2-11 斎宮、星乃の秘密(二)
その翌日のこと。
御影は目を醒ました星乃の為に、果実を漬け込んだ水を準備していた。
甘い香りにつられた食い意地の張ったヒヨ助を宥めつつ、器を星乃に差し出す。
「ーー星乃様、こちらを。頭がすっきりされますよ」
「ーー有り難うございます……」
星乃は何処か暗い面持ちで、果実水を受け取ると、しかし一口も口にしないまま俯いた。
そして、今までの星乃よりも幾らか低い声音で眼前の御影に問い掛ける。
「ーー昨日、見たよね?」
「え?」
「ーーはぐらかさないでも良いよ。昨日の夜の事は、何となくだけど、記憶に残っているから……」
何やら今までとは異なり何処か少年じみた口調で話す星乃に、御影は目を見張る。
これはつまり……。
「ーーでは、やはり星乃様は……」
「あぁ、そうだよ。昨日御影が見た通り、僕は男だ。この斎宮殿に姫君なんて本当はいないんだ」
深く溜め息をつく星乃に、御影はただただ呆然とするしかなかった。
「ーー御影も知っての通り、元来、斎宮は王家に連なる姫君がその役割を担うものだ」
ヒヨ助を撫でながら、淡々とした口調で星乃が語る。
「実際、本来はそうなる筈だったんだよ。昨年先代の斎宮が亡くなって、その次に斎宮位を継ぐ予定の姫君がいたんだ」
「ーーでは、どうして……?」
「川に身投げして死んだんだ。余程、斎宮になりたくなかったんだろう」
星乃の言葉に、御影は驚愕に目を見張る。
「ーーまぁ、気持ちは分からなくも無いけど」と誰にも聞こえない様に呟くと、星乃は更に言葉を続けた。
「そんな訳で、急遽代役が必要になったんだけど、丁度良い年頃の娘が何処にもいなくてね。おまけに斎宮の位を継ぐ為には相応の神通力も求められるから、中々難しいんだ。
それでも、斎宮がいないと怪異のせいで国は荒れる一方だし、人心も荒む。だから、一刻も早く……繋ぎでも何でも良いから斎宮を立てる必要があったんだ。
ーーそれで、僕に白羽の矢が立ったんだよ。悲しい事にこんな見た目だからね。斎宮殿の巫女達も、まさか姫君が男だなんて気付いてないと思うよ」
つらつらとこれまでの経緯を語る星乃を、御影はまじまじと見詰めた。
無意識の内に疑問が口をついて出る。
「ーーそれでは、今……私の目の前にいる星乃様は……本当はいったい誰なのですか……?」
見た目は可憐な美少女にしか見えない、艶やかな美貌の持ち主である、この少年は……?
御影の問いに星乃は薄く笑った。自らをあざける、自嘲の笑みだった。
「ーー僕は、葦原月灯。先代の皇の次男で、当代の皇の甥にあたる。まぁ、次の正式な斎宮までの間の繋ぎの偽斎宮って所だね」
何か言わなければ。そう思った御影だったが、言葉が出てこない。
そんな中、襖障子の向こうから控え目な声が掛かる。見張りの巫女の様だ。
「ーーはい、何でしょう」
姫君の声音で星乃が答えると、「急ぎお伝えしたい事が」との応えが返る。
顔を見合わせる星乃と御影。
まだ身支度の済んでいない星乃に替わり御影が応対の為に外に出る。
預かった書簡を星乃に渡すと、星乃はすぐに内容を確認し始めた。
「ーーえ?」
星乃が小さく声を上げる。その表情には困惑の色がありありと浮かんでいた。
「星乃様、何かあったのですか」
「え、いや……」
言い淀む星乃に、御影の胸に何か嫌な予感の様なものが去来する。
「星乃様……」
御影の訴える様な視線に根負けしたのか、やがて星乃は口を開いた。
「ーー座敷牢に拘束中の巫女が発狂したらしい……。牢内で暴れて手が付けられないそうだ……」
星乃の言葉に御影は言葉を失った。
座敷牢に拘束中の巫女と言われて頭に浮かぶのは一人しかいない。
「小百合……っ」
(発狂……!? 小百合が……っ!? でも、そうだわ……このままいけば小百合は極刑になってしまうかもしれないんだもの……。それを思えば発狂したっておかしくない……。でも、待って……そもそも鈴蘭を盛ったのは本当に小百合なの……っ!?)
御影の脳裏をぐるぐると思考が巡る。
(いえ、そうだわ……。先日東海林殿が小百合が自供したと仰っていた……。でも、あの小百合だもの……やっぱり信じられない。信じたくない……)
そこで御影はハッとなった。
星乃を見れば、心配そうに御影に視線を向けていた。
御影は星乃の側に寄ると、星乃と視線を合わせるように膝を折った。
「星乃様、お願い致します。どうか小百合と面会させて下さい……っ」
御影の言葉に星乃の目が驚愕に見開かれる。
「え……っ!?」
「お願い致します……っ」
「いや、それは……」
「……」
両手を着いて平伏する御影に、星乃は小さく溜め息を着いた。
そして、渋々ではあるが御影の頼みを承諾したのだった。




