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第64話 火傷に注意しろよ


意識なく横たわる赤髪の少女の姿に血が一気に頭に上るのをジャスは感じた。

視界が赤く染まったような錯覚を覚える。

無意識の内にサーナに向かって駆けだそうとしたジャスに冷たい声が制止をかけた。


「はいストップ。ワタシの許可なしにその娘に近付いたら穴が開いちゃうよ?勿論その娘さんにね」


柔和な、この場にそぐわない表情でヴァルディマは優しく諭すように声をかけた。

今までのことを考えるとそれは本当のことであろう。

そう判断したジャスは視線を微笑む魔人へと戻す。


「彼女に大きな動きがあれば作動するトラップか・・・。貴族のヴァルディマ様が人質とはな。堕ちたものだ」


「早合点は良くないね。さっきは目の前で奪うと言ったが本当の所はこのお嬢さんは人質ではなくて観客だ。ワタシと君の殺し合いのね。あ、ちなみに君が負けた場合は君の目の前で娘さんを殺すから頑張らないとダメだよ」


「悪趣味な」


「お褒め頂きどうも。と言ってもどうせ君は逃げないんだろ?それなら彼女が居ても居なくても一緒じゃあないか」


「だから悪趣味だと言ってるんだ」


元よりジャスはこの場から逃げる気はない。

それはヴァルディマも承知の上だろう。

つまりこの場にサーナを呼んだのは作戦上のことではなく、ただの趣味ということになる。


あくまでヴァルディマがサーナを人質に取らないのであれば、だが。


他に考えられるとしたらジャスの目の前でサーナを殺して動揺を誘うといったところだが、ジャスはそれを脳内で否定する。

ヴァルディマの今までの言動から、それをするのはを勝利を確信した後、ジャスをそれ以上に追い込む時だろう。


「それよりもどうやってサーナちゃんを攫った?彼女が王都の外に出たとも思えない。一体何をした?」


サーナは過去に家族旅行中に魔物に襲われて命を落としかけたことがあり、それ以来彼女が一人で王都の外に出たことはない。

夏の連休で旅行に出たときもしっかりとした護衛が付いたツアーを利用していたくらいである。


「なんだそんなことかね?大したことはしてないよ。堂々と王都にお邪魔して堂々と誘拐させてもらった次第さ。あぁ、誘拐を堂々としてはイケナイね」


自分の言葉に更に笑顔になるヴァルディマ。

しかしその長剣は油断なく構えられたまま。


「王都には結界があった。お前程の魔人が気付かれずに侵入することは出来なかったはずだ」


今は破壊されてしまったが、王都の結界は外敵の侵入を防止する他に、侵入をしようとした時点で警報が鳴る仕組みになっていた。

実際に年に数度、群れからはぐれた魔物などが誤って結界に触れて警報が鳴ることがある。

しかし、ここ数ヶ月で結界が鳴った記憶はジャスにはなかった。


「おいおい、正気かねジャス君?」


ヴァルディマは大袈裟に首を振って明らかに呆れた声音で逆に問う。

そしてジャスが訝しげな顔をしているのを見て溜息を吐きつつ問いに答える。


「結界の中に入る方法。これを教えてくれたのはジャス君じゃあないか?まぁ、ワタシはその場には居なかったから盗み聞きしたのだけどね」


「何を言って・・・っ!!」


「思い出したようだね」


ヴァルディマの言うようにジャスが結界の中への侵入方法を人に教えたことがあった。

それもごく最近。

王都セドラルより西の町、ルクトウでの魔人討伐の際に確かに言った。

結界の波長に魔力を合わせることで探知に引っかからずに侵入が出来ると。


しかし。


「結界の規模や性質が違いすぎる」


そう、あの時ジャスが侵入した結界は魔人ブレンダが張ったものであり、王都の宝具を用いた大結界とは質も規模も大きくかけ離れている。

それに王都の結界には侵入防止の効果がある。

ブレンダが張った認識阻害と侵入探知とはモノが違う。

侵入防止の結界内部に結界を破壊せずに入るのはジャスであっても困難を極める。

それをこの魔人は誰にも悟られることなくやってのけ、そしてサーナを攫った。

ギリっとジャスは歯噛みする。


「いやぁ苦労したよ。結界内に入れたは良いけどほとんど魔法は使えないし魔人としての力も使えない。ジャス君に見つかって殺されたらどうしようかとヒヤヒヤしたものだ。まぁ何とか目的の物は手に入ったわけだけどね」


