第48話 それはもう、とてもね
9月に入り暦の上だけではなく、朝夕には特に秋を感じるようになった昼下がり。
店内のテーブルを横にどけて床いっぱいに広げられた布の上に数種類の草がこんもりと山盛りになっていた。
勿論ただの雑草というわけではなく、日が昇る前の早朝からジャスが採取してきた薬草の山だ。
「これはまた、いっぱい採ってきましたね」
声のした方にジャスが目を向けると、そっと店の扉を開いて看板娘のサーナがひょっこりと顔を出していた。
外からの風で彼女の赤い髪がさらりと揺れた。
「今日は休みだよ、どうしたの?」
本日は「闇の日」で休日である。
とはいえジャスの何でも屋は「光の日」や「闇の日」という世間一般的には休みの日でも、依頼があれば営業している。
ただ、あくまで依頼をこなしているから休みではないだけで、今日は店自体は開けていない。
そうなると必然サーナも休みになるのだが、何故か彼女は店に顔を出していた。
そのジャスの疑問はサーナの言葉ですぐに氷解する。
「家の前の掃除をしていたら大きな袋を担いだ店長が見えたので顔を出しに来ちゃいました」
「あらま、見られてたのか」
サーナの家もこの何でも屋も王都の北東の区画にあり、北門から店に向かうとどうしてもサーナの家の近くを通ることになる。
王都一番外側の通りである城壁通りは交通量が多いため、2つほど中に入った少し小さい路地で帰ってきたのだが、その際に目撃されたのだろう。
確かにこの薬草の量だ。
よく目立ったことは想像に難くない。
入り口のドアを後ろ手で閉め、広げられた薬草を踏まないようにそっとジャスの近くへと歩み寄る。
「多そうだなぁって思って見てましたけど思った以上の量ですね。またロロイおばあちゃんからですか?」
そうなんだよ、とジャスはため息をつくと薬草の仕分けの手を止める。
「昨日休みを満喫するために昼寝してたら婆さんがいきなりやって来てね。「どうせ暇だろうから仕事持ってきてやったよ!」とか言って無理矢理依頼を押し付けて来たんだよ。しかも納期が今日!ホントあの婆さんは人使いが荒いね」
案外似ているロロイの声真似をして愚痴るジャスを見てサーナはくすりと笑みをこぼす。
そしてすとんと腰を下ろすと薬草を選り分けていく。
当然のように仕事を始める彼女にジャスは少し慌てたように声をかけた。
「いいよサーナちゃん。折角の休みなんだから」
「それを言ったら店長もお休みですよ」
「まぁそれはそうなんだけど、依頼を受けたのは俺だしね」
「良いから良いから!それにちょうど良い練習ですし」
「え?練習?」
「こっちの話でーす」
この話は終わりとばかりにサーナは薬草の山の方へと向き直る。
その顔から表情がすぅっと消えていき、仕事モードに入ったのを見てジャスは自分も薬草の仕分けへと戻る。
しばらく二人は黙々と摘みたての薬草の青い匂いに包まれて作業に没頭する。
無言であるが心地よい、そんな空気が二人の間に流れる。
ふっとその空気を変えたのはサーナであった。
「なんか久々ですね」
仕事モード中の彼女が話しかけてくるのは珍しい。
ジャスは小さく驚きながらもその言葉に何が、とは聞かない。
「最近騒がしい連中がよく来るからね」
「私は賑やかなのは好きですよ」
「まぁ・・・悪くは、ないかな」
問題ごとを持ってこなければね、と続けてジャスは笑う。
そして気が付いた。
サーナの作業速度がいつもより遅いことに。
動きも何処か辿々しいことに。
そんなジャスの視線に気が付いたのか、サーナは手を止めると視線を手元に落としたまま口を開いた。
「明日、なんですよね」
「そうだね」
沈黙。
「大丈夫、ですよね?」
「大丈夫だよ。化け物より化け物みたいな4人だからね」
「店長は?」
「俺?俺は何かあった時のサポート係だし、それに当てにされてるのは転移だから前線に行くことはないよ。それにその仕事が回ってくることはもう無いだろうしね」
数日前までジャスは英雄4人の控えている都市間をひっきりなしに移動していた。
移動の目的は言うまでもなくそれぞれの部隊の調整や協議である。
基本的には賢者チェルロッテを連れて移動し、そこで彼女が調整事を行う。
大まかなものや、全体のことに関しては魔道具を用いて連絡を取っていたが、どうしても会って話をする必要がある場合にジャスの転移の出番が来るといった感じだ。
ちなみに、一番肝心な魔人達のアジトの捜査については魔導士組合が開発した魔道具によって割と早い段階に発見することが出来ていた。
自慢げに無い胸を張るチェルロッテの姿がジャスの脳裏に浮かぶ。
人類側の戦力については、これもまた問題なく揃ったとジャスは聞いている。
英雄4人からの要請に対して、一緒に戦えることを逆に感謝する者も居たとも。
平和を取り戻して3年。
彼らへの畏怖や憧憬は衰えるどころか更に高まっているようにさえ感じられた。
そんな士気の高い実力者たちと化け物のような英雄が一緒になるのだ。
それこそ魔王や魔王軍幹部クラスでもないと止めることは出来ないだろう。
(幹部クラスといえば・・・アイツは結局何を企んでいるんだ)
魔王軍元幹部<策略>のヴァルディマ。
3年前勇者パーティを罠にはめ、しかしジャスによって討伐された魔人。
最初は自分を倒した相手であるジャスに復讐するために近づいてきたのかとジャス自身もそう考えたが、それならばシーマの孤島で会った時、もしくはルクトウの町で会った時に簡単にソレを果たすことが出来たはずだ。
特に後者の時は傍にリオンもおらず、完全にジャスが孤立した状態だったので誰にも邪魔をされる心配もなかった。
にも関わらずヴァルディマはジャスに仇為すどころか魔人達の情報を流すという一見、人類の味方のような行動を取っている。
それでヴァルディマが味方になったという認識をするほど、ジャスもチェルロッテ達も甘くはない。
が、しかし、やはり目的が見えない。
(やっぱりチェルの言う通り勇者パーティをバラけさせて各個撃破を狙っているのか?)
