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第59話 終わりだ


「随分と辛そうじゃあないか。もう楽になったらどうだい?」


ヴァルディマは気遣うような言葉を投げかけながら、その姿が霞むような速度で急接近。

首元を襲う細身の刃をジャスは辛うじて短刀で受ける。

甲高い金属音と共にヴァルディマの黒剣が中程から真っ二つに折れ、黒い破片が中空を漂う。


「お前が帰ってくれたらそれだけで楽になれるんだけどな!」


折れた剣を確認するとすかさず今度はジャスがヴァルディマの懐に入り込む。

両手の短刀を煌めかせその刃を叩き込もうとするまさにその瞬間。


ジャスは攻撃を無理矢理中断して地面を強く蹴って宙に跳ぶ。

刹那、ヴァルディマの体から大量の黒い槍が飛び出した。

もし、先程そのまま攻撃をしていたら今頃蜂の巣だっただろう。


「それは無理な相談だ。今を逃すと五月蝿い勇者共が邪魔をして君と遊べないからね。あぁそうそう、分かっていると思うが転移で君がこの場から消えたらその時点でこの街は終わりだと思って欲しい。戻ってきた君を迎えるのは廃墟と死体の山だよ」


ヴァルディマは空中に逃れたジャスに手を向ける。

すると先程出現した多数の槍の穂先がジャスの方向を向き、空気を切り裂きながら一斉に襲いかかる。


一瞬の更に一瞬の逡巡。

ジャスは回避を選択。


自身のすぐ横の空間に掌大の結界を張り、それを蹴ることで側方へ高速移動。

襲い来る槍の散弾の回避に成功する。

掠めた槍が既にボロボロになっているジャスの外套の一部を抉っていく。


「やろうと思えばいつでもこの街を滅ぼせると言っているようで笑えないな」


その言葉が終わると同時に地面に着地。


ジャスの姿が息を吹きかけられたロウソクのようにフッと消える。

と、同時に地面を疾駆する数人分の足音。

それがヴァルディマへと辿りつこうとしたその時、ヴァルディマはいつの間にか手にしていた、長身の彼が持っても長く見える漆黒の長剣を無造作に横に薙いだ。

その瞬間、甲高いジャスの分身体が砕ける音が複数響き、一瞬遅れて魔力の破片が宙を舞った。


そしてジャス本人も双刀をクロスした防御の体勢で姿を表す。

その彼の背後で北門の監視塔が鋭利な断面を晒し、上下に分かたれ崩れ落ちていった。


「そう言っているんだよ。君が逃げない、死なない間は街を滅ぼさない、とね」


リーチの差を活かしてヴァルディマが長剣で斬りつける。

刃渡りが2メートルを超える常識外れの長剣の斬撃が空気を切り裂きながら次々とジャスに襲いかかった。

それを短刀で受け、躱し、結界で逸らしながら反撃の機会を伺う。

その間にも北通りの路面は賽の目のように刻まれ、辛うじて建物の形状を残していた通り沿いの民家や商店が斬撃の余波で崩れ落ちていく。


「その割に周辺の被害が甚大なんだが?」


ジャスは背後に軽くステップすると、地面をコツンと蹴るように着地。

すると地面から小さな土の槍が一本発生し、ヴァルディマへ向かう。

当然、それは一瞬で真っ二つにされてしまうが、しかし、ヴァルディマが放った斬撃の道筋には渾身の力で振り抜かれたジャスの短刀があった。


ギッィイィンと耳障りな音共に黒い長剣の真ん中から先が地面に突き刺さる。


2つに折れた長剣は、それでもまだ通常の剣程の長さがあった。

ヴァルディマは折られた剣に視線を落とすと溜息を吐き、それを地面に無造作に捨てる。

ガランと大きな音が辺りに響いた。


「それはキチンと防がない君が悪い。これでも気を遣っているつもりなんだよ」


その言葉に嘘はなかった。

ヴァルディマがその気になれば大した時間をかけず王都を落とすことは可能だろう。

それ程までに今の王都に戦力が無かった。

ジャスが居なかったらとっくに王都は落ちていただろう。

ただ、ジャスが居たからこそヴァルディマが攻めてきているというのも事実だが。


「しかし、危機感のない国だね。あんな結界に頼って最強の剣である勇者と自慢の盾である騎士団長を遠ざけるんだから。ま、それだけワタシの策が上手くいったということなんだけどね」


