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第5話 まだ昼です


待って。

待って待って待ってください。

どうしてこうなった?何がどうなってこうなった?


ジャスは頭痛に耐えながら竜の巣の中央、古代竜の女王が住む神殿に来ていた。

大きいもので体長が人間の20倍はあるドラゴンの住処である。


天井も廊下も扉も全てが大きい。


勇者パーティとダンジョン攻略に行ったこともあるが、そのどれよりも立派でスケールが大きいと言い切れる。

山にこんな大規模な建造物が建っていれば誰でも気が付くはずだが、人間界で竜の巣にそんなものがあるという話は誰も聞いたことがなかった。


それもそのはずで古代竜による多重結界によって秘匿とされているので当然ではあるのだが。


そんな龍種の秘匿中の秘匿の中を、監視もつけずにジャスは入ることを許されていた。

許されるというより依頼されて入っていた。

今この神殿には女王、ジャス、そして孵化寸前の卵の3人(?)しかいない。


結局、人化したルルエンティに手を握られた後に過去の依頼話(といっても第三者のジャスが依頼人の妻の愚痴を聞いて宥めて仲直りの仲裁をしたという簡単な話)をすると、彼女に「全責任は私が持ちます!その話の再現をよろしくお願いします!」と顔と顔が触れるほど詰め寄られて押し切られる形で依頼を受諾することになってしまった。


他にもダリウスから「結界張ってる間は外界には出られねぇぞ」とにやにやと言われたのも一因である。

余談ではあるが人化したダリウスは少しワイルドな雰囲気の美丈夫で、ルルエンティとはまた別な神々しさを纏っていた。


はぁぁ・・・と深い溜め息を吐きつつジャスは大きな扉の前で足を止める。

事前に聞かされた話ではここが女王の寝所ということらしい。


(さて、俺の存在には気が付いているだろうが・・・なんと声をかけたらいいものか)


何の計画もないまま放り込まれ、ここまで色々と考えながら歩いてきたが結局何も思い付かなかった。


それも当然と言える。


ジャスは古代竜の女王に会ったことがなければ、ドラゴンの世界の常識すら知らない。

何が喜ばれ、逆に何が逆鱗に触れるか全く検討もつかない。


(それも含めてルルエンティさんが責任を取ってくれるらしいが・・・)


うーむ、と腕を組んでいると不意に巨大な扉に白く淡い光が灯った。

どうやら入ってこいとのことらしい。


この神殿の扉は解錠されている扉は淡く白い光が灯っているが、逆に施錠されている扉に光は灯っていない。

また、扉といっても開く必要はなく、白い光に体が触れると吸い込まれるように扉をすり抜けることが出来る。


決してドラゴンが鉤爪で鍵をかけたり開けたりする造りではない。


(こうなりゃ当たって砕けろだ!)


よし、と気合いを入れジャスは扉をくぐり女王の寝所へ入室する。


寝所は良い香りがした。

草原のような爽やかな新緑の香りに花の香り。

それに水の香りといったらよいのだろうか、小川のそばを歩いているようなそんな空気を感じた。

それもそのはず、室内には草原や花畑、それに小さな池まであった。


その池のほとりの東屋から一人の女性が手招きをしていた。


(あ、え?天使が呼んでいる?)


女性の雰囲気はルルエンティに似ているだろうか。

美しく長い髪は白髪というより光の具合で銀にも薄い紫にも見える不思議な色合いをしていた。

髪色だけでなく、女性の全てがルルエンティよりも更に現実離れした美しさを放っていた。

華奢な体つきにゆったりしたローブ姿の女性が鈴が鳴るような澄んだ声で、幻想的な光景に呆けていたジャスに声をかける。


「何をしておる?早くこちらへ参れ」


言われるままに足を運ぶジャスの脳内には既に先程までの葛藤はなかった。

ただ呆然と言われるままに女王の元へと行くと、「そこに掛けるが良い」とテーブルを挟んで向かい側の椅子に腰を下ろす。


その様子に女王はクスクスと笑みを浮かべ、


「どうしたのじゃ?妾の美しさに言葉を失ったか?それとも妾が人の形を成していることが気になるか?美しさの方についてはすまぬな。これは妾の罪の一つじゃ許せ」


と華奢な体つきに似合わぬ豊満な胸を反らしながら形だけの謝罪をする。


「この姿のことじゃが・・・これは趣味じゃ。人の姿というのは便利での、美しい衣を着ることも、極上の紅茶を飲む事も、そして・・・」


女王は言葉を切ると机上の幾重にも重ねられた絹の上にある玉子を大事そうに撫でた。

玉子は彼女の髪の色と同じく、白にも銀にも見える不思議な色合いをしていた。


「このように愛しい我が子に触れることも容易に出来る。龍の姿はな、少々融通が効かんのじゃ」


女王は玉子からジャスに視線を戻すと「楽じゃがな」とペロっと舌を出した。

天使のような少女のようなこの女性が龍種のトップ。


(なるほど。住む世界も違うが纏う雰囲気も全くの別次元だな)