魔人達と連携して英雄の誰かを落とす。
無くはないかもしれないが、それだと上手くいっても一人しか倒すことが出来ない。
(都市1つ分の人間の命で魔王が復活するのであれば可能性はある)
しかしそれだとわざわざ魔人側もアジトを分けて儀式の準備を進める必要がなくなる。
リスクを分けるためにそれぞれの都市で事を進めているのかもしれないが、それだと今度はヴァルディマが情報を流してきた意味がない。
結局ここで毎回思考が行き止まりに突き当たる。
「・・・長?・・・店長!?」
「っ!?」
突然すぐ傍から呼びかけられて思わず手に持っていた薬草を取り落とす。
そんなジャスの反応に一瞬驚いたサーナであったがすぐに苦笑しながら薬草を拾う。
「すごく難しい顔してましたよ。私を安心させようとして店長が不安になってどうするんですか」
ジャスが落とした薬草を拾い集めると、それを一つに束ねて「スキあり」と軽く彼の顔を叩く。
カサっと薬草の擦れる音が静かな室内に響いた。
「青臭いんだけど・・・」
「ふふん、私が刺客ならそんなものじゃ済んでなかったですよ」
ドヤ顔で胸を張るサーナの様子がおかしくてジャスは思わず吹き出す。
突然笑われたサーナは頬を膨らませると持っていた薬草の束で更にジャスを叩く。
「いたたた、ごめんごめん!薬草が悪くなっちゃうから勘弁して」
「もう!」
ふくれっ面のまま薬草の束を直すとまた薬草仕分けに戻るサーナ。
時折ちらっとジャスの方に目を向けるが、ジャスの視線に気が付くとまた慌てて手元に戻る。
彼女なりのまだ怒ってますアピールにジャスの頬が緩む。
(なんか元気づけるつもりが逆に気を使われちゃったな)
自分の不甲斐なさに呆れながらジャスはどうやってこのお姫様の機嫌を取ろうか悩むのであった。
「ちょっと遅くなっちゃったかな」
少し歩く速度を早めてサーナは路地を歩いていく。
結局あの後ジャスといつものような雑談をして、それから薬草を仕分け終わったのが夕方に入った頃。
家に帰るついでだからと束になった薬草の半分をロロイの家に届けるとサーナは申し出た。
一度に運ぶには量が多かったので、今日と明日の2回に分けて運ぶつもりだった。
当然ジャスは一緒に行くと提案したのだが、薬草採取の手伝いが出来なかったので運ぶのだけはさせて欲しいとサーナが固辞。
渋々承諾するジャスを店に残して薬師ロロイの店兼住居に薬を届けにいったサーナを老婆が長々と捕まえたのだった。
「あたしが頼んだのはジャスのヤツだよ。あの坊主は最後まで責任を持って仕事ができんのかね!」
というのはロロイの言葉。
ジャスがサーナに同行しようとした理由の一つがこれで、ロロイは何かにつけてジャスに文句を言うのが趣味みたいなところがある。
勿論、本気で言っているのではなく、あくまでロロイなりのコミュニケーションなのだが、彼女も他の老人と同じくお小言が長い。
残念ながら次にジャスが彼女と会う時は長い説教から始まるのが確定してしまった。
それはさておき、薬草を受け取ったロロイは孫娘のように可愛がるサーナを家に半ば強引に引きずり込むとお茶とお菓子をこれまた強引にご馳走したのであった。
対応する態度は180度反対だが、この薬師の老婆からしたら何でも屋の二人は可愛くて仕方がないのである。
ジャスにそれを言うことは絶対にないが。
「きゃっ!」
「おっと?」
少々急いで曲がった路地の角の先でサーナは背の高い男性の背中にぶつかりたたらを踏む。
先程の事を思い出しながら歩いていたため、前方への注意が散漫になっていたようだ。
「す、すみません!大丈夫ですか!?」
サーナは慌ててぶつかってしまった相手、執事のような燕尾服を来た背の高い男性に頭を下げた。
男性はゆっくりと振り返ると優雅に笑うとサーナに優しく話しかけた。
「はっはっは!元気なお嬢さんだ。なぁにワタシは何とも無いから気にすることはないよ」
男性はそう言うと胸に手を当て優雅に一礼。
服装のせいなのか男性の雰囲気なのか、サーナにはそれがとても様になっているように見えた。
「本当にすみませんでした。では失礼します!」
「あぁお嬢さん、一つ良いかな?」
立ち去ろうとするサーナに男性が声をかける。
今度はサーナが振り返ると「なんでしょう?」と首を傾げる。
「お嬢さん、君はジャス君の店の店員さんだね?」
見知らぬ男性から出たとても身近な名前にサーナは少し驚いた。
「はい、そうですよ。店長をご存知なんですか?」
あの何でも出来る店長のことだ、色々な知り合いがきっと居るのだろう。
サーナはそう自分を納得させて紳士に正直に答えた。
しかし、そこでふと疑問が生じる。
(あれ?そういえば、なんで私が何でも屋の店員って知ってるんだろ?)
彼女の肯定の言葉に男性の顔はそれは嬉しそうな笑顔の形を型どった。
嬉しそうな。
「よく知っているよ。それはもう、とてもね」
狂気に満ちた笑顔を。
魔人討伐作戦まで、あと「1日」




