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2-21 交戦

 座敷の天井裏から加倉井派の面々と紅波の会話を息を潜めて見守っていた御影と幸路だったが、弾かれた様に覗き穴から顔を上げた。


 座敷に異変が起きている。


 紅波が指を鳴らした瞬間ーー尋常では無い程の瘴気が紅波の手にしていた香から吹き出し、座敷全体に広がったのだ。


 「な、何が……っ!?」


 「私が確認します。東海林様は下がって……っ」


 渦を巻く瘴気で座敷の様子は窺い知れない。


 しかし、御影は階下に先程までは無かったある気配が増えていることに気付いた。


 (嘘……)


 御影の顎を冷たい汗が伝う。


それは御影がこれまでに何度も感じてきたものによく似ていた。


 忍として何度と無く相対してきたーー怪異の気配であった。


 瘴気が収まった時、覗き穴の向こうに見えた光景に御影は言葉を失った。


 「嘘、でしょう……」


 そこにあったのは赤黒い皮膚の大牛、泥の大蝦、巨大な骨の怪鳥等見るもおぞましい怪異の姿。


 そして、直前までそこにいた筈の加倉井派の人々の姿は忽然と消えていた。


 示される事柄から考えられるのは只一つ……。


 「人が、怪異にされた……?」


 御影と幸路の間に緊張が張りつめる。


 「御影殿、それは一体……っ!?」


 しかし、幸路が「どういうことか」と口にするよりも早くに二人を衝撃が襲った。







*****


 怪異へと変貌を遂げた人間達を見て、紅波は満足げに微笑んだ。


 「いやいや、上手くいったな。此処まで綺麗に変生するとは思わなんだが……想像以上に香が馴染んでいた様だ」


 紅波は手を叩くと、まだ半ばぼんやりとしている怪異達へと告げる。


 「さぁ、お前達。こんなに窮屈な場所にいては辛かろう。外には旨い食べ物も大量にある。折角生まれ変わったんだ。新しい生を満喫しておいで」


 紅波の言葉に一体、二体と怪異が外に飛び出して行く。


 その様を愉快げに眺めながら、紅波はふと天井へと視線を向けた。


 「ーーさて。お前達もずっと観客席で見物しているだけではつまらないだろう。折角の遊興だ。お前達も楽しむと良い」


 その言葉と共に紅波が息を吹き掛ける仕草をすると、その吐息はたちまち風の矢の様になった。


 放たれた矢によって天井が穿たれる。


 崩れる天井と共に二つの人影が座敷に姿を現しーーそれと同時に座敷に残っていた怪異達が餌の匂いを嗅ぎ付け、咆哮を上げながら餌へと飛び掛かっていった。


 土埃が舞い上がる中、肉を引き裂く音が響く。


 やがて土埃が収まった時、大牛の角と大螳螂(かまきり)の鎌を小太刀とクナイでそれぞれ防ぎながら御影が問う。


 「ーー貴方、何者なの」


 「礼儀がなっていないな。人に物を訪ねるならば、まずは自分から名乗るべきだろう」


 茶化す様な紅波の言葉に、御影の額に青筋が浮かぶ。


 「御影殿、落ち着いて下さい」


 「えぇ、分かっています」


 幸路の諌める声に、御影が心を落ち着けるべく息を吐く。


 幸路の手には呪符があり、御影と幸路の周囲に結界を張っていた。


 本人の言通り幸路の神通力が少ないのもあり結界範囲は心許ないものだが、それでもこの結界内にいる限り場の瘴気の影響をあまり受けずに済む。


 怪異が放つ瘴気や穢れは人には毒である。薄ければ影響も少ないが、この様な場では人間に思考能力低下や呼吸困難など致命的な症状を引き起こす。


 完全に劣勢に置かれている二人に紅波は笑う。


 「いや、聞かずとも知っている。男の方は一陽から来ている国司、東海林幸路。それから女の方は当代斎宮の気に入りの巫女、名前は確か御影だったか」


 「ーーあの香を仕入れていたのはお前だな」


 「さて、どうだろうな?」


 「人間が怪異に変わったのはあの香の仕業か? 外見は人間にしか見えないが、貴様一体何者だ?」


 「くく。質問ばかりだが、こちらが馬鹿正直に答えるとでも?」


 幸路の問い掛けを鼻であしらう様な紅波。そしてそんな二人の会話を耳に入れながら、御影は両手の得物に神通力を籠める。


