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第70話 魔法で物理的に飛ばすな


魔王復活阻止のための大規模な魔人殲滅作戦及び、王都セドラルが魔人ヴァルディマに急襲されてから1ヶ月が経過した。


魔人の拠点は4箇所とも無事に制圧することが出来、魔王が復活する危険性は取り除かれた。

討伐隊はどの部隊も終始有利に事をすすめることが出来たらしく、大きな被害はどの隊にも出ていない。

いくら人間と比べて個々が強い魔人といえども、更に強い個である英雄達や、統率の取れた部隊が相手では多勢に無勢だったようだ。

この結果は事前に戦力の準備を整えられた事が大きな要因であり、ヴァルディマからの情報のリークが結果的に殲滅隊の多くの命を救ったことになる。


その情報をもたらした何でも屋の名前はまたたく間に各国の重鎮の間に広がった。


また、セドール王国の王都セドラルを建国以来500年余り護ってきた大結界が破壊され、魔王軍の元幹部である上位魔人が攻めてきたという衝撃的なニュースに人々は自分の耳を疑った。

3年前に滅んだ魔王軍、更にその先代、更に更に前の魔王軍でさえセドラルに攻め込めたという記録はない。

有事の際は人類の最終拠点になるとさえ言われていたセドラルの結界が破られたという話に皆、大きな不安を覚えた。


しかし、この話にはセットとなる話がある。


世界中の人々は、話相手がこのセドラルの事件を知らなかった場合、まず結界が破壊され、世にも恐ろしい力を持った魔人が攻めてきたという話をする。

そして散々相手を不安にさせた後、もう1つの話をするのが定番となっていた。


勇者が留守のセドラル。

騎士団も倒され、絶体絶命となった王都を一人の男が救った。

たった一人で上位の魔人と戦い、ついにはその魔人を撃退。

満身創痍になりながら人々を救ったその男の名前はーーーー。






「ジャスさーん!!」


店を破壊しそうな勢いで青髪の小柄な青年が玄関の扉を開いた。

ニコニコと嬉しそうにしているリオンと、全く逆の表情をした桃色のボリュームたっぷりの髪をしたチェルロッテの二人組が何でも屋に入店する。


「あ、二人ともいらっしゃいー」


中庭に居たサーナが扉の音に気付き店の玄関とは反対の扉から二人を出迎える。

二人を席に案内すると今度は店の奥へとパタパタと姿を消していった。

いつものように紅茶を淹れてくれると察したチェルロッテは店の奥に向かって礼を述べる。

小さく聞こえてきた、どういたしまして〜という返答にフっと一瞬表情を崩したチェルロッテは打って変わって鋭い視線でカウンターの方へ向き直った。


「で、貴方は何してるの?」


視線の先、カウンターに突っ伏す黒髪の後頭部に尋ねる。

その黒い塊はもぞもぞと少し動いたかと思ったら「後五分」とくぐもった声を返してきた。

その返答にピクリと眉を動かしたチェルロッテは何処から取り出したのか魔導書を手に無言でカウンターに近付き、そして後頭部の上でその魔導書を角から落ちるように手放す。


ゴツリという鈍い音と「うわ痛そ」という声と「ああああ!?」という悲鳴が先程まで静かだった店内に響き渡った。

そして魔導書を落とした当の本人であるチェルロッテは焦りながら、後頭部を抑えてカウンターに突っ伏すジャスに心配そうに声をかける。


「え、ちょっと?大丈夫?」


「いやチェル・・・君が自分でやったんじゃないか」


引き気味に言うリオンにオロオロとしながら小柄な賢者は弁明する。


「だ、だって!いつもならこれくらい避けるか防ぐかするじゃない!それでいつもの性悪な顔して笑うってのがコイツのパターンでしょ!」


「う、う〜ん、確かに・・・」


「でしょ!」


我が意を得たりと小さな胸を張るチェルロッテ。

ちなみに理論でいくと自分からちょっかいを出して、彼女の言う「性悪な顔」を引き出していることになるのだが、それに気付く者は本人を含めて誰もいなかった。


