第7話 心狭いよ
一難去ってまた一難。
ジャスが師匠から教えてもらったありがたい言葉である。
見事にこの世の本質を捉えたものであると彼はいつもそう思う。
良いことはあまり続かないくせに、悪いことが起こるとそれは連続で立て続けに襲ってくる。
それはもう容赦なしに。
そう、今みたいに。
「ジャス、汝とは絶交じゃ」
ぷくぅと頬を膨らませそっぽを向くローラルダ。
友情が成立したのが先程の手合わせの後からだと仮定すると、友達期間はたったの30分間である。
ちなみに半分以上の時間、ジャスは気絶していたので実質15分ほどの友情であった。
そんな見目麗しい外見から程遠いローラルダの仕草に可愛い声で非難が飛ぶ。
「お母さん、心狭いよ」
ジャスの膝の上に座っている人間でいうところの6、7歳くらいの小さな幼女がじとーっと母親を睨んでいた。
その冷たい湿り気を帯びた視線に「うぅ」とたじろぎながら泣きそうな顔でジャスに助けを求める女王。
威厳も何もあったものではない。
ふぅ、と嘆息し、こほんと1つ咳払いをするとジャスは諭すように優しく叱る。
「こら、お母さんに意地悪言っちゃダメだろ?」
「は~い、パパごめんなさい。お母さんもごめんね」
膝の上でぺこりと素直に幼女は頭を下げた。
その姿にローラルダは「うぅぅぅ!」とお母さんと呼ばれたことに悶えつつ、我が子の仕草の可愛さに悶えつつ、何故自分ではなくジャスの膝の上なのかということに怒りつつ、何よりジャスをパパと呼ぶことに怒るという複雑な心情で目の前の人間を睨み付けていた。
(刷り込みってドラゴンでも起こるのか・・・)
百面相をしながら射殺すような視線を向けてくる女王から顔を背け、ジャスは現実逃避をするように物思いに耽る。
鳥類の中には孵化した直後に見た動物を親と思い込む現象があり、その現象を刷り込みと呼ばれている。
ほとんどの場合、その対象は母親になるのだが、稀に母親以外が対象となることもあり、まさに今回がその「稀」に当てはまるわけだが。
「わ、我が子よ?其方が言うように母は妾じゃ。それはわかるな?」
遠い目で現実逃避をするジャスを置いて、母は我が子の説得をしていた。
諭すように、優しく現状確認を行っている。
「わかるよ。お母さんはあたしを産んでくれたお母さん」
素直に元気よく手をあげて返答する幼女。
その眩しい笑顔に「ぐぅ可愛すぎる」と呻く声がするが、視線を外しているためジャスにはその表情はわからない。
というより出来るだけ関わりたくない、と思っている。
今までの人生からこういう時に意見を挟むと確実に良くないことになる。
(沈黙こそが正解。うん、間違いない)
「その通りじゃ!ではジャスはなんじゃ?其方を産んだわけでも血が繋がっているわけでもないぞ?」
四つん這いで我が子ににじり寄りながら問いかける。
ジャスは現在、地べたに胡座をかいており、その上に幼女が座っている。
東屋の椅子は先程の衝撃でバラバラとなっており使えるような状況ではなかった。
幼女の姿をした子竜は「うーん」と首をかしげると、にこっと満面の笑みを浮かべて、
「パパはパパ!」
「ぐぅぅ、やはり可愛いっ」
堪らず胸を押さえて俯く母親。
完全に親バカである。
とはいえ、それも仕方がない話だった。
古代竜というのは長い寿命の中で子供を産むことは1度か2度しかない。
ちなみに、古代竜には厳密に言うと雌雄に大きな差がなく、どの個体でも卵を産むことが出来る。
また、子をなすために伴侶が必要なく、自分の体内で溜まった魔力や生命力が集まり卵となる。
いわば子供というより正確には自分の分身体を産むと言った方が正しい。
数千年の内に一人か二人しか出来ない文字通り分身のような我が子。
古代竜が親バカなのはそういった背景があるからなのであった。
「こうなったらやむを得まい」
女王は俯いていた顔をガバっと上げるとジャスの頭を両手で掴み、自分の方に向けた。
ゴキっと首が鳴る音がした。
「良いか、ジャス。汝は今日からこの子のパパじゃ」
「・・・は?」
頭が言葉の意味を理解出来ずに呆けたように口を開いて固まる。
脳が理解を拒んでいるジャスに、ゆっくりと自分も納得させようとしているのかローラルダは同じ言葉を口にする。
「汝は、今日から、この子の、パパになるのじゃ!!」
「え!ちょっ!ローラルダ様はそれでいいんですか!?」
てっきり膝の上の子竜を説得してくれると思っていたジャスは女王の想定外の言葉に焦って聞き返す。
その瞬間、頭を掴んでいる両手に力がこもり、みしり、と嫌な音が聞こえた気がした。
「良いと、思うのか?」
視線だけで寿命が縮んだ気がした。
(目が怖い!今度こそ殺される!)
「ダメなの?」
母親の言葉にうるうると目に涙をため、上目遣いでジャスの頭を両手で鷲掴みにしているローラルダを見上げる。
「全っ然ダメじゃない!」
と大きく首を振り即答する母親。
「ええ!?」
と叫ぶ父親候補。
「パパはあたしのパパになるのいや?」
と泣きそうになる幼女。
「え?嫌というか、そもそも・・・ひぃぃい!」
今にも泣きそうになっている幼女の方に視線を落としていたジャスだったが、猛烈な悪寒を感じて顔をあげると悪魔と目があい短い悲鳴を上げてしまう。
いや、悪魔に失礼なほど怖いナニカと目があったと訂正しよう。
殺されるだけならまだマシかもしれない。
この娘に否定的な言葉を発しようものなら、きっと後悔することになる。
むしろ後悔出来る状態でいられるかもわからない。
そう思ったジャスはもうすべてを諦めた。
「全然、イヤじゃないよ~あっはっは」
「やったー!パパ大好きー!」
ジャスのやけくその返答に満面の笑顔で首に両腕を回し抱きつく子竜。
ローラルダは半泣きになりながら、この世の全てを破壊し尽くしそうな目でその光景を睨んでいた。
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