第58話 それは光栄だ
セドール王国騎士団副団長のイェーハルは目の前の光景が信じられなかった。
先程魔王軍元幹部といえど、たった一体の敵に騎士団はまたたく間に壊滅させられてしまった。
確かに騎士団は万全というには程遠い状態だ。
その原因は言うまでもなく団長のミヨノの不在が一番大きい。
副団長のイェーハルよりも数段上の実力者であり、そのうえ多数よりも少数を相手取る戦い方が得意なため、この場に彼女が居た場合、状況は大きく違ったものになっていたであろう。
他にもここ北門以外の3箇所は魔物による襲撃を受けており、そちらにも人員を割く必要があった。
とはいえ、団員の数が倍であったとしても今の状況を覆せていたかというとイェーハルはそれに素直に頷くことは出来なかった。
それほどまでに魔人ヴァルディマの強さは常軌を逸していた。
だからこそ、信じられない。
今、目の前で青年がたった一人でヴァルディマと渡り合っていることが。
先程など満身創痍になりながらも魔人から腕を一本奪っている。
ぐっと自分たちの無力さから来る不甲斐なさを噛み殺してイェーハルは戦況を見守る。
青年の戦い方は様々な人間を見てきたイェーハルからしてみても異様であった。
今もまた、離れたここから見ても一瞬見失いそうな速度で魔人ヴァルディマの懐に飛び込み、それこそ目にも止まらぬ速さで両腕から斬撃を繰り出す。
まずこの速度が考えられない。
もしかしたら団長よりも速いかもしれない。
あの騎士団最強よりもだ。
それを楽々と躱す長身の魔人から氷の槍が発生。
そしてそれは高速で放たれて青年を串刺しにする。
一瞬イェーハルの脳裏に最悪の事態が過るがそんな考えは一瞬で消え去る。
この光景は「何度も」見たものだからだ。
串刺しになった青年の体が一瞬揺らいだかと思った次の瞬間、パキィィンと何かが割れるような音がして彼の姿は「また」光る欠片へと変化して空気中に霧散する。
イェーハルがその欠片に一瞬目を奪われた、そのほんの一瞬の間に青年は魔人の背後から仕返しとばかりに無数の氷の矢を乱れ打ち。
更に先程宙に散った青年であった光の欠片が燃え盛る炎の竜となって氷の矢を防ぐ魔人を頭から一気に丸呑みして大爆発を起こした。
立ち昇る黒煙を油断無く見ながら自身に回復魔法を施す青年。
(彼は一体どれ程の手札を持っているのだ!?)
今の攻防だけでも目を疑いたくなることが無数にある。
特に大きいのが彼の使う魔法だ。
信じられないことに彼は扱う魔法全てを無詠唱で行使している。
確かに幾人かの優れた魔導士が無詠唱で魔法を使う所をイェーハルも見たことがあるが、そのどれもが魔法を使う前に「溜め」というか「これから魔法を使う」という意識の動きがあった。
そのため、たとえ無詠唱が相手でも自分ならば対処のしようはある、とそう思っていた。
ところが今戦っている青年はいつ魔法を使ったのかが全然わからない。
気が付いたら炎の槍や氷の矢が魔人に撃たれている。
しかし一番現実離れしているのはやはり、分身体との入れ替わりだ。
今、この瞬間も胸を貫かれた青年が欠片となって散っていく。
数瞬前に魔人に斬りかかっていたにも関わらずだ。
攻撃の瞬間は本人のはずで、ということは今のも魔人のカウンターを読んで分身体に入れ替わったということになる。
(いつだ!?それに何故そんな高度な魔法を戦いの最中に流れるように扱えるのだ!?)
イェーハルは何度見ても答えがわからない異次元の戦いを見ながら部下たちに逃げ遅れた住民を避難させるように指示を出す。
せめて、彼が周りを気にせず戦えるようにと。
明らかに片腕をなくしてからヴァルディマの動きが変わった。
最初はジャスを馬鹿にするような、からかうような余裕のある攻撃に終止していたが、今は明確に殺意のこもった攻撃の頻度が高くなった。
(ある意味やりやすい!)
ジャスは迫りくる氷の槍を紙一重で躱してヴァルディマに肉薄。
肌の一部が凍るがそれもお構いなしに空間ごと切り裂くような勢いで下段斬り。
それに対して宙返りで攻撃を避けるヴァルディマの無防備な胴体に更に一歩踏み込んで突きを打とうとして、しかしその場から慌てて飛び退る。
その瞬間、一瞬前までジャスが居た箇所に凄まじい雷撃が空から落ちてきた。
直撃は避けたものの、激しい光量と爆音でジャスの視力と聴力が鈍る。
だからこそ、前に。
ヴァルディマは自身が放った雷撃の影響を避けるため目を閉じたが、それが災いしてすぐそこに迫ったジャスへの反応が一瞬遅れる。
初撃、左の短刀の袈裟斬りを半身で躱す。
二撃、体を高速で一回転させ、遠心力の乗った右の短刀が先程の軌道と同じ、しかし一歩深い軌道でヴァルディマを襲う。
それを先程何処からか取り出していた黒い刃の細身の剣で受け太刀。
ピシリと、刃にヒビが入るのを見て顔をしかめる。
逆に今の攻防でヴァルディマの正確な位置がわかったジャスは二体の分身体を発生させて一斉に斬撃を叩き込む。
6つの刃が深々とヴァルディマの体に飲み込まれた瞬間、切り刻まれたはずの魔人の体は突如光を放ち、爆発した。
「な!?」
至近距離で起こった爆発に辛うじて張ることが出来た結界は簡単に砕かれ、クレーターの外まで吹き飛ぶ。
北大通りを転がり、地面にバウンドする度にうめき声がジャスの口から漏れ出した。
(ぐっ!・・・くっそ!チャンスだと思ったけど罠だったか・・・。痛い授業料になったな)
蹲りながら回復魔法を施す。
しかしダメージはかなり大きく、動けるところまで回復するのがやっとだった。
「少しはワタシの気持ちをわかってくれたかい?」
片腕の魔人はクレーターからゆっくりと浮かび上がり、ジャスに笑みを向ける。
「人の技を盗むとか趣味が悪いな」
「盗むとは人聞きが悪い。模倣させてもらったんだよ。人間の君の技を、魔人の中でも最高位に位置するこのワタシがだ。これは名誉なことだよジャス君」
「そうか、それは光栄だ」
ふらつきながら立ち上がると余裕のない笑みで返答する。
そろそろ体力的にも魔力的にも限界が近付いてきている。
(少し前までの奴ならさっきのやり取りで幾らか手傷を負わせることが出来たんだけどな。腕を落としてから油断がなくなってやがる)
額から汗が一筋流れ落ちて地面に染みができる。
その様子を見てヴァルディマは口の端を吊り上げた。
まだまだ先は見えそうにない。