「で、本当にどうしたのよ?」


伏したまま唸り続けるジャスの後頭部をつつきながら尋ねる。


「昨日1ヶ月ぶりに目を覚ましてからずっとその調子なんですよ」


ふわっと花のような香りを漂わせながらサーナが苦笑する。

そして「どうぞ」と紅茶を自分のものを含めて3つテーブルの上に並べた。

リオンとチェルロッテの二人からの感謝の言葉に笑顔を返すと振り返る。


「店長は何処で飲みます?」


「ありがとう、ここでいいよ」


カチャリとカップが置かれてようやくジャスは顔を上げた。

その彼の表情を見てチェルロッテは顔を引き攣らせる。


「貴方、なんて顔してるのよ。まるで死人よ」


「確かにちょっと前まで死にかけてたもんね。でもどうしたのさ?そこまで酷い顔して」


リオンもチェルロッテの言葉に同意して疑問を口にする。

それくらいジャスはやつれた顔をしていた。

虚ろな目で虚空を見つめながら紅茶を口にするジャスの目元には濃いクマが浮かんでいた。

当然、少し前まで生死の境を彷徨っていたので仕方がないのではあるが、彼がここまでやつれた原因は目を覚ましてからにあった。


「シェロちゃんのことで悩んでるんですよね?」


サーナの言葉に「はぁぁ」と大きな重い息を吐きながらジャスは頷く。


「そうなんだよ。正直なんにも良い手が浮かばない。とはいえ長い間寝てたから本当は今すぐにでも動きたいんだけどね。あぁ、そうだ、そういえばリオン。お前が王城からここに運んでくれたんだってな?助かった」


「いえいえ、ジャスさんが目が覚めた時に王城じゃ落ち着かないと思ってね。傷はキルトが治してくれてたから具合が悪くなる心配もなかったし。それよりさ、シェロちゃんのことって?何かあったの?」


心配そうに聞いてくる勇者の横で賢者も同じような表情でジャスの方を見ている。

ジャスを父と慕うシェロのことを二人は親戚の子のように親しい存在として認識しており、その子に何かあったと聞けば心配そうにするのも必然であった。


「そうか、二人は知らないよな。というよりサーナちゃんも詳しくは知らないか」


その呟きに三人が頷くのを見るとジャスは椅子の背もたれに体重をかけ、ヴァルディとの戦闘の経緯を詳しく語りだす。

その際に神の一族であるシェロがジャスを助けるために魔人ヴァルディマに手を出したこと、それによりシェロが罰を受けることを。



全てを語り終えた後、沈黙が店内を支配した。

そしてその沈黙を真っ先に破ったのはチェルロッテだった。


「そんなの、おかしいじゃない!!」


バン!とテーブルに手を打ち付けるとそのまま立ち上がり、カウンターの前に立つとジャスの胸ぐらを掴んだ。


「知人を!しかもパパと慕うほど親しい人を!助けることがなんで罪になるわけ!?悪いのは魔人でしょ!?あの子には何の落ち度もないじゃない!それなのにこの世界から追放される?意味がわからないわよ!」


一気にまくし立てると更にジャスを引き寄せ、顔がぶつかりそうなほど至近距離からチェルロッテは続けた。


「意味がわからないのは貴方もよ!何をここでウダウダしてるのよ!心配じゃないの!?策を考えるのも大事かもしれないけど今は何よりも会いに行くことが一番でしょ!」


肩で息をしながら濃い桃色の瞳がジャスを睨みつけていた。

その瞳にはうっすらと光るものが見え、本気でシェロを心配していることがジャスには痛いほどよく伝わってきた。

勿論、ジャスのことも。


「私も、チェルちゃんと同じ意見です」


そっと歩み寄ってきてサーナが微笑んで続ける。


「店長はいつもぐーたらしてます。出来るのにやらないなんて日常茶飯事です。でも大事なことは違います。今回の魔人を倒したのだってそうです。誰よりも早く駆けつけて、誰よりも深く傷ついて。でも絶対にやり遂げます。そんなカッコいい店長は何処にいるんでしょうか?」