ヴァルディマは声を上げて笑うと、唐突に目をスッと細めた。


「さて、遊び始めてから結構時間も経ってきたが、どうもどこの城門もまだ耐えているみたいだね。・・・ジャス君とどちらが長持ちするかな?」


言葉の終わりの低い声に背筋が凍るような殺意が込められていた。

ひと呼吸置くとヴァルディマはまたも何処からか黒い細身の剣を取り出し、魔力を高めたかと思うと、離れていても肌が焼けるような業火を纏わせてそれを天に掲げた。

咄嗟にジャスは身構え、その燃え盛る炎に一瞬視線を向ける。


その瞬間。


「あーあ、引っかかっちゃった」


ヴァルディマのボソリと呟いたその言葉に猛烈な悪寒を感じてジャスはその場を離れようとするがそれは叶わなかった。


ジャスの右足が地面から出てきた岩に捕らわれ拘束されていたからだ。


「し、しまった!!」


「ミスディレクション。手品の基本だ」


空間が歪むような高温を発する一撃が大上段から振り下ろされる。

それを短刀で払いあげることで辛うじて凌ぐ。

余熱で左腕に火傷による鈍い痛みを感じるがジャスはそれを無視。

次々に繰り出される斬撃を先程と同じように回避しようとするが、足を固定されており、徐々にジャスに切り傷と火傷が増えていく。


そして。


ガキィィン


金属が激しく衝突したような音の後、震えた音の余韻を残してジャスの短刀が彼の後方へと弾かれ飛んでいき地面に並んで突き刺さった。

それを見てヴァルディマは、ふぅとひと仕事終えたように息をついた。


「名残惜しいが終わりのようだね。いやはや思ったよりも君は頑張ったよ。繰り返すようだがワタシもここまで苦労するとは思わなかった。・・・ではジャス君にはここで瀕死になってもらい、そして街が滅ぼされる様子を見て無力感を感じながら徐々に死んでいってもらうとしようか」


「クソ!!」


苦し紛れにジャスは火球を無数に放つが、その全てが無造作に振られた炎の刃によって消滅させられた。

氷の槍も土の矢も雷撃も。

どれもヴァルディマまで届くことはなかった。


「正面から、しかも武器による補助もなしで撃たれた魔法なんて効くわけないじゃあないか。ま、足掻いてくれた方がワタシの溜飲も下がるというものだけどね。だけど」


ジャスのすぐ手前。

剣の届く範囲。

赤い瞳を月のように細めたヴァルディマが片腕で剣を構える。


「終わりだ」


「・・・っ!」


真っ赤に燃え盛った一閃がジャスの体に吸い込まれようとした瞬間。

幼少の頃から死ぬような思いをしてきたジャスでさえ死を覚悟した瞬間。


爆発音によく似た轟音とともにヴァルディマの姿がかき消えた。


一瞬後、側方から建物が倒壊する破砕音が耳に入ってきた。

そこで初めてジャスは理解した。


あの魔人はとんでもない力で吹き飛ばされたのだと。

目の前のこの人物に。


「お前、どうしてここに?」


珍しく呆けたジャスの声に目の前の人物はくすりと笑うと、自身の身長を大きく超える長さの杖から降り立った。

そして今度は心配そうな表情でジャスに駆け寄る。


「パパ、大丈夫だった?」


サラサラと長い金のような銀のような白のような虹色の神秘的な髪が風に揺れた。

覗き込む瞳が心配そうに揺れた。


「シェロ」


古代竜シェロ。

ジャスの義理の娘で古代竜の女王ローラルダの娘である竜の姫君。




彼女は今、禁忌を犯した。

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