ジャスは今まで色々な種族の王族貴族に会ったことがある。

人間やエルフにドワーフ、魔族も含めてである。

魔王と直接会ったことはないが・・・。


大なり小なり彼らの纏う空気や醸し出すオーラというものは常人離れしたものがあったが、目の前の美しい女性はそんな彼らとも比較にならない存在感があった。

少し冷静になった分、恐ろしさや緊張からか冷や汗が背中をつたっていくのを感じる。


「そう緊張するでない。オナゴの部屋に来たのじゃ、夜這いのひとつでもしてみぃ?」


一瞬何を言われたのかわからなかったが、


「え、いや、まだ昼です」


ついツッコミを入れてしまったジャスの顔を驚いたように見る。

するとニマっとイタズラっ子のような顔をして、


「なんじゃ?夜なら妾は襲われておったという事か?おぉ怖い怖い。これはルル辺りが知ると面白いことになりそうじゃの?」


ルル。

きっとルルエンティの事だろう。

とそこに気が付いた瞬間ジャスの頭から血の気が引いた。


女王に絶対の忠誠を誓っている彼女にそんな事を言ったら・・・。


良くてジャスの魂までの根絶。最悪で人類の滅亡だろう。

古代竜達が本気になれば不可能な話ではない。


「い、いやいや、ちょっと待ってください!そ、そんなことするわけないじゃないですか!?」


「それは妾には全く魅力がないということじゃな?」


ヨヨヨとシナを作る女王。

めんどくさ!!

ジャスは内心で思いっきり叫んだ。


「そういう意味でもなく!・・・ってなんでこんな話になったんだ・・・」


急に真面目な顔になったジャスに堪らず女王が吹き出す。

そしてクスクスと一頻り笑うと目元の涙を拭いながら改めてジャスに語りかける。


「汝は面白いのぅ。少々緊張をしておるようじゃが、妾とも気兼ねなく語ってくれる」


「一方的に弄られていた気がしますが」


「ふふっ。そういう遠慮なく反論するところじゃ。ルルやダリウス、そしてララは妾の事を真に想ってくれておるが、少々距離が遠くてな。仕方のないことだとはわかっておるが」


恐らくララというのは3体目の古代竜の名前であろう。

先程までの花が咲くような笑顔とは程遠い形だけの笑みを浮かべ、最後の方は自分に言い聞かせるようにそう呟いた。

その笑みに居たたまれなくなったジャスは慌てて、


「ほら、でもルルエンティさんは女王様のことを物凄く心配していたと聞いてますよ?ドラゴンの皆さんが引くくらいに!」


よくわからないフォローを入れる。

女王は孤独ではない。

会ったばかりでもわかるくらいドラゴン達は女王のことを案じていた。

追い出されても恨み言ひとつ言うことなくだ。


それを女王に伝えたかった。


の、だが。


「ルルが心配?」


サっと辺りの空気が変わった気がした。

形だけの笑みは先程と変わらないが、今度は見るもの全てに恐怖を与える、そんな恐ろしさがその笑みにはあった。 


そして女王は、爆発した。


爆心地はジャスその人である。


「心配?ほほう、ひとつ聞くが心配なら何をしてもよいのか!?四六時中ずっと付いて回られ、すぐに女王様女王様女王様!と妾を呼ぶ!時計の秒針かと思ったわ!ルルの妾を呼ぶ声で時は進むのかと考えたこともあったわ!悪気がないのがなお悪い!普段の距離感はどうしたのじゃ!?急に超接近戦ではないか?!ゼロ距離か?ゼロ距離なのか?!インファイタールルか!もっと距離を詰めてほしいと願っていたら鼻先におったわ!妾がさりげなく距離を取ろうとしても「大丈夫です、ご心配なく」じゃぞ?!妾が大丈夫じゃないし、妾自身の事が心配じゃ!他にもな!・・・・!?・・・・・!!・・・・・・!!!?聞いておるのか!!人間!!?」


胸ぐらを捕まれがくがくと揺らされながら女王ハリケーンに翻弄される憐れなジャス。

気が遠くなりかけながら彼は最後にこう思った。



あーこりゃルルエンティさんが悪いわ。


と。


お読み頂きありがとうございます。

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