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第66話 サーナちゃん


ーー赤。


ジャスとサーナが初めて会ったのは王都近くの緩やかな山道だった。

何でも屋としての依頼を終えた後の復路。

なんとなく徒歩でゆっくりと山道を歩いていたジャスは魔物に襲われている馬車を見つけた。

小型のその馬車は王都の周辺の町を行き来する輸送馬車で、見たところ御者を含めても数人しか乗っていないようだった。

少人数のところを運悪く襲われたのだろう。

辺りから血の臭いがしないことから、まだ魔物に見つかったばかりで犠牲者は出ていないようであった。

見過ごす理由もないのでジャスは音もなく馬車へと近づき、またたく間に狼の魔物10匹を退治した。

後にサーナに、あまりにも一瞬の出来事で何が起きたのかわからなかったと聞いた。

赤い鮮血が舞う中、黒髪に黒い外套の何でも屋と赤髪の少女は出会った。



ーー赤。


王都に戻って10日。

帰りの馬車で自分の家と何でも屋が近いと知ったサーナは半ば強引に店へと来ていた。

眠い目をこすりながらノックされる店のドアを開けることでジャスの一日が始まるようになった。

正直に言うと面倒だった。

自堕落に過ごしたいというのに小煩く身の回りの世話を始める少女。

動きに合わせて跳ねる赤髪やルビーのような紅い瞳が印象的な赤い少女。

こんな所に来ないで美少女な君は甘酸っぱい青春をしてきたら良いよ。

そんな事を思いながらすぐに飽きるだろうと適当に過ごした。



ーー赤。


それから一ヶ月。

なるほど。

確かに朝早く起きて過ごすのも悪くはないかもしれない。

ジャスは店に通ってくるサーナの規則正しい生活に影響を受けてきているのを自覚していた。

まだまだしっかりして下さい、と怒られる毎日だがまぁそれも悪くない。

この頃から彼女は店員になった。



ーー赤く。


それからしばらく経ち。

何でも屋には人外のような者や文字通り人外、行き着く先には神まで来るようになった。

それでもサーナは誰よりも何でも屋に顔を出した。

普通の人間なのに英雄や竜や神と交じっても中心に居た。

笑顔で。



ーー赤く染まっていく。




「サーナぁぁぁああ!!!サーナちゃん!!!」


腹に穴が開いていることも忘れてジャスは呆然と立ち尽くすサーナを抱きしめる。

その身体は今にも消え去ってしまいそうなほど弱々しく、華奢だった。

背中に回した手から嫌に暖かい液体の感触が伝わってくる。


「あ、あれ?私もしかして今、ケホッ!店長に抱きしめられて、ます・・・?」


普段通りの口調で弱々しく呟く。

言葉よりも多量の血が口から溢れ、ジャスの胸を赤く染める。

その熱いと錯覚するような胸元の暖かさが急速に冷えていく。


「しゃべっちゃダメだ!大丈夫、大丈夫だから!」


大丈夫なわけがない。

そんなことは目の前で先程の様子を見せつけられたジャスが一番よく分かっている。

ヴァルディマの手はサーナの胴の真ん中を後ろから貫通しており、腹部を貫かれたジャスに比べても絶望的な状況なのは明らかだった。

それでも、ジャスは残り僅かな魔力を振り絞って回復魔法を血まみれの少女に施そうと集中する。

それでこの致命傷が治るはずがない。

もう手遅れだ。

頭の中でそんな正論を語る自分自身に怒鳴りつけたい思いを飲み込むジャスの頬を

そっとか細い手が撫でた。


「て、店長。回復はしなくて、良いです。自分のために、使って下さい」


胸元からのくぐもった声。

ジャスはそっと視線を下げるとサーナがいつもの笑顔で見上げていた。

