2-14 巫女、泰菜。その正体
茶会当日の朝。
母屋からは太鼓の音が九回。午正刻を知らせる時報だ。
茶会の開催は半時後に迫っていた。
(ーーいよいよね)
自室にて、御影は深呼吸をする。
隠形して加倉井派の茶会に潜入し、小百合の事件に関する糸口を得る。これが今回の目的の全てだ。
茶会は確か申初刻までの筈。それなりの長丁場を隠形していなければならないが、やるしかない。
(ーーよしっ)
御影が気合いを入れ直した、その時。
「御影、いる? 今日非番でしょ?」
障子の向こうから声が掛けられる。泰菜だった。
(こ、こんな時に……)
御影は内心で歯噛みしながらも障子を開けた。
「泰菜、どうかした?」
「饅頭の差し入れ貰ったのよ。一緒に食べましょ。一人で食べると太るし、早く食べないと固くなるでしょ」
そう言って、包みを差し出す泰菜。開かれた包みの中には柔らかそうな紅と白の饅頭が並んでいる。
「お、美味しそうね」
「でしょ?」
甘味好きの御影としては非常に魅力的な誘いだが、残念ながらそれどころではない。
「あの、泰菜……。悪いんだけど、今日はこの後ちょっと用事があるのよ」
「用事? 何の?」
素直に引き下がってくれという御影の願いだが、そう簡単に事は運ばない。
「いやあの、ちょっとね……」
「んーー?」
しどろもどろになり明らかに挙動不審な御影に、泰菜が薄目になる。
そして次の瞬間ーー。
「ちょっと失礼……っ!!」
「えっ、ちょ、ちょっと……っ」
泰菜が半ば強引に御影を部屋に押込み、泰菜自身も御影の部屋へと踏み込んだのだった。
次いで、泰菜が静かに障子を閉める。
「ーー御影、あんた何か隠してるでしょ」
「えっ」
「顔に書いてあるわよ。あんた誤魔化すの下手すぎなのよ」
泰菜の言葉に御影は言葉を失った。忍の素養として、それってどうなのか。
言葉に詰まる御影に、やがて泰菜は深々と溜め息をついた。
「ーー変に隠さなくて良いわよ。何て言うか……私、それなりに知ってる方だから」
「え……?」
隠さなくて良い? それなりに知っている? どういうことだと御影の脳裏に疑問符が浮かぶ。
「ーーお姫様の秘密と、葦原月灯殿下……って言ったら分かる?」
「えっ!!?」
泰菜の言葉に御影は目を剥いた。
「や、泰菜……っ!? 貴女知ってるの……っ!?」
「ちょっと声が大きいわよっ」
御影は慌てて口を覆った。泰菜に「良いからちょっと座んなさい」と諭され、素直に従う。
「ど、どういう事なの、泰菜?」
「どうもこうも無いわよ……。私は元々巫女頭の松江様の部下なの。それこそ王都の一陽にいる時からね」
「え、それって……」
御影の言葉に泰菜が頷く。
「月灯殿下が九陰入りする時に一緒にこっちに来たのよ。松江様達と一緒にね。
分かる? 私、実はあんたに一回命を救われてるのよ。あの四乃と九陰の郡境でね」
「当の御影は完全に忘れてて驚いたけど」と頭を掻く泰菜に、御影は最早開いた口が塞がらない状況だった。
(ーーじゃ、じゃあ、泰菜もあの大蜘蛛に襲われていた中にいたって事……?)
先日の星乃ーーいや月灯かーーの話を聞いた時も衝撃だったが、御影は自分の記憶力の甘さに泣きたくなった。
「そういう訳で、私は松江様から色々と情報も貰ってるし、あんたが此処に来るって聞いた時には然り気無く助けてやるようにとも言われてた訳。
まぁ、表向きは小百合があんたの教育係になったけどね」
「そ、そうだったの……」
「さぁ……私は此処まで話したんだから、あんたにも話して貰うわよ。
それにあんたが斎宮殿下のお気に入りっていうのも、一部の奴は知っててもおかしくないんだし……あんたが変な問題行動を起こして、それで斎宮殿下が目を付けられても困るんだからね」
泰菜の正論に、御影は返す言葉も無い。
観念した御影は先日の座敷牢での一件から順に話し、今日これから行われる加倉井派の茶会と、更にはそこへの潜入を考えている事など全てを洗いざらい話したのだった。
*****
「ーーいやもう……あんたって本当にとんでもないわね」
御影の話を聞き終えた泰菜の第一声である。
「そ、そうよね……。後先考えずに盲目的過ぎるとは思う……」
先程の泰菜の言葉が御影の胸に突き刺さっていた。
今回の件だって月灯が御影に甘いのを良いことに、事を押し通そうとしていたに他ならないのだ。
御影がしくじれば月灯の立場が悪くなる事だって十分に有り得る。
「ーーでもね、泰菜。この斎宮殿に何かどうしようもなく悪いものが潜んでいる気がしてならないの。
星乃様の為にも小百合の為にも、私はそれを取り除きたい……。
その為にはこの茶会が絶好の機会なんだと思うのよ」
「ーー神通力を持つ人間の直感って奴?」
「確証は無いけど、そうなのかもしれない」
「ふぅん……。まぁ私にはよく分かんないわね。
でも、斎宮殿下の許可が出てるんなら仕方無いか。松江様も斎宮殿下にはやたらと甘いし、あんたも言っても聞かなさそうだしね……」
「それじゃあ、泰菜……っ!!」
「ーーでもね、便利な術があるのは知ってるけど、それだって限界はあるんでしょ? 私にも何か手伝えそうな事があったら遠慮無く言いなさいよ」
「有り難う、泰菜……っ」
茶会開始まで、あと僅か。
いつも読んで頂き有り難うございます。
作中に登場した時刻表記ですが、平安時代の時刻表記を参考にしています。
午正刻で正午12時、申初刻で15時です。