 籠められた神通力は炎熱となり、大牛と大螳螂が燃え上がる。次の瞬間には大牛と大螳螂は為すすべなく地に転がされていた。


 「一つ答えて。小百合を唆して斎宮殿下に毒を盛ろうとしたのは貴方なの……?」


 平静を努めようとしても御影の言葉には熱がこもった。


 「はて。小百合、か。何処かで聞いた事がある様な気もするが……」


 そこまで言った紅波は口の端を吊り上げる。


 「何分過ぎた事は余り覚えていなくてね。過去は振り返らない主義なんだ」


 「貴方……っ!!」


 御影の瞳に激しい怒りの灯が灯る。


 紅波の言動は自らの行いを自白したも同義だった。


 今にも飛び掛かっていきそうな御影を後方の幸路が制止する。


 「御影殿……っ!! 下手に動いてはいけない。あの男は底が知れない……っ」


 「ーーっ」


 「そこの国司の言う通りだ。そもそも此処で私にかかずらっている暇などあるのか? 先程出ていった怪異共がそろそろ食い物にありついている頃だろうに」


 紅波の言葉に御影は歯噛みする。


 この男の言う通りだ。


 喜瀬は外から怪異が侵入する事を防ぐ為の壁等の仕組みは徹底されているが、逆に内側に入られた時は弱い。


 怪異からすれば絶好の餌場だろう。後方に控える幸路も同じ考えの筈だ。


 思考を巡らせる御影だが、その間にも座敷に残っていた他の怪異が御影と幸路に襲い掛かってきている。


 「ーーきりがないわっ」


 「御影殿、右から来ます……っ」


 元が人だったとしても加減等出来はしない。


 小太刀を振るい、怪異と相対する御影。結界の維持に心血を注ぐ幸路。


 そんな二人をよそに、紅波は背を向ける。


 「ーーさて、私はそろそろ暇させて貰うよ。あぁ、折角だ……名前ぐらいは告げていこうか」


 紅波が愉快げに振り返る。


 「紅波、と言う。また会うことがあれば、その時は宜しく頼むよ」


 「ま、待ちなさい……っ!!」


 御影が叫ぶが、紅波は頓着する事もなく悠々と座敷を出て行く。


 「……っ!!」


 座敷に残された御影は怪異の相手をしながら歯噛みするしか出来なかった。






*****


 「ーー破魔一閃・氷牙……っ!!」


 凍てつく冷気を帯びた小太刀が怪異を貫く。


 そうすれば怪異はたちまち氷漬けになった。


 「ーーお見事です、御影殿」


 「今ので終わりですね」


 座敷の中にいた怪異は残らず退治され、その場にいるのは御影と幸路のみとなった。


 御影は先程紅波が出ていった戸口を睨む。


 (ーー小百合。やっぱり貴女はあいつに狂わされたのね……)


 正直なところ、すぐにでも紅波を追い掛けたいのが御影の本音である。


 しかし。


 「ーー街を見に行きましょう。外に出て行った怪異を放ってはおけません」


 紅波の言っていた通り、今も怪異達は喜瀬に住む罪の無い人々を喰らっているかもしれない。


 怪異に対抗出来る人間は貴重なのだ。こんな所で油を売っている暇は無い。


 「御影殿は先程の男ーー紅波とかいっていましたか。とにかく、奴を追って下さい」


 「えっ?」


 意表を突かれた御影をよそに、幸路は懐から紙片を取り出すとそれに息を吹き掛けた。


 紙片はたちまち鳥の形になると座敷を出て行く。


 半ば呆然とそれを見ていた御影に幸路が言う。


 「今、斎宮殿下に連絡用の紙鳥を飛ばしました。そう掛からずに斎宮殿下には今回の件が伝わるでしょう。私はこれから郡兵に出動要請を出しに行きます」


 「で、ですが東海林様。お一人で大丈夫ですか?」


 「私とて己の分は弁えています。無理はしませんよ。それにあの男を野放しにしておくのは危険すぎる。御影殿にもそれはお分かりでしょう」


 「……」


 御影は気合いを入れるべく腹に力を籠めた。


 「東海林様、有り難うございます」


 「礼は後で良いですから」


 幸路から「早く行け」と言われ、御影は座敷を飛び出した。

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