口元を真っ赤に染めて。


「何を!何を言ってるんだ!?俺の魔法じゃ大した効果がないかもしれないけど、しないよりは!」


ジャスの言葉に小さく首を振る。

弱々しいがしっかりとその申し出を断った。


「でも、すごいですね。ここまで大きな怪我、だとあまり、痛いとかないんですね・・・。い、いやあ、びっくり」


あはは、と小さく空気が漏れるように笑いながらサーナはジャスの胸に顔をうずめた。

横を通る時に少し意識してしまう、そんなジャスの匂いはそこにはなく、鼻につくのは、お互いの血の匂いに衣服の焦げた匂い。

そんなロマンスとは程遠い今の状況に、逆に笑ってしまう。

一方でジャスは言葉を失い、サーナを抱く腕に力を込める。


「店長の、そ、そんな顔、初めて見ました。こんなに強く、抱かれるのも初め、て。いやぁ・・・何で今なん、だろ?・・・勿体ないなぁ」


「サーナちゃん・・・」


本当はすぐにでも地面に寝かせてあげるべきだろう。

そう思っているのだが、ジャスにはそれが出来なかった。

今彼女を横たえると、そのまま二度と起き上がらないのではないかという不安からずっと抱きしめ続けていた。


「だ、大丈夫です。私は大丈夫。だか、ら、早く魔人を、や、やっつけちゃって、ください」


グっと弱々しく拳を握るとサーナは殴るような仕草をしようとする。

その震える拳はトンとジャスの胸を叩いた。


「・・・そうだ、そうだ!キルトだ!アイツなら大神官のアイツなら治せるかもしれない!」


ジャスの脳裏に英雄の一人の大神官の姿が浮かんだ。

彼の奇跡とも呼べる回復魔法は死者を蘇らせる以外なら何でも出来るのではないかとさえ言われていた。

条件さえ揃えば四肢の欠損を治すことも可能であると。


「そうと決まれば行くよ!サーナちゃーー」


「はい、ストップ」


突如すぐ側で恐ろしく冷たい声が聞こえた、そう認識した瞬間にジャスは顔に強い衝撃を受けて吹き飛ばされた。

ヴァルディマに殴り飛ばされたと認識出来たのは、自らの流血により先程生まれた血溜まりに倒れ伏したときだった。

びしゃりと音を立てて赤く染まったジャスを見下ろし、ヴァルディマはサーナの肩を抱いた。


「顔を殴ってすまないねジャス君。でも君が悪いんだよ?せっかく感動的なシーンだというのにそれに水を差しちゃあイケナイ。お嬢さんも可哀想にね。最期は愛する者の腕の中が良かっただろうに」


サーナの肩に手を回したままヴァルディマは大袈裟に天を仰いだ。

その様子を血溜まりから身を起こしながらジャスは睨みつけた。


「その手を・・・離せ・・・」


「忘れているみたいだから教えてあげるけど、君がこの街から出ていったら住民は皆殺しにされちゃうんだよ?まったく、おちょこちょいだねぇジャス君も。優しいワタシに感謝してほしいものだ」


「離せ・・・」


「と言っても君も既に限界のようだし、遅かれ早かれここは滅びてしまうがね。このお嬢さんは一足先に旅立つだけさ。悲しむ必要はないじゃあないか」


「離せと言っているんだっ!!」


「五月蝿いよ」


勢いよく起き上がり、そのまま殴りかかってきたジャスの足を素早く払う。

体勢を崩したジャスの腹部に空を切るような勢いで踵を落としてそのまま地面に仰向けに踏みつける。


「ガハッ!」


ヴァルディマの足をジャスの吐いた血が赤く染める。

それに対して不快な顔をするどころか、愉悦に顔を歪めながらヴァルディマは口を開いた。


「いやいやいや、良いね良いねぇ!その絶望に歪んだ顔!苦悶に満ちた顔!そして自分自身に失望した顔!素晴らしいね!!それでこそ苦労した甲斐があったってものじゃあないか!!」


