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第35話 えっへっへ、それはねー

今回ちょっと長いです。


自分、キリマ・フォン・ブラームトはブラームト伯爵家の第二子である。

領民から愛される温厚で民のために領土運営を行っている父上や兄上とは違い、自分が選ばれた者であるという選民思考を持っている。


当然である。


民のために領主がいるのではない。

領主のために民がいる、いや、自分のために民がいる。


民は自分が生かしてやっている。

父上のやり方では甘すぎるのだ。


だから父上が病に伏せている今。


兄上が王都の別邸に出ている今。


自分が、動かなければならない。


それには父を兄を越える力がいる。

反発されようが抵抗されてようが敵対されようが。

単純な力、暴力で押さえ込んでしまえば何の問題もない。


不満を溜める者もいるだろうが、それもまた力で押さえつければ良い。


この魔導書で魔人を呼び出す。

そしてその力を我が物にすることで誰も自分に逆らうことが出来なくなる。

魔人の力は先の大戦で身をもって知っている。

軍が、冒険者が、たった一体の魔人に為す術無く蹂躙されるのを見た。


その力が自分のものに!


その為には多少の犠牲など何の問題もない。

そう、領民は自分のために存在しているのだから。

むしろ自分の役に立てることを光栄に思ってほしいぐらいだ。


「次の生け贄でようやく魔人の召喚か。こそこそと動くのは癪に触ったがそれもようやく報われる」


姿をくらましても不自然でない者を見繕うのには苦労した。

自分一人では到底成し遂げることは出来なかったであろう。


「キリマ様。準備がほぼ整いました」


「ブレンダか」


いつの間に居たのか部屋の隅に真っ黒なローブに真っ黒なフードで顔を隠した女が話しかけてきた。

未だに顔も見たことはない。

自分に魔導書や魔人召喚の儀式の情報を持ってきた怪しい奴。

目的もわからないが力を得るために利用してやっている。


「今日で終わり、いや始まりだ。自分が大いなる力を従えてこの領土を変えてやる」


儀式を行うためにブレンダの横を抜けて自室を出ていく。


二度と部屋に戻ることがないとはこの時は夢にも思わなかった。




「う・・・」


薄く瞼を開いたミミの目にゆらゆらと揺れる火がいくつか見えた。

それよりも何よりも頭が痛い。

それにここが何処だかわからない。

わかるのはここが広間で、そこには何やら禍々しい雰囲気を醸し出す魔方陣があり、そして自身の足がその魔方陣の中心に短い鎖で逃げられないように繋がれていることだけだった。


「ここは・・・どこ?」


ポツリと呟くミミの疑問に答える者はいない。

変わらずゆらゆらと蝋燭の火が揺れていた。

ミミは痛む頭を押さえて必死に記憶の糸を手繰り寄せようとする。


(昨日私はとーちゃんと喧嘩して、それから、それから?店を飛び出したんだ。それで・・・何があったんだっけ?)


店を出たところまでは思い出せるが、そこから先に記憶を辿ろうとすると激しい頭痛が邪魔をする。


何かあったはず。


誰かに会ったはず。


そのような感覚はあるのだがそれを詳細に思い出すことは出来なかった。


「それより早く逃げないと」


しばらくして少し冷静になってきた彼女はようやく自分が危険な状態であることに気が付く。

どう危険なのかはわからないが、この広間の雰囲気からして全うではないことは間違いない。


魔方陣の上に繋がれた若い娘。

まるで生け贄のようではないか。


自分の妄想に背筋が寒くなるのを感じたミミは、嫌な想像を首を振って頭から追い出した。


(逃げるためにはこれをどうにかしないと)


床から延びてミミを拘束する鎖に爪を立てる。

戦士でないとはいえ獣人の若者である。

簡単な鎖くらいであれば用意に切断出来るのだが、特殊な素材で出来ているのか何か魔法がかかっているのか鎖には傷1つ付くことはなかった。


「無駄なことをしているな」


もう一度挑戦しようと腕を振りかざしたミミに男の声が届いた。

警戒心を剥き出しに声のした方を睨むとその視線の先に男女の二人組の存在を確認する。

伯爵家次男のキリマと謎の女ブレンダである。


「貴方は、領主様のご子息の・・・キリマ様?」


「ほう、よく知っているな。中々に勤勉な娘だ。褒めてやろう」


実際のところ何もミミが勤勉なわけではない。

たまたま領主達といるところを見たことがあっただけだった。

その時に優しそうな領主と違い、意地の悪そうな態度をとる息子だという印象を受けて覚えていたのだが。


「でしたら褒美としてこの鎖を外してもらえませんか?」


「あぁそれが望みであれば叶えてやろう。全てが終わった後でな」


にたりと音が聞こえてきそうな心の奥底から不快感が滲むような笑顔をミミに向けた。

背中に虫が走ったような悪寒に身を縮ませながらせめてもの抵抗とばかりにキリマを睨み付ける。

そんな彼女の精一杯の反抗を意にも介さず魔方陣の確認を進めていたキリマであったが、準備が全て終了したらしく魔方陣の外側へと出ていく。


「さて、最期に何か言い残すことがあるのであれば聞いてやろう。自分の寛大さに感謝するが良い。くっくっく」


パラパラと真っ黒な魔導書のページを捲りながらミミの方を向くこと無く問う。

これで魔人の力が手に入るということから多少心が浮き足立っていることをキリマは自覚して堪えきれず笑みを浮かべた。


「や、やだ・・・」


最期という言葉からか今まで麻痺していた恐怖が一気にミミを襲い、先程まで気丈に振る舞っていた姿から一変して弱々しい声を漏らす。

その姿にキリマの笑みは更に醜悪に深くなった。


「ああ、ようやく生け贄らしい態度になったな。その目だ。その声だ。恐怖の感情は魔人にとって最高のスパイスとなるだろう!さあ!もっと叫べ!喚け!お前はここで死ぬんだ!夢や希望を何一つ叶えること無く!」


