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第72話 今後とも、何でも屋をご贔屓に

最終話。


しぃんと静まり返る店内。

全員が我が耳を疑った。

八方塞がりかと思われていたシェロを救う手立てがたった1つだけあるという。

その奇跡のような言葉を発したローラルダに対面に座っていたジャスが堪らずテーブルの上に乗って詰め寄る。


「ホントか!それはホントなのか!?」


「落ち着け。行儀の悪い奴じゃ」


ジャスが飛び乗った衝撃でテーブルの上に置かれていたカップが宙に舞う。

そのカップをローラルダは苦言を呈しながら軽く魔力を込めて全て元の位置に戻す。

紅い液体は一滴も溢れることなくカップの中で波打っていた。


「わ、悪い。いや!そんなことよりも手があるってのは本当か!?」


「嘘を言ってどうする。笑えぬ冗談など言いはせん」


きっぱりと言い放つローラルダにルルエンティがおずおずと質問をする。


「女王様、それは本当なのですか?私は何も聞いていません」


「そうじゃろうな。今、コヤツを見て思いついた妙案であるからな」


クククッと笑うとローラルダは立ち上がるとジャスの横まで近付き真剣な表情で見下ろす。


「ではジャスよ。我が友よ。最後に確認する。全てを投げ出す覚悟が汝にはあるのじゃな?」


「ある。何を要求されても後悔することはない」


立ち上がりローラルダの神秘的な、深い虹色のような瞳をまっすぐに見つめる。

そこに微塵も揺らぎがない事を確認するとローラルダはクルリと後ろを向いた。

長い髪がふわりと円を描くように舞う。


「あい、わかった。ならば妾も覚悟を決めよう」


背中越しに話すローラルダの声は何故か少し強張っているようだった。

そして彼女は一度、二度と大きく深呼吸をすると勢いよく振り返ってジャスに手を差し伸べて大きな声で言い放った。




「妾と、結婚してくれ!!」




・・・。

・・・・・・。


数秒か数十秒か。

確かに時が止まった。


手を差し伸べたまま固く目を瞑り動かないローラルダ。

手を差し伸べられたまま目を見開いて動けないジャス。

その状況を呆然と見たまま動けずにいる周囲の者たち。


そして音が爆発した。


「ちょ、ちょっとちょっと!どういうこと!?」

「女王様!何を!何を仰ってるのですか!?」

「これは失念してた。その手があった」

「待って下さい!待ってくださいよ!ええぇ!?そんな、えええ!!?」

「いやいやいやいや!流石にそれはどうなんだ?え?ありか?ありなのか?」

「ジャスさんがプロポーズされてる!?あのジャスさんが!?」


一転して店内は喧騒の坩堝に飲まれた。

未だ固まったままの二人の周囲で外野があれやこれやと騒ぎ続ける。


呆然としていたジャスであったが1つ深く呼吸をすると口を開いた。


「あの、さ?」


ピタリ。

ジャスの小さな呟きで喧騒が嘘のようにやんだ。

皆が、ローラルダが言葉の続きを待った。

その異様なプレッシャーに冷や汗を流しながらジャスは続けた。


「それとシェロと何の関係が?」


上目遣いで様子を伺っていたローラルダが目に見えてガクっと肩を落とした。

同様に外野陣もハァと深いため息を漏らす。


(し、仕方ないだろぉ!)


寄せられる失望混じりの責められるような視線にジャスは内心で抗議の声を上げる。

確かにスパッと返答をしたほうが男らしかったかもしれない。

しかし、ローラルダからの申込みは余りにも唐突であるのも事実であり、ジャスを責めるのも筋違いというものであった。


ということにローラルダも思い当たり、フゥと軽く息を吐くことで気持ちを切り替え顔を上げた。


「勿論その通りじゃ。前に言うたが妾達古代竜は人と魔の諍いには関与出来ん。言い換えると人とも魔人とも敵対はせん」


サーナがちらっとルルエンティの方を見ると彼女は静かに頷き、その言葉を肯定した。


「しかしこれには例外がある。妾達に手を出した場合じゃ。その場合は人であろうが魔人であろうが容赦はせん。しかし、今回はシェロが先に手を出してしまっておる。残念ながら正当防衛とはならん」


「あ、だから結婚か。俺が身内ならシェロがしたことも正当防衛になる、と」


「その通りじゃ!!」


ビシィと音が出そうな勢いでジャスを指差す。

あまりの勢いに衝撃波が発生し、ジャスの頬が軽く切り裂かれた。

ジャスは冷や汗と一筋の血を流しながら「でもな」と反論する。


「それを言うなら義理とはいえパパと呼ばれてるんだ、それで十分じゃないのか?」


「妾もそれは言った。しかし納得はされんかった。よく考えたら当たり前じゃ。古代竜には番というものが存在せん。子は一人で産むからの。つまり両親という考えがない」


しかし!とまたも指差そうとするローラルダを慌てて止めながらジャスは続きを促した。

これ以上指差しをされると店内に大きな爪痕が残ってしまう。


「人間にはとても便利な儀式がある。そう、結婚じゃ。これをすることで妾達は正式に身内と認められる!夫のために夫の文化に寄り添う。妾は大層良い女であろう?そうじゃろう?」