体重を更に載せ、腹部の傷口を踵で踏みにじる。

辺りにジャスの絶叫が響いた。

その声にヴァルディマは更に笑みを深めて体重をかけようとするが、それをか細い声が止めた。


「も、うやめて」


震える手で懸命に魔人の袖を引くただの人間の少女。

一瞬邪魔をされたことに表情を歪めたヴァルディマであったが、すぐに笑顔に戻るとジャスから足をどけた。


「あぁこれはこれは失礼。余りにも楽しすぎてお嬢さんのことを忘れていたよ。見たところお嬢さんもそろそろ限界のようだ。最期に何か言い残すことはあるかね?」


嘘くさい優しげな声音で尋ねるヴァルディマに向かってサーナは力なく口を開く。


「・・・ごに・・・のは・・・す・・・」


虚ろな目でヴァルディマを見上げるサーナの口から発せられたのは空気が漏れ出すような、言葉としては余りにも不明瞭な音だった。

ヴァルディマはクックッと小さく声を出して笑うと、その異常に高い長身を膝を折ることでサーナに合わせる。


「そんな小さな声ではジャス君はおろか、ワタシにも聞こえないよ?まぁその怪我だから仕方がないか。くっくっ、優しいワタシがジャス君にちゃんと伝えてあげようじゃあないか」


そう言って無防備にサーナに顔を寄せて言葉を待つ。

その耳に届いたのは。



「最後に勝つのは店長です」



先程までの不明瞭なものではなくハッキリとした、凛とした、少女の声。

それと同時にドスッという何かが刺さるような音。



「が、ぐっ!!な、何が!?」


途端に猛烈な痛みを感じ、サーナを振り払ってヴァルディマは後方へ跳ぶ。

その胸には深々とジャスの短刀が刺さっていた。

少女が胸を貫かれても手放さなかった2本の内の1本が。


「凄い切れ味。完全に油断してたとはいえ私でも魔人にダメージを与えられるなんて」


夥しい血を胸から流し真っ青になりながら、それとは不釣り合いなキョトンとした表情で自分の手を見つめるサーナ。


「さ、サーナちゃん?」


地面に横たわりながら見上げるジャスにサーナはニコリと笑いかける。

既に生気が殆ど感じられないのに穏やかな笑顔にジャスは一瞬たじろいでしまう。


「ごめんなさい。ちょっともう限界みたいです。実はですね、店長、私ーー」


「ゆ、許さんぞ小娘!!八つ裂きにしてくれる!!」


ジャスから一瞬遅れて我に返ったヴァルディマは自らの身に起こった事、また、それをただの人間の少女にしてやられたということ、それに気が付いた時、今まで経験したことがない強い怒りが彼の全身を支配した。

そしてその感情のままに真っ赤に染まった少女を引き裂こうとした、まさにその瞬間、確かに見た。



ジャスに何かを呟いた少女が悪戯を成功させたかのような笑顔になったことを。



それを聞いたジャスが驚愕に顔を歪めたことを。



そして、命を刈り取る自らの手が届く瞬間、少女が霧のように消滅してしまったことを。



「なんだと!?」


空を切り裂く形になってしまったヴァルディマは先程まで少女が居た空間を振り返る。

ジャスにも、勿論人間の少女にも魔法を使った形跡はなかった。


それなのに少女は消え失せた。

上げた拳の振り下ろし先を失ったヴァルディマの耳に笑い声が聞こえてきた。


「何がおかしいんだ?ジャス君」


「あっはっはっは、いて、いててて。いやコレは笑うだろ。俺もお前も完全に騙されたな」


腹を押さえながら立ち上がるジャスは、傷が痛むのにも関わらず笑うのをやめなかった。

いや、やめられなかった。

こんなに見事に騙されたのは初めてかもしれない。


サーナが消える寸前に言った言葉。

それは。




『私、双子の指輪の偽物なんです』





<双子の指輪>



装備している間、自分の分身体を作り出す指輪。

分身体の精度は途轍もなく高く、気配、体温、匂いまでも同一のものとなる。

ただし、魔法が一切使えなくなる。


シェロが古代竜の宝物庫から持ち出した、宝具の1つ。


物語も大詰めです。

もうしばしお付き合い下さい。


ちなみに蛇足かもしれませんが、双子の指輪は第41話に登場したものです。

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