ちらりと横たわるサーナに目をやる。


「しかし壊さずに丁寧に扱うのは中々難しいものだね。ああ、結界の話だよ、そんなに怖い目をしないでくれたまえ」


飄々としたヴァルディマがパチンと指を鳴らすと、それを合図に瓦礫の上で気を失っていたサーナが「うぅ」と小さく呻き、薄っすらと目を開けるとしばらく放心。

そして突然ガバっと体を起こした。


「え?ええ?ここ何処?なんでこんなに街がボロボロなの?・・・って店長じゃないですか!・・・え!?酷い怪我!どうしたんですーー」


「サーナちゃん!!動いちゃダメだ!!」


「ひぅ!」


瓦礫の上で身を起こしてすぐさまジャスへ駆け寄ろうとしたサーナだったが、鋭く放たれたジャスの怒声のような一声にビクリと身を竦めて立ちすくんだ。

結果的にそれが彼女の命を救った。


「あー惜しい。もう少しだったんだけどね」


言葉とは裏腹に、さして残念そうな様子も見せずにヴァルディマが笑う。

そのヴァルディマを睨みつけながらジャスは一転、硬直してしまったサーナに優しく声をかけた。


「怒鳴ってごめんな。今少しややこしいことになってて、そこを動くとサーナちゃんの命が危ないんだ。すぐ助けるからもうしばらくそこでジッとして居てくれないかな?すぐ助けるから」


「え?あ、はい。よくわかりませんけどジッとしてます」


キョロキョロと辺りを見回してからサーナは素直に首を縦に振った。

口ではよくわからないと言いながらも自分が戦いの渦中にいるということはすぐに理解した。

余計なことをしない方がジャスのためになることも。


「信頼されてるねぇジャス君。でも、本当に助けられるかな?」


おかしそうに尋ねるヴァルディマの姿が揺らぐと同時にジャスは横に跳ぶ。

空気を裂く高い音と共に、先程まで居た地面にパックリと深い亀裂が入る。

ジャスは跳んだ勢いそのままに縦に回転。

遠心力を活かして道具袋から取り出したミスリルのナイフを一投。

風の魔力が込められたその刃は、途轍もない速度で飛びながらも風切り音もなく無音で魔人の首を襲った。


「おおっと危ない。良いね、殺る気の高さが見て取れる」


ナイフを寸前で躱したヴァルディマの背後にジャスが出現し、飛んできたナイフを受け止めると体勢の崩れた魔人を背中から真一文字にーー


「コレは偽物」


背後を見ることなく振るわれた長剣の一閃。

逆に真一文字に斬られたジャスの分身がガラスの割れるような音を立てて砕け散った。

地に落ちたミスリルナイフがキィンと澄んだ音を立てる。


「かなり無理をしているみたいだね?分身体の作成に先程までの美しさがないよ」


空中で体勢を立て直したジャスの着地に合わせてヴァルディマが距離を詰め長剣を横に薙ぐ。

チッと軽く舌打ちをしてジャスは着地の勢いそのままに更に深く体を沈みこむ事で地面に伏して迫る凶刃を避けた。

頭上を通り過ぎた死の気配に肝を冷やしながら右手の短刀をヴァルディマの方に向けて後方に大きく距離を取る。


「我が喚ぶは蒼。その凍てつく息吹をもって全ての物に等しく静寂の時を齎せーー」


詠唱に合わせてジャスの短刀を中心に急速に辺りの魔力が集約されていく。

その様子にヴァルディマは口を裂けるように笑みの形にして叫んだ。


「ついに詠唱をしないと規模の大きな魔法が使えなくなったのかい!?初めて詠っているのを聞いたが良い声をしているねぇ?」


ヴァルディマが長剣を地面に刺すとジャスの背後に轟音を立てながら人の身長の10倍以上はありそうな土壁が出現。


(っ!)


ヴァルディマはこれ以上後退出来なくなったジャスに再度接近して刃を振るう。

それをギリギリで躱しながらジャスは詠唱を完成させた。


「ーー我の名はジャス!喰らえ!《氷零乱嵐ゼロ・ブリザード》!」


ジャスの宣言を合図に短刀に大きな魔力の奔流が生まれる。

それを見てヴァルディマは攻撃の手を緩めずに氷に対する耐性防御の結界を張って高らかに笑う。


「いくら強力な魔法を使おうと、何がいつ来るかわかる時点でーー」


笑う魔人の赤い目が大きく見開かれる。


氷零乱嵐ゼロ・ブリザード

術者の前方の広範囲に超低温の嵐を起こして全てを凍りつかせる水属性の高等魔法であり、この魔法の前では全ての生物が動きを止め、静寂が世界を支配すると言われている。


しかしヴァルディマ程強大な力を持った魔人であれば例え直撃しても大きなダメージはない。

たが全く影響がないわけでもなく、ほぼ間違いなく動きが阻害されてしまう。

そう判断したヴァルディマが自らの周囲に結界を張ったその瞬間。


ヴァルディマは激しく燃え盛る、天まで届くような「炎の柱」に飲み込まれた。


視界が炎の赤に覆い尽くされる直前、短刀を構えるジャスと目が合う。

その人間は底意地の悪い笑顔を浮かべていた。


「火傷に注意しろよ」



ジャスのその言葉は荒れ狂う炎の轟音によってかき消された。


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