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2-10 斎宮、星乃の秘密(一)

 昼に幸路からもたらされた情報は御影と泰菜を大いに動揺させた。


 しかし、それでも二人に出来る事は何もない。二人はそのまま心に重たい重石を乗せられた様な心境のまま、西の対屋へと戻るしかなかった。






*****


 そして、夜。御影は斎宮ーー星乃の寝所に向かっていた。自身の暗い心の内を決して主には悟られぬ様、心に誓って。






 「ーーヒヨ助、今日はひとりで蜜柑を丸ごと一つ食べてしまったんですよ」


 「ふふふ。ヒヨ助は本当に食いしん坊なんだから。それに殿下にも随分と馴れてきましたね」


 何気無い御影の言葉に、星乃がジト目になる。


 「御影、殿下ではなく星乃です」


 そう口を尖らせる星乃に、御影は「あっ」と小さく声を上げる。先日此処では名前で呼ぶようにと言われたばかりであったのだ。


 「そ、そうでした。申し訳ございません、星乃様」


 「良いですよ、許してあげます」


 星乃はそう言って微笑むと御影からヒヨドリへと視線を移した。銀色の瞳が愛おしげに細められる。


 「ーーヒヨ助が元気になった時には別れるのが寂しくなりそうです」


 「そうですね」


 枕元の木箱で眠る小鳥を見詰めると、二人は顔を合わせて微笑みあった。


 星乃と御影が見守る中、先日二人が助けたヒヨドリは順調に回復しつつあり、食欲も旺盛で「ヒーヨ、ヒーヨ」と鳴きながら果物や青菜をねだってくる。


 昼間には星乃が忙しいお勤めの合間に庭園に連れて行き、目の届く範囲で自由に遊ばせてやっているらしい。


 (ーーこの調子ならもう少しすれば、ヒヨ助も元気に飛び回れる様になりそうね。良かった……)


 星乃もこのヒヨドリと過ごす時間をとても気に入っている様だし、日頃斎宮としての重圧に耐える日々を送っている星乃なのだ……せめて今だけは年相応の子供の様に過ごせたらと御影は思うのだった。


 「ーーさぁ、星乃様。私達もそろそろ寝ましょう」


 しかし、御影の言葉に当の星乃は少し気まずげな顔をする。


 「すみません、御影……。今日の内に目を通しておきたい資料があって……もう少しだけ起きていても良いですか? 御影は先に寝ていて下さって構いませんから」


 「何を仰っているんですか。星乃様を差し置いて私が先に寝るなど出来ませんよ。それに夜更かしはお身体に障ります」


 「お願いです、御影。そこを何とか……」


 「いけません」


 仕事熱心な事は素晴らしい事だが、星乃はまだ幼い身である。今日だって日中は必要以上に働き詰めだったと聞く。夜はしっかり寝なければ疲れも取れない。


 (ーーまぁ、もしかしたら眠りたくないのはそれだけが理由ではないのかもしれないけれど……)


 元々、御影が星乃の寝所に侍る様になった理由である。


 思いの外に頑固な御影に、当の星乃は困った様に小首を傾げる。美しい銀色の瞳が御影に向けられていた。


 そして、何を思ったのかーー。


 「ーー御影は、今日も綺麗ですね」


 突拍子も無い星乃の言葉に、御影は思わず顔を紅くした。


 「ーーえっ!? い、いきなり何を仰るんですかっ!!」


 「ふふ、ふと思ったものですから」


 「わ、私などよりも星乃様の方がずっとお綺麗ですから……っ」


 「照れているんですか? でも、御影は本当に綺麗ですよ。わたくしなどよりもずっと……」


 何処か神秘的な美貌にうっすらと笑みを浮かべる星乃にそう言われ、御影は何も言えず紅い顔のまま口をつぐんだ。


 御影はこの寝所においては星乃を自分の妹だと思って接しているが、その妹は時折こんな風に御影の調子を狂わせてくる。


 (いいえ、今のこれは……)


 「ほ、星乃様……。おだてて丸め込もうとしても駄目ですよ。これ以上の夜更かしは認められません」


 「でも、どうしても今日の内に見ておきたいのです」


 いつの間にか紙の束を手にしていた星乃の表情は真剣そのもので、そうなれば御影も言い返す事が出来ない。


 「お願いです、御影……」


 「星乃様……」


 (ーーそんなに、重要な案件なのかしら……)


 そんな御影の心の内を察したかの様に、星乃が少し迷う素振りを見せた後に口を開いた。


 「ーー実は金鉱の採掘量と納品量に齟齬があるとの報告が上がって来ているのです」


 「金……ですか?」


 怪訝な顔をする御影に、星乃が無言で頷く。


 「わたくしが郡政会議で予算の見直しを提言したのは御影の耳にも入っていますよね? その一環で、九陰の様々な業務を改めて見直しているのです」


 郡政会議の件は勿論御影も知っている。それを知った時は斎宮としても郡領としても務めを果たそうとする星乃に深い感銘を覚えたものだ。


 その反面、星乃の立場がより難しいものになることに恐れもあるのだが。


 「……」


 「良いのです。自分で言い出した事ですから、わたくしが先頭に立つのが筋というものでしょう。勿論至らぬ部分の多い自覚もあります。だからこそ少しでも早く色々な事を覚えなければ」


