外伝 第05話 勇者の現在
王城を中心として正方形を成している王都セドラル。
城から東西南北の大きな通りがあり、外壁とぶつかる場所にはそれぞれに大きな門が設置されている。
あと1時間もしたら日も沈むというのに何処の門からも出入りする人や荷車が途切れることなく続いており、王都がどれだけ栄えているのかを雄弁に物語っていた。
そんな王都の北門の一番上部。
門のすぐ傍に建設されている監視塔よりはいくらか低いがそれでも北門周辺を見渡すには十分な高度があるその場所にその男はいた。
門から続く街道の地を蹴り、一足飛びにその男から数メートル離れた所に飛び上がり着地する。
数秒ほどするとこちらを見ずに声をかけてきた。
「遅かったな、勇者様」
「見損なったよ。勝てないからって負け犬のように逃げるってどういうつもり?」
男に答えずに逆に問う。
ここまで来る間に怒りはだいぶ落ち着いた。が、代わりにそれ以上の呆れと失望が胸中を渦巻いていた。
正直、まだ短い人生の中であれだけ後手に回らせられたのは初めてだ。
怒りで狂いそうになったことも初めてだ。
悔しいけど心の何処かでこの男のことを認めかけていた。なのに逃げた。
それが許せなかった。
しばしの沈黙の後、振り向いたジャス。
その表情は失望が色濃く現れていた。
「ここに来るまでに気付いてくれるかと思っていたが、それは俺の過大評価だったみたいだな」
その声音に表情に、心がざわつく。
自分が大事な何かを見落としているのではないかと。
ずっと頭の片隅にあった違和感が徐々に大きくなってくるのを覚える。
「・・・なんだって? ボクの質問に対する答えがそれ? 聞き間違いだったら謝るけど、今、ケンカ売ってきた?」
自分では落ち着いてきたと思っていたけど、そんなことはなかった。
この男の相変わらずの挑発に先程まであった違和感は何処かへ去ってしまい、感情のままに怒りをぶつける。
その怒気は並の魔物ならそれだけで気絶させられるであろう殺気となり、男に襲いかかる。
しかし相変わらず痛痒を感じない様子で・・・いや、そこで気が付いた。
殺気を放った瞬間に明らかにこの男は落胆していた。
まるで幼子が何度教えても同じ失敗を繰り返してしまうときの母親のように。
ただ一つ違うのは、母親ならその落胆を幼子に気取られないようにするだろう。けど、このジャスという男はそれを隠そうともしなかった。
つまり、それはボクが幼子よりはかろうじて上に見られているということの証明。
「何? その顔は? バカにしてるの?」
違和感が、心のざわめきが大きくなる。
それに背を向けるように男に噛み付く。何か言わないと不安になってしまう。
こんなことは初めてだ。
「バカにはしてない。ちょっと周りの大人に一言二言物申したくなっただけさ」
大きくため息をつくと男はこちらに歩み寄ってきた。
門の上部の本来は人が歩くことを想定されていない場所だというのにその歩みはあまりにも自然で、そのせいだけではないだろうけどボクは驚くほど簡単に接近を許してしまっていた。
「お前、本気で怒られたことないだろ?」
突然の問い。
そして。
その問に答えを返す暇もなく鈍い音と共に頭部に衝撃が走った。
「痛っ!! 何すんのさ!?」
右手を握りこぶしにした男から後退って距離を取りながら叫ぶ。
そう、ボクは今ゲンコツを食らったんだ。
その事実に頭に感じたものとは比べ物にならない衝撃が心中に吹き荒れる。
殺気、敵意などの負の感情に異常なほど敏感なボクが殴られた。
しかも正面から。
それが意味することは、明白だ。
「このアホ勇者が! これだけわかりやすくしてやってんのにまだお前は自分のミスに気が付かないのか!」
「さっきから何を意味のわからないことばっかり言ってるんだよ! 大人ならわかりやすく言いなよ! 自分の落ち度を棚に上げるな!」
ーーずっとこの男に違和感があった。
「何ぃ? その言葉そっくりそのままお前に返すぞ! 良いか? 今回の模擬戦が実戦だとしたらお前の負けだ、しかも大敗だ。何故だかわかるか?」
「わからないよ! 今からボクが逃げたあんたを倒して模擬戦終了! ボクの勝ちだ!」
ーー周囲からずっと向けられていた負の感情。
「はぁ!? お前、実は気付いてるけど悔しくて認められないだけだろ! どう考えてもお前の負けだ。魔人の俺が王都に来てしまっている時点でな! お前は魔人にはめられて王都はがら空きだ!」
「っ! で、でも王都には結界がある! 今まで破られたことがない結界があるんだ! それに騎士団もいる、だから!」
ーー恐怖、嫉妬、不安、策謀。そういう感情が一切無かった。
「理解してる癖にまだ言うか! 結界で守れるのは王都の中だけだ。お前は今ここを歩いている街道の人達はどうなってもいいって言うのか! それに騎士団がいつ襲撃してくるかわからない魔人のために4つの街道を24時間ずっと守っていられると思ってんのか!」
「じゃあどうしろって言うんだよ! あんたの言うとおりに魔人が動いたらどうやっても犠牲が出るじゃないか! でもそれは街道に魔物が現れても同じことだろ!」
ーー勇者としてのボク。リオンとしてのボク。その両方に。
「全然違うわこのバカタレ! 勇者が魔人討伐に赴いた、だがその魔人によって王都に大きな被害が出た。これがどれだけ王都の民に不安を与えると思う? その影響は絶大だろうな」