微笑むサーナから責めるような雰囲気はまるでない。

完全にジャスのことを信頼しきっている。

急に恥ずかしくなってきたジャスは二人から視線を外すとテーブルで紅茶を飲んでいたリオンと目があった。

彼はヘラっといつもの気の抜けたような笑顔になると、


「ボクが何か言わなくても二人の言葉で火が着いたみたいだね。死の淵から戻ってきたばかりなのにジャスさんも大変だ」


と紅茶を飲み干した。


「そう、だな。ちょっと年甲斐もなく情けない姿を見せてしまったな。三人ともありがとな」


ジャスは礼を述べると胸ぐらを掴んだままのチェルロッテと横に立っていたサーナの頭を軽く撫でる。

そして二人は同様に赤くなり、


「頭撫でるな!このバカ!」


「いえいえ、どういたしまして」


全く反対の反応を返した。

それを満足そうに見て立ち上がるとジャスは腕を組んで中庭につながる扉を睨む。


「とはいえ、竜の巣への転送ゲートは無くなってるんだよな。どうしたもんか」


「え?無くなってるの?」


ジャスの呟きにチェルロッテが反応を返す。


「そうなの。気が付いたら無くなってて。多分、店長が魔人を倒した直後からだと思うんだけど」


サーナが異変に気付いたのはジャスが気を失っている間、中庭の花壇の世話をしていた時だ。

最近では見慣れてしまった中庭の片隅にあったはずの時空を繋げるゲートが忽然と姿を消していた。

恐る恐る近付いてみても、サーナがその場から姿を消すことはなかった。


「普通に馬を使っても5日はかかるしな」


「ボクなら無理したら半日で行けるよ!」


「化物と一緒にするな。俺には無理だ」


「酷いよ!じゃあ近くの村に転移するのは?前はそうやって行ったんでしょ?」


前というのはジャスが初めて龍の巣に顔を出すことになった時の話だ。

あの時は最寄りの村まで転移で飛んで、それから徒歩で龍の巣へと向かった。

随分昔のことのように感じるが、まだ半年と少ししか経っていないことにジャスは思わず口元が緩んだ。


「どうもララミーナ辺りに記録石を壊されたみたいだな。反応がない」


転移の目印となる記録石の反応がなければそこに飛ぶことは出来ない。

あんなジャスにしかわからないような石を見つけて取り除けるのはララミーナぐらいなものだ。


「仕方ないわね。じゃあ私が魔法で飛ばしてあげるわよ」


「なに!?チェル嬢いつの間に転移魔法が使えるようになったんだ!?」


驚愕するジャスにふふんと胸を張りチェルロッテは首を振った。


「転移なんて使えないわよ。だから私が「飛ばして」あげるの。魔法で」


「すっごく嫌な予感がするんだが、その魔法って何?」


「まぁ爆破魔法が無難よね。筒状の物に貴方を押し込んで私が魔法を撃つのよ」


「全く無難じゃないからな!というか魔法で物理的に飛ばすな!」


「じ、冗談よ」


ぷいと横を向くチェルロッテを見てジャスは冷や汗を流した。

この反応からすると半分、いや7割は本気だったかもしれない。


「俺は一般人だぞ?お前らみたいに異常な耐久力はない!」


「店長が一般人・・・」


ぼそっと呟いたサーナの言葉をちょっと寂しく思いながらジャスは聞こえていないフリをした。


「となるとやっぱり地道に行くしかないんじゃないかな」


リオンが提案したその瞬間。



『必要ない』



突如抑揚のない声が聞こえたかと思うと中庭への扉が開かれ、そこにはこの世ならざる美しい姿をしたシェロ以外の4人の古代竜の姿があった。


残り2話となります。

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