「やだ!いやだいやだ!離してよ!帰してよ!!バカバカ!死んじゃえ!!なんで私が死なないとダメなのよ!お前が、お前が死んじゃえば良いんだ!!」


一度決壊した感情はそう簡単に治めることは出来ない。

明確に見えてきた死から目を背けるように、恐怖に飲まれて動けなくならないように、ミミは目の前の男に怨嗟の気持ちをぶつけ続けた。


涙は溢れ、叫び続けたことにより喉が切れたのか口内に苦い鉄の味が広がっても叫び続けたミミであったが、次第に声は細くなり、大きく肩で息をしながら魔方陣の中心で四つん這いになってしまう。


その涙が溢れる目には既に気力の灯火は消えかけていた。


膝をついた彼女の懐からガラスのような小さな球体が溢れ落ちた。


「散々無礼なことを叫んでくれたな。しかしこれから命を捧げる事に免じて特別に不問としてやろう」


道に転がる虫の死骸を見るような蔑んだ目でうずくまるミミに吐き捨てる。


「・・・ぅ」


もう何を言われても言い返す気力も体力もない。

先程転がり落ちたガラス玉を焦点の合わない涙で滲む視界に入れながら放心していたミミにキリマの何気ない言葉が届いた。


「まったく。こんなに叫んだのは犬の獣人の女ぐらいだな」


(犬の・・・獣人?)


それはここで目が覚めたときに頭に過りかけた事。

しかし無意識の内に頭から追い出した事。


「ツガイの男の方は慈悲を求める命乞いばかりであったのに、女の方はお前と同じように噛みつかんばかりであった。流石は犬ということか」


ミミの知り合いに若い犬の獣人カップルは一組しかいない。

でも偶然だ。

ルクトウの町に同じ組み合わせの人たちはきっと他にもいる。

だからきっと、違う。


「名はなんと言ったか。ジル・・・いや、ネルだったか?」


「うああああああああああ!!!」


その名を聞いた瞬間、ミミは今までにない力でキリマに襲いかかろうとしたが、無情にも鎖で繋がれた足がそれを許さず、無理に力を入れたため拘束されている箇所は肉が抉れ、血が辺りに散る。

そして勢いよく地面に倒れ伏して尚、憎い男の元へにじり寄ろうと血走った目で地面を這おうとするミミ。


「よくも、よくもネルを!!殺す!殺してやる!絶対に!!殺してやる!!」


「まるで獣だな。もういい。始めるぞ」


「待て!!・・・あぐぅ!?」


必死にもがくミミを無視し、魔方陣に魔力を流す。

すると今までぼんやりとした光だったものが途端に禍々しい赤とも紫とも言えない光を放ち出す。

それと同時にミミは自身の身体から急激に力が抜けていくのを感じた。

同時に先程まで脳を燃やし尽かさんばかりだった憎悪が一気に抜けていく。


(あ、ダメだ。私・・・死ぬんだ・・・)


脳裏に優しく微笑む親友の笑顔が浮かんだ。


(ネル、ごめんね。私全然知らなかった。居なくなっちゃったときにもっと真剣に考えて探してたら良かった)


脳裏に怒ってばかりの父親のしかめっ面が浮かんだ。


(とーちゃんもごめん。ずっと喧嘩ばかりだったね。不出来な娘でごめんなさい)


悔しくて悲しくてギュッと拳を握りしめた。

すると手の中に何かあることに気がつき、ゆっくり手を開く。

そこには先程懐から地面に落ちたガラス玉が握られていた。

キリマに詰め寄ろうとして転倒した際に無意識に手に取っていたようだ。


(これ、なんだっけ?・・・そうだおにーさんがくれたものだ)


そういえば。

これをくれるときに何か言っていたような気がする。


ミミは既に身体を支えることが出来ず、地面に横たわりながら手のひらのガラス玉を見つめる。

昨晩のやりとりがうっすらと浮かんできた。



『ミミちゃんにプレゼントをあげよう。もしピンチになったらこれに念じるんだ。気休めかもしれないけど効果があるかもしれない』


『えー?なになに?私ピンチになっちゃうの?しかも、かもってなに?どうせならちゃんと効果があるやつがいいなぁ』


『まあまあ贅沢言わないで。お守り代わりに持っておいて損はないよ』


『ふーん。じゃあおにーさんからの貢物を貰っておいてあげる』


『どうもどうも。おっさんからのプレゼントなんていらないとは思うけどね』


『だからそんな歳じゃないでしょ!あ、そーだ』


『どうしたの?にやにやして』


『ピンチの時に念じること思い付いちゃった』


『そもそもピンチになるかわからないのに決めておけるようなものじゃないでしょ』


『そんなことないよ。これが本物なら一発で解決しちゃえるはずだから』


『へぇ、ちなみにどんなの?』


『えっへっへ、それはねー』



ミミは途切れそうだった意識を無理矢理覚醒させるとガラス玉を思いっきり握りしめて叫んだ。



「ジャスさん!!助けて!!」



ーーー広間を真っ白な光が埋め尽くした。


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