「だったら! 騎士団が、騎士団が魔人討伐に行けば良いんだ。それでボクが王都の防衛に回ったら」
ーー正面から向かい合ってくれている。
「魔人は逃げるだろうな。それで違う領地を占領して同じことを繰り返すだろうう。お前が出てくるまで」
「否定ばっかりじゃないか! さっきの質問に答えてよ! じゃあどうしろって言うんだよ!」
大きな声で叫ぶ。
まるで小さな子供の癇癪だ。
上手く出来なくて、でもちゃんと見てほしくて、イライラをぶつけているだけだ。
それなのにこの人は、ジャスは。
「それこそ最初から言ってるだろ? 俺を頼れって。俺なら上手くやってやる。子供は大人に頼るべきなんだよ」
「そんな普通の子供みたいなこと出来ないよ。普通になんて、やりたくても出来ない。ボクは勇者なんだから」
最初からボクを見てくれていた。
「勇者だからなんだ? 俺からしたらちょっと強い生意気な普通のガキだ」
「っ! じゃあ、それなら・・・本当に頼ってもいいの? 普通の子供みたいに」
静寂。
不安になって足元に落としていた視線をゆっくりと上げる。
逆光で見にくいけど、優しい微笑みが目に焼き付いた。
「任せろ」
「ホントにホント? 本当に頼るからね! 嘘じゃないからね!」
「だから任せろって言ってるだろ」
「・・・そこまで言うなら、信じる。あんた、ううん、ジャスさんを」
ボクが恐る恐る差し伸べた手を力強く握りながら再び「任せろ」と笑う。
真っ赤な夕日に照らされたその笑顔をボクは忘れることはない。
そしてきっとボクも同じような顔で笑っていると思う。
普通の子供みたいに。
「あ、でも強いのはちょっとじゃないよ」
「やっぱ生意気」
◆ ◆ ◆
「ということがあったのさ」
ちゃんちゃん。
と、話を終える。
赤髪の看板娘サーナちゃんが口元をお盆で隠しながら瞳をキラキラさせてボクとジャスさんに熱視線を送ってくる。
「うああぁ・・・店長、カッコいいー!」
「いやいや、コイツの環境が本当に酷かったんだよ。このまま放っておいたら不良になっちゃうじゃないかとオジサン気になっちゃって」
勇者が不良になったら世界が終わるでしょ? と手をひらひらさせてサーナちゃんに笑いかけているジャスさん。
間違いない、あれはとっても照れているな。
でも、ボクもちょっと恥ずかしいからイジらないでおく。反撃が怖いし。
「で、で、で、そのあと魔人はどうなったんですか?」
「倒したよ。ジャスさんの予想通りボクが乗り込んだと同時にこっそり王都へ向かったみたいなんだけど、拠点の罠と魔人の手下を壊滅させた後にジャスさんの転移で先回りしてザクっとね」
腕を素振りして魔人を倒すジェスチャーをする。
本当に空間転移は反則だと思う。
相対した時の魔人の表情は今でも忘れない。ちょっと可哀想だなと思ったし。
「でも今の話だと店長が物凄く切れ者みたいですねー。魔人の動きを完璧に読んでますし」
「ホント凄いよね! 結局ボクも魔人もジャスさんの掌の上で踊ってただけなんだよ」
仮に読みが外れてても頼る気ではいたけどジャスさんの言うとおり魔人は王都に現れた。
しかも北門。
まるで予言者のようで恐怖すら感じた。
そんな当時を思い出していたボクに何でも屋の店長は何でも無いように爆弾発言をした。
「あれは読みじゃないぞ? 魔人の部下に成りすまして情報を引き出したんだよ。でないとあんな大胆に動けないって」
砦の皆さんや貴族の一部にも迷惑かけたからなぁ、とカラカラと笑う。
その悪びれない様子に思考が停止しそうになるがなんとか口を開く。
「ま、待って? 魔人を倒した後に「ほらな、言ったとおりだっただろ?」ってドヤ顔でボクに言ったよね?」
「言ったな。そしてその言葉通り「言ったとおり」だったろ?」
「いやいやいや、あの時、完璧な推理で魔人の企みを阻止できてすごい! みたいなことボク言ったよね?」
「言ってたかな?」
「言ったよ! ああ・・・魔人まで手玉に取る凄い人だと思ってたボクを殴ってやりたい。完全に騙されてたよ・・・」
別にジャスさんの推理が外れてたとしてもきっとボクは懐いていたと思うよ。
でもなんというか、当時は本当に物凄い人だと本気で尊敬したのに!
いや、今も尊敬してるけど!
きれいな思い出を汚された気分だよ!
大きなため息を吐きつつ机に突っ伏すボクを見て「あ、あはは」とサーナちゃんが苦笑いを浮かべる。
かける言葉がないというのと、ジャスさんに騙されることが多い被害者同士の共感があるんだろう。
「勇者様も苦労してますなぁ?」
全く心のこもっていない形だけ気遣った言葉を投げかけてくるジャスさん。
「誰のせいだよ! 傷心のボクに何か言うことはないの!?」
「昔から騙しやすくて面白いです」
「もおおおおぉぉ!!!」
ぎゃあぎゃあと騒がしい何でも屋の店内。
勇者リオンがただのリオンになれる数少ない居場所。
これからもどうか変わらずボクと接してね。
あ、やっぱり程々にして。
お付き合いありがとうございました。
外伝01はこれにて完結です。
他にも外伝の構想はあるのですが、果たして形になるのか…。
別の作品も(もっと軽い感じの物語)書き出してはいるのですが、これもまた世に出せるかはまだわかりません!
またお会い出来たらと思います。
では。