 「星乃様……。私に出来る事があれば何なりとお申し付けつけ下さいね」


 一介の巫女に過ぎない御影に出来る事などたかがしれているだろう。それでも御影は言わずにはいられなかった。


 それに対し、星乃は嬉しそうに微笑んだ。


 「有り難う、御影。その言葉だけで十分です」





 最終的に星乃の熱意に折れた御影により、行灯の中の蝋燭が溶けきるまでという約束でもう少しだけ夜更かしが許される事になったのだった。







 それから暫くは星乃が書類を捲る音だけが室内に響いた。


 やがて蝋燭が小さくなると、当初の約束通りに星乃は素直に寝具に横になった。






 (ーー今日は、星乃様もゆっくりお休みになれると良いのだけど……)


 そもそも、御影が星乃の寝所に侍る様になった理由である。


 毎夜恐ろしい夢を見ると言っていた星乃の言葉はどうやら事実の様で、最初の晩も酷くうなされて、見ている側が辛くなる程だったのだ。


 その時も起こすかどうか迷ったものの、涙を流しながら「殺さないで、お願いします」等と言う星乃を見ていられず、星乃を夢から引き戻した。


 夢から醒めた星乃はその後暫くの間、涙を流しながら御影に抱き付いて離れなかった。






 「ーー御影、手を繋いでも良いですか?」


 「勿論です、星乃様」


 御影はそろそろと伸ばされた星乃の手を握ってやる。そうすると、星乃は嬉しそうに目元を和ませた。


 こうして手を握る様になったのはどちらの提案だったか。そのせいもあるのか、星乃が日々悪夢を見るのは変わらないが、以前程うなされる事は無くなりつつあった。


 「ーーお休みなさい、御影」


 「ええ。お休みなさいませ、星乃様」


 (ーー星乃様を襲う悪夢、どうか星乃様をゆっくり眠らせてあげて……)


 そう祈り、御影は目を閉じた。






 しかし、御影の祈りは届かずーー。


 御影はその夜、今までに無い程にうなされる星乃の悲痛な声によって目を覚ました。


 「ーー熱いっ。苦しいっ。ごめんなさい、ごめんなさい。どうか、許して下さい……っ。殺さないで、お願い……っ」


 「ーー星乃様……っ!?」


 星乃は悪夢にうなされながら、苦しげに着物の(えり)をかきむしっていた。


 その額には玉の様な汗が浮かんでいる。


 今までに無い程のうなされ様に、言い様の無い恐怖を感じた御影は慌てて星乃の側に寄る。


 「ーー星乃様っ!? 星乃様っ!? どうか目を醒まして下さい。お願いしますっ」


 しかし、星乃は何者かへの懇願を止める事も無く、変わらず着物の衿元をかきむしっている。


 この騒ぎで目を醒ましたらしいヒヨ助も心配そうな瞳を向けている。


 星乃の呼吸すら苦しげな様子に、御影は星乃の衿元に手を掛ける。


 「ーー星乃様、少し着物の衿を(ゆる)めます。不敬をお許し下さい」


 夜着にしてはきつく閉められた着物の衿の合わせをくつろがせてやると、急に今まで以上に空気が入って来たのか、星乃が盛大にむせる。


 それにより夢から醒めたらしい星乃が起き上がり、苦しげに何度も咳き込んだ。


 「ーー星乃様、大丈夫ですかっ」


 全身で咳をする様な星乃の背中を、御影は必死に擦った。


 やがて、咳き込みが治まると同時に星乃の着ていた夜着がずり落ち、敷き布団の上にはらりと落ちた。


 行灯に照らされる室内、白く滑らかな星乃の肌が御影の目にさらされる。


 (ーーえっ?)


 美しい肌であることは疑い様が無いが、そういう事ではない。


 (ーーい、幾らなんでも胸が平坦過ぎない……?)


 余りにも不敬が過ぎるかもしれないが、御影は最早目が離せなかった。


 その一方で、星乃は悪夢と咳による二重の疲れから壊れた人形の様に敷き布団に倒れ込み、そのまま気を失ってしまった。その白い肌をさらしたままーー。


 星乃は確か十二歳。絶壁と言っても差し支えない薄い胸は流石におかしい気がする。


 御影の脳裏に確信めいた一つの考えが浮かんだ。


 「ーー星乃様、まさか男の子なの……?」


 誰に言うでも無い御影の呟きは、そのまま宵闇の中に吸い込まれていった。

いつも読んで頂き有り難うございます。中々恋愛要素が出せずすみません。ここから少しずつラブな要素も増えていく予定です。

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