そう言ってジャスの胸にしなだれかかりローラルダは赤くなった顔を隠す。

古代竜として数千年の時を生きてきたとはいえ、こと恋愛沙汰に関しては最近知ったばかりである。

「あーん」だけで恥ずかしくて身悶えするというのに、なんとプロポーズをしてしまった。

本当は破裂してしまいそうなほど恥ずかしいが、そんな事を言っている場合ではない。


「おぉ、そうじゃ。妾は側室を認める。汝らがジャスに求婚しても良いのじゃぞ?」


そう言って口元に手を当てると呆然としている女性陣に向かって意地悪く笑う。

その言葉に真っ先に反応し、髪の色に負けじと真っ赤になったサーナは酸素不足の魚のように口をパクパクと開閉していた。


「そ、側室!え、えぇ店長と・・・。え、いやいや。あ、えへへ」


「ほうほう、それは面白いかもしれない。ララも立候補してみよう」


「お、お姉ちゃん!?」


「じゃあボクもー」


「リ、リオン!?」


「あっはっはっは!コイツらアホだ!じゃあオレもだ!」


強引な方法かも知れない。

屁理屈かも知れないが、シェロを助ける道筋が見えたことによってテンションのおかしくなった者達による騒ぎはしばらく続いた。


少々ほとぼりが冷めた頃、ジャスはローラルダに正面に立った。


勿論、プロポーズの返答をするために。


真剣な表情のジャスに思わず身を固くして立ちすくんでしまうローラルダの肩にそっと手を置く。

その華奢な肩がびくりと跳ねる。


(こうやって見ると本当に普通の女の子だな。あぁいや、この美貌は普通じゃないな)


