2-9 いけすかない男
「ーー御影。小百合の事はあんたのせいって訳じゃないんだから、そんなに気を落とす事はないわよ」
「泰菜……」
その日、割り振られていた護符製作を終えた御影と泰菜は、母屋と西の対屋を繋ぐ渡殿を歩いていた。
「そうね……。そうではあるんだけど、ね……」
泰菜の励ましにも関わらず御影の口調は沈んでいる。先日の騒動が切っ掛けで捕らえられた小百合は今も座敷牢の中だ。
「ねぇ、泰菜はあの鈴蘭は何処で入った物だと思う?」
「んーー。そうね、色々な所から聞いた話を纏めるとやっぱり小百合がやったって考えるのが自然だと思うけど……」
「でも、信じたくはないわよね」と床に視線を落とす泰菜に、御影も頷く。
厨房はほぼ白で御影も白と考えれば、後に残るのはあの時梅の間にいた見張りの巫女と小百合しかいない。
昼餉の膳は小百合の手にあった訳で、見張りの巫女が小百合に気付かれずに膳に細工をするのは難しい。
(ーーあの時、聞こえた音……)
御影が梅の間を飛び出す切っ掛けになった異音……。まるで鯉口を切る様な……。
勿論、あの日聞いた異音についても聴取の際に話したが、それについてはあまり真剣には受け取られ無かった。
「御影……何かずっと考え込んでるみたいだけど、本当に大丈夫?」
「えぇ、大丈夫よ。気を遣わせてごめんなさい」
(今回の騒動……やっぱり何か引っ掛かるわ。斎宮殿下の為にも、小百合の為にも真相を突き止めないと……)
御影がそう決意を新たにした時ーー。
「あれは……」
「ん?」
二人して前方を見れば、渡殿に一人の男が立っていた。
銀灰色の髪と瞳の男。先日中庭で対面した国司、東海林幸路であった。
*****
「ーー貴女方は件の遠野小百合と親しかったと聴いています。少し話をお聞かせ願えますか」
先程の幸路の言葉により、三人は母屋の一室に場所を移していた。
御影が当時の状況を先日聞き取りを受けた時と同様に話せば、幸路もおもむろに頷く。
「なるほど……。では遠野小百合の最近の行動に何か違和感や異変はありませんでしたか?」
「そうね……。此処のところ体調を崩しがちで、何度か欠勤していたわ」
「そうよね」と泰菜に目線で問われ、御影も頷く。
「小百合は何時も気を張っているから、精神的な疲れもあると思うけど……」
御影が補足する様に言えば、幸路は何事か考える様に天井を仰ぐ。
「そうですか。他には何か気になることは?」
「いいえ、特には……」
泰菜がそう答えた所で御影はふとある事を思い出した。
「あの……。関係があるかは分かりませんが、先日小百合から自分が所属している会に来ないかと誘われた事がありました」
その言葉に二人の視線が御影に突き刺さる。
「会?」
「そうなの、御影? 私も初耳なんだけど」
「ごめんなさい、泰菜。此処のところ色々あったから、私も失念していて……」
御影は先日の小百合との遣り取りを思い出しながら、それらを二人に話して聞かせた。
「ーー小百合がそんな会に? 私、小百合とはそれなりに長いけど全然知らなかったわ……。もしかしたらたまに珍しい菓子を仕入れてくるのも、そこからだったりしたのかしら……」
「その会について、もう少し何か情報はありませんか? 会の名前でも、開催日でも構いません」
「いえ、そこまでは……」
御影がそう言えば、目を白黒させる泰菜をよそに幸路が一人納得した様に頷く。
「ふむ、やはり状況的に見ても遠野小百合の犯行とみるのが自然ですね」
幸路の言葉に押し黙るしか出来ない御影と泰菜だったが、次に幸路が言い放った言葉に愕然とした。
「ーーまぁ、斎宮を害そうとした訳ですから……例え未遂であろうとも極刑は免れないでしょう」
「……っ!!」
「極刑……!? 嘘でしょ!?」
思わず大声になる泰菜に、幸路は煩そうな顔を隠しもしない。
「当たり前ではないですか。お二方とも斎宮殿の巫女ならば、斎宮が如何に貴い存在かお分かりでしょう。
そうでなくとも、斎宮は王家に連なる尊い御方。それを害そうとすればどうなるか、火を見るよりも明らかでは?」
「小百合は真面目と責任感が服を着て歩いてる様な子なのよ。それに結構小心者な所もあるし……。あの子にあんな真似出来る訳ないのよ」
「個人の私情が入り交じった見解は何の参考にもなりませんが」
「何ですって……っ!?」
勢いのままに立ち上がる泰菜に、しかし幸路は鼻で笑った。
「そも、お二人の希望を折るようで心苦しいですが……既に遠野小百合は自分がやったと自白しましたよ」
その言葉に驚愕する二人をよそに、幸路は淡々と続ける。
「つまり、重要な事はもうそこではないのです。犯行が単独なのか、それとも複数なのか……。
今日は色々と有益な情報が得られました。お二人とも、御協力感謝致します」
静かにその場から立ち上がった幸路はそれだけ言うと、二人に向かって軽く会釈すると部屋を出て行ってしまった。
残された二人は何も言わず、暫くその場から動けなかった。




