた牛車が急に動きを止めたのだ。


 おまけに何やら外が騒がしい。


 御影は星乃の断りを得てから(すだれ)から顔を覗かせると、すぐ側にいた胴丸姿の郡兵に声を掛けた。


 「何事ですか?」


 「道に人が倒れている様でして……。それも少々おかしな風体(ふうてい)なのです」


 郡兵の言葉に牛車の中の御影と星乃は顔を見合わせた。


 「ーー星乃様、少し外を見て参ります」


 「わたくしも参ります」


 郡兵が止めるのも構わずに外に出てみると、そこには確かにおかしな風体の人間が横たわっていた。


 背の高い男だった。歳は二十代の半ばといったところか。銀縁の眼鏡を掛けた、その彫りの深い顔立ちはアシハラでは珍しい。身に付けている装束も同様、アシハラでは見ない物だ。


 しかし、何よりも目を引くのは男のぼさぼさの長髪だった。正面から見て右半分が白、左半分が黒という珍妙な二色頭なのだ。


 横たわったままの男が、後方から現れた星乃を見るや大仰な仕草で天に祈る。


 「ーーおぉ、この様な所に牛車が通り掛かるとは、正に天の助け……っ!! 高貴な御方とお見受け致しますが、どうか私めにご慈悲を……っ」


 男の言葉に、御影が制止するのも構わず星乃が前に進み出る。


 「どうされました? 何か、わたくしに出来る事がありますか?」


 問い掛ける星乃に男が目を輝かせる。


 「何と心優しい姫君か……っ!! 実は、かれこれ十日も飲まず食わずでして、行き倒れていた所なのです……っ」


 (ーー行き倒れという割には随分と元気ね……。少し怪しいわ……)


 御影は男の様子を怪しむが、星乃は男を助ける事にした様だ。


 「ーーこの方に水と食べ物を分けて差し上げて下さい」


 星乃の言葉に郡兵や他の巫女達も若干躊躇ったものの、そこは斎宮の命令である。すぐに白黒頭の男に水と食べ物が渡された。


 与えられた食料をぺろりと平らげると、男は星乃に向かって深々と頭を下げた。


 「ーーこの度はお助け頂き、本当に感謝致します。私は旅の考古学者、名をアージェントと申します」


 「あーじぇんと、殿ですか? 中々変わった響きのお名前ですね」


 首を傾げる星乃に、男ーーアージェントはへらへらと笑った。


 「ははは。遠い国から来たものでして、確かに私の顔も名もこのアシハラでは珍しいかもしれませんね。


 ーーところで、高貴な姫君とお見受けしますが、何分この国の事情に疎いものでして……もし宜しければ姫君のお名前を教えて頂けませんか?」


 「ーーわたくしはこの九陰で斎宮の位を拝領する、星乃という者です」


 星乃の言葉に青年は目を輝かせる。


 「ーーおぉ、では貴女が怪異を鎮める王家の姫君ですかっ!! いやはや、噂通り何と可憐な姫君なんだ……っ。


 そんな姫君に助けられるとは、私の一生分の運気を使い果たしてしまったやもしれませんねぇ!!」


 やたらと大袈裟な身振り手振りで語る青年に、当の星乃は若干たじろいでいた。


 そんな星乃に青年は更に問い掛ける。


 「ーーしかし、斎宮の姫殿下が何故この様な場所に? 私が耳にした話では斎宮は喜瀬の斎宮殿で祈りを捧げるのがお務めだとか……」


 「ーーおいっ!! 斎宮殿下に不敬が過ぎるぞ。いい加減にしろ」


 後ろに控えていた郡兵が青年の前に出ようとするのを星乃が制止する。


 「ーー良いのですよ。わたくしは気にしていません。


 わたくし達はこの九陰の各地に点在する儀礼殿を巡る旅をしている所です」


 星乃の言葉に、青年が興味深げに目を見張る。


 「ーーそれはそれは。実は私、この国の伝承や神話に非常に興味がありまして……。この九陰を訪れたのもこの地が伝承と関わり深い地だからでして、斎宮殿を含めた九つの儀礼殿も伝承に語られているのですよ。


 ーーいやはや、此処でこうしてお助け頂いたのも、きっと何かのご縁でしょう。


 どうでしょう。私も姫殿下の旅に連れて行っては頂けませんか?」


 つらつらと言葉を並べる青年に、一行は目を丸くする。


 そんな中、最初に口を開いたのは星乃だった。


 「ーー良いでしょう。遠い国の方にアシハラの歴史に興味を持って頂ける事は、わたくしとしてもとても喜ばしい事です」


 星乃の言葉に、御影は目を剥く。


 「ーーほ、星乃様っ!? お気持ちは分かりますが、素性の知れない者を側におくのは、防犯の観点からしますと些か……」


 周りの郡兵や巫女達も御影に同意する様に頷いた。


 しかし、そんな周りの態度も星乃はどこ吹く風の様だ。


 「ーー良いではありませんか。この方は悪い方には見えませんし、旅は賑やかな方が楽しいものです。


 ーーただ、アージェント殿。わたくし達の旅は怪異の多い危険な地域も巡るものです。身の安全は保証出来かねますが、それでも宜しいですか?」


 静かな口調で告げる星乃に、青年は目を輝かせた。


 「ーー構いませんともっ!! こう見えてそれなりに腕に覚えもありますので、皆様を煩わせる事も無い筈です。皆様、そういう訳で暫くご厄介になります」


 星乃以外の旅の一行が何とも言えない顔をする中、アージェントはへらへらと笑った。


 ーーとにもかくにも、こうして斎宮とその一行に、謎多き青年が加わったのだった。

いつも読んで頂き有り難うございます。新章開幕です。

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