長い長い真っ直ぐな髪は薄い虹色をしているように見える。

見る角度によって金にも銀にも見える不思議な色。

見つめてくる瞳は髪の色を濃くしたような更に神秘的な色をしていた。

美術品でも作り出せないような美貌に華奢な身体。

その癖、女性の誰もが羨むようなプロポーション。


そんな女性が不安げに瞳を揺らしながらジャスを見上げていた。


「な、なんじゃ?ジロジロ見るでない!言いたいことがあるのならばーー」


「ローラルダ」


「は、はい!」


「これが答えだ」


「んぅ!?」


唇と唇が触れる。

ローラルダが硬直し、脱力していくのがよくわかった。

触れる前髪がくすぐったかった。

睫毛がとても長く、花のような良い香りがした。

何より、唇が柔らかかった。


周りからの歓声は聞こえない。

ピッタリ10秒。

二人の時間は終わって、また見つめ合う。


そこからまたピッタリ10秒。


「ローラルダ。結婚してくれ」


「ひゃい」


舌ったらずに返答するローラルダ。

彼女の瞳にはジャスが。

ジャスの瞳にはローラルダが映っていた。


王都セドラルの端の方にある何でも屋。

そこに今、世界最強の夫婦が誕生した。



その片隅で看板娘が崩れ落ちた。





◇ ◇ ◇





世界の歴史は争いの繰り返しである。


この世界「ティルムンド」では人類と魔族が長らく争い続けている。

そしてこの話は何代目かの魔王を何代目かの勇者であるリオンが討伐してから3年とちょっと。

その何代目かの魔王を討伐した一行は、勇者、賢者、大神官、剣聖の4名だった。


当然の話ではあるがたったの4名で魔王軍全てを討伐できるはずもなく、多くの者の協力があってこそ、それは成し遂げられた。


勇者達、英雄一行に協力した者は何万人といる。


その中でも幾度となく勇者を助け、導いた一人の男がいた。

ある時は共に戦い、ある時はダンジョンの鍵の在処を探し当て、ある時は魔人を一人で討伐した男。


歴史の表舞台には出てこない彼の名前は「ジャス」といった。



しかし、今、王都セドラルでこの名を知らぬ者は居ない。






「店長〜!また伯爵様から夕食のお誘いの手紙が来てますよ〜」


王都セドラルの北東の外れ。

そこに店を構える何でも屋。

その店内のカウンターで深く腰掛けたジャスは面倒そうに看板娘のサーナの方に視線を向ける。


「あ〜パス。サーナちゃん悪いんだけど断りの返事書いておいて」


「だ・め・で・す!断るならちゃんと自分で断って下さい」


はい、とカウンターに上質な紙で出来た便箋が置かれる。

まだ封が切られていない、それの中身を何故サーナが知っているかというと。


「これで何件目だよ・・・。こうなるから目立つのは嫌だったんだ」


よくこんなの捌いてるなぁとフワフワした雰囲気の青髪の勇者を想う。

今度立ち回り方を教えてもらおうと考えながら封を切る。


「パパぁ!遊びに来たよー!!」


突如、中庭の扉が開かれたかと想うと弾丸のような勢いで長い髪をリボンで結った幼女が背中に飛びついてきた。


「シェロは今日も元気だなぁ」


「おかげさまですよ!」


「そんな返しどこで覚えてきたんだ」


背中に張り付く軽すぎる体重を感じながらジャスは微笑む。

その姿をサーナが満面の笑みで眺めてくるのがこそばゆい。


結局、ローラルダの読みどおりシェロは無罪放免となった。

屁理屈とも思われた婚姻関係だが、ローラルダがそこまで思い切った行動に出たこと、シェロがヴァルディマに対してしか手を出していないことから他の神々から許しが出たらしい。


ただ、良くない知らせもあった。


無の神ノエルメントことローラルダをそこまで動かした人間に興味を示した神が複数いるらしい。

そのうちチョッカイをかけてくるかもしれないとのこと。


(ホント大人しくしてよう。これ以上は勘弁してください)


ジャスの頭ごしにキャッキャと楽しげに会話を始めたシェロとサーナを他所にジャスはひっそりと神に祈った。



遠くない未来、その神が原因となってひと騒動起こることをまだジャスは知らない。



「はろはろ」


「こんにちは。お元気そうね」


「お、やっぱり姫様ここに居たか」


開かれたままの中庭の扉から絶世の美女姉妹と美丈夫が姿を表した。

と、同時に今度は表の玄関が開かれて太陽のような笑顔をした青年が元気よく入店してきた。


「こんにちはー!ジャスさん元気ぃ?」


「お邪魔するわね。ってネボスケ団子もいるじゃない」


リオンとは対照的な表情でチェルロッテは店内のララミーナを見やる。

その視線を真っ向から受け止めてララミーナはフフンと鼻を鳴らす。


「誰かと思えば。貴女はもう少し、日の光を浴びた方がいい」


「誰が発育不良よ!!」


ギャイギャイと言い争いを始めた二人を横目にダリウスがリオンに近寄り耳打ちをする。


「アイツら絶対仲良いよな」


「だねぇ。口ではああ言ってるけど本当はララさんの事を尊敬してるみたいだよ」


そんな急に騒がしくなった店内をこっそりと覗き込む瞳があった。

中庭から吹き込む穏やかな風によって、さらさらと流れる髪が陽光により輝いている。

そんな神々しい状態でもローラルダ本人はこっそりと覗いているつもりでいた。


「お母さん何してるの?」


「わひゃ!」


いつの間にやらジャスの背中から離れていたシェロが挙動不審な母親に声をかける。

変な声を出してしまったローラルダは、ん!んん!と咳払いをすると胸を張って扉をくぐってきた。


「ジ、ジャスよ!息災そうで何よりじゃ!」


「昨日も会ったよな」


「そ、そうであったな。うむうむ」


一人納得したようにカクカクと首を振る。

既にその美貌は真っ赤に染まっているのだが、それを見てジャスが大人しくしているわけがなかった。


「ローラ」


急に愛称で呼ばれてビクリと跳ねる。


「な、なんじゃ?」


そこでジャスは急に真剣な顔をしてローラルダを見つめた。

それを傍から見ていたサーナが呆れたようにため息を吐く。

いつも被害にあっている彼女にはよくわかるのだ。

ジャスのあの顔は悪戯をする前の顔だということを。


身構えたローラルダにジャスはたっぷりためて一言。



「今日も綺麗だな」


「!?」



一気にローラルダの体温が跳ね上がる。



「お母さん真っ赤ー!!」



「み、見るな!見るなぁあ!!」



ローラルダの悲鳴が響き渡る何でも屋は今日も平常運転だった。





王都セドラルの北東の外れ。

王都の中では比較的静かな区域にその店はある。


薬草採取に探し猫。

魔人の討伐から交通量調査。


小さなことからドラゴンのことまでお受けします。


これはそんな何でも屋の男の物語。



「今後とも、何でも屋をご贔屓に」


今までお付き合い頂きありがとうございました。

一応コレにて完結となった何でも屋のお話ですが、書ききれていない設定や物語はまだあったりします。

一旦ここで終わりますが、続きを書く予定ですので気長に待って頂けると幸いです。


もしよろしければ評価や感想など頂けると嬉しいです。


最後にもう一度。

ここまで読んで頂いてありがとうございました!

また、何でも屋の続き、もしくは次回作で会いましょう!


ではでは。

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