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2-12 いけない巫女、御影

 斎宮の許可を得た御影は、母屋の地下に造られた座敷牢へと降りていた。


 「お早く済まされます様……」


 「有り難うございます」


 看守に一言礼を言い、御影は一歩前へと歩み出す。そうすれば反対に看守の男は壁際に寄った。


 御影の眼前には太い木製の格子。


 その向こう……畳に座り込み力なく項垂れるその姿は、間違いなく御影の同僚にして先輩巫女の小百合であった。


 御影がその名を呼ぼうとした瞬間、小百合は突如頭を掻きむしり言葉にならない叫び声を上げ始めた。


 「ーーさ、小百合……っ!?」


 自分の知る小百合からは想像も出来ない姿に、御影は言葉を失った。


 御影の後方にいた看守も「あぁ、まただ」と嫌そうにぼやくと、一人階段を上がって行ってしまう。


 「さ、小百合……」


 そうだ。小百合は発狂して牢内で暴れているという話だった。その報せを受けて御影も此処に来たのだから。


 (ーーなんてこと……)


 しかし、実際に見る小百合は想像の何倍も酷い有り様だった。


 あの鈴蘭事件の日からまだそこまで日も経っていない筈なのに、目の前の小百合の顔色は青白く頬も痩けていた。


 看守から聞いた話によると毎日出される食事にもまるで手を付けないのだという。


 「ーーねぇ、小百合……っ。あの鈴蘭は本当に小百合が入れたの……っ!?」


 「本当に、本当に小百合がやったの……っ!? どうして……っ」


 「ねぇ、小百合……っ。答えて……っ」


 決して広くない牢内に小百合の叫び声が反響し、御影の問いは掻き消される。


 (駄目だわ……。これじゃ話なんてとても出来ない……)


 御影が絶望を感じた、その時。


 「み、かげ……?」


 「小百合……っ!?」


 正気に戻ったのかと御影が安堵した次の瞬間、小百合は凄まじい勢いで木製の格子に掴み掛かった。


 「……っ!?」


 「御影……。あぁ、御影……お願いよ……、私の部屋から……持って来て欲しいの……」


 「も、持って来る……? 何? 何を言っているの?」


 「あれが無いと……会えないの……私もう、悲しくて……、悲しくて……」


 「さ、小百合……?」


 要領を得ない小百合の発言に御影は困惑を隠せない。正気に戻ったのかと期待したが、どうやらそうでは無い様だ。とても鈴蘭の事を聞ける状態ではない。


 「もう何日も……、あの方に会えて……いないの……」


 「あの方? 会う? 誰のこと?」


 「あの、香りが……あの方を連れて来て……下さるの……」


 そう言いながら、小百合は髪に飾られた黒百合に愛しげに触れる。


 瞬間、御影の脳裏に先日のとある記憶が蘇る。


 金糸の髪に深紅の瞳。美しい容貌。髪に飾られた黒百合の飾り。


 御影の全身を悪寒が走った。


 御影の直感があの謎の男と小百合の繋がりを告げていた。


 「ーー小百合。小百合の言っていた好きな人って……もしかして、金髪に紅い目の男の人……?」


 御影の言葉に小百合の目の色が変わる。


 「御影もあの方にお会いしたの!!?」


 小百合の反応に御影の中の予感が確信に変わった。


 「小百合、あの男に何か唆されたんじゃないの……っ!? あの男は何かおかしかった……っ。惚れた弱みに漬け込まれたんでしょう……っ!?」


 しかし、御影に対する小百合の返答はこれまで聞いたことも無いような怒声だった。


 「ーーふざけるなぁぁっ!!!!」


 「さ、小百合……っ!?」


 「お前ごときが分かった口を聞くな……っ!!!!」


 そこからの小百合の発狂は最初に見たものの比ではなく、慌てて降りてきた看守によって御影は座敷牢から追い出されてしまった。






*****


 座敷牢から追い出された御影は西の対屋にある自室へと戻っていた。幸いにも今日は非番だった。


 「……」


 脳裏をよぎるのは先程の小百合との会話、そして先日見えた金髪紅目の男。


 (星乃様にも報告しないと……)


 小百合と面会が叶ったのも星乃が御影の我が儘を通してくれたからに他ならない。それに金髪の男の件も話しておくべきか。


 (以前泰菜に話した時は相手にされなかったけど……一応、話しておいた方がいいわよね)


 しかし、星乃の元に行けるのはまた夜だ。


 それまで時間がある。


 (ーー私一人でも出来る事はあるわ。それに星乃様に報告する材料は多い方が良いもの……)


 何より御影がじっとしていられなかった。


 『御影……。あぁ、御影……お願いよ……、私の部屋から……持って来て欲しいの……』


 座敷牢での小百合の言葉。小百合の部屋には何かがあるのだ。


 罪人である小百合の部屋は現在封鎖されており、中には入れない。小百合が座敷牢に送られた直後は巫女達による捜査が行われていたが、それも今は無い筈だ。


 (小百合の部屋は此処から七部屋先……)


 そこまで考えるとすっくと立ち上がるとその場で素早く印を切った。






*****


 天井板を外し、眼下を確認する。室内に誰もいない事を確認すると、御影は音もなく室内に降り立った。


 (ーーとても褒められた行いでは無いけど、今はこうするしか)


 そう自分に言い聞かせる。


 ざっと室内を見渡す。部屋の造りは御影の部屋と同様だ。こんな形で足を踏み入れる事になるとは思わなかったが、今は時間もない。


 (小百合は“香り”がどうのって言っていたわよね……)


 つまり、匂袋か何か香りを発する何かがあればそれが怪しい。


 文机に備え付けられた引き出しを一段ずつ確認し、続いて壁際に置かれた桐箪笥を一段ずつ確認していく。


 (ーーあら?)


 桐箪笥の一番下、そこに仕舞い込まれた手の平大の巾着袋だった。


 花柄模様の一見すると可愛らしいそれだが……。


 (ーー何? 微かに瘴気が漏れ出してる……?)


 巾着袋を開けてみて、御影は思わず顔を背けた。


 開けた瞬間に大量の瘴気が袋の外へと漏れ出したのだ。


 (ーーお香、だわ)


 小百合の言っていた代物は恐らくこれだろう。巾着袋を開けた瞬間の瘴気ばかりに気がいったが、香り自体は良質な香木によるものだ。


 証拠として持ち帰りたい気もするが、御影も封鎖された場所に不法侵入している身である。


 御影は巾着を元の状態にすると桐箪笥に戻した。


 (ーーこれは何かしら)


 見れば、引き出しには何やら折り畳まれた紙も仕舞われていた。


 紙を手に取り開いてみる。


 (ーー『斎苑会 茶会のお知らせ』?)


 詳しい事は分からないが、紙に記された内容を頭に入れる。


 そうしてその紙も巾着と同様に桐箪笥に戻した。


 思いの外有益な情報が得られた。これ以上はこの場に止まっている方が危険だろう。


 そう思った御影は来た時と同様、天井裏へと上がった。

くノ一巫女の御影、思い立ったら居ても立ってもいられない質の様です……。

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