第33話 それは丁度良いわね
ーーー時は昨夜。ジャスがトラネコ亭を後にしてから3時間後に遡る。
「あー痛いなぁー。ホントに腹立つ!」
すっかり人通りの少なくなったルクトウの町の大通りを肩を怒らせて歩く虎柄耳の少女。
逆立った尻尾からもその怒りが伝わってくる。
八つ当たりに通りに転がる小石を蹴りあげようとしたミミはふと前方に気配を感じてそちらに視線を向けた。
そこにはよく見知った、もう会えないと思っていた女性の姿があった。
「ネル!」
「元気そうね、ミミ」
ミミは女性に駆け寄ると力一杯抱きついた。
そんなミミの頭をネルと呼ばれた女性は愛おしそうに撫でる。
しばしの間気持ちよさそうに目を細めていたミミであったが、ちらっとネルの方を見上げると疑問を口にした。
「なんでネルがここにいるの?町を出ていったと思ってたんだけど」
ミミの言葉を受けてもしばらく撫でる手を止めなかった彼女だったが、にこりと笑うとミミから離れて背を向けた。
その行動にまたネルが何処かへ行ってしまうのではないかという焦燥にかられる。
「待って!もう行っちゃうの?もう少しだけ話せない?」
何故ネルがここにいるのかはわからないが、このまままた別れてしまうともう二度と会えない、そんな予感がミミを支配していた。
呼び止められたネルがくすくすと笑みをこぼしながらゆっくりと振り返る。
「ミミは何を言っているの?私は町を出てなんていないわ。今もこの町にいるもの」
「そうなの!?私てっきり駆け落ちしちゃったと思ってたわよ」
「ごめんね。お詫びになるかわからないけど今私たちが居る場所に招待させてもらえない?」
安心からがっくりと肩の力が抜けたミミに笑いかける。
その誘いにミミはパァっと笑顔になり、ネルの腕を取って上下に振る。
「行く行く!今日とーちゃんと喧嘩したから家に帰りづらかったんだー!」
父親との喧嘩の際にまたもゲンコツを落とされた頭を掻いて照れ臭そうに笑う。
その友人の言葉にネルの目がスっと細められたことに彼女は気がつかなかった。
「そう、喧嘩ね。・・・それは丁度良いわね」
「だね!丁度良いわー!一晩お泊まりしちゃってもいい?」
「ふふ、良いわよ。一晩と言わずにね」
「流石に愛の巣に長々と居座るほどお邪魔虫になるつもりはないんだから!」
あはは、と陽気に笑いながらネルと肩を並べて町の中心部の方へ歩いていく。
なんとなく町の外れでこっそり隠れるように住んでいるのかと予想していたがそんなことはないらしい。
(やっぱり駆け落ちしなくて良くなったんだ)
そう思うと笑みが浮かんでくるのを抑えられない。
そんな顔を見られるのが恥ずかしいのでネルの少し後ろを付いて歩くミミ。
その彼女の横をすれ違った酔っぱらいが振り返って見送る。
「や~あんなに笑顔で、陽気なねーちゃんだなー」
そして手に持った酒の残りをあおると一言。
「独り言なのにすげぇ楽しそうだったな」
「特に目ぼしい情報はないか」
ルクトウの大通りから外れた路地でジャスは汗を拭った。
あまり冒険者が多くないこの町ではジャスのように外套をまとっている者は少ない。
住民は動きやすく涼しい格好で過ごすのが普通である。
ジャスは外套の中にわずかな風を魔法で発生させることで熱を逃がす。
やりすぎると汗が急速に冷えて体調を崩すので注意が必要だ。
「もう昼だし、一旦休憩するか」
路地から大通りに出て食事どころを探そうとしたところで、昨日の酒場「トラネコ亭」のすぐ近くまで来ていたことに気がつく。
昨日は夕飯をご馳走になってしまったことだし、今度はきちんとお金を払って料理を頂こう。
何を食べるか考えながらトラネコ亭の扉をくぐる。
昨日と同じように「いらっしゃーい」と言いながら元気な虎柄の猫耳娘が駆け寄ってくる、ということはなかった。
「いらっしゃい!あぁ、昨日のお客さんか!ちょっと座って待っててくれないか!」
店主はチラっとジャスの姿を確認してそう応対すると、また忙しなく調理に戻った。
昨日のようにミミが料理を運ぶのではなく、出来上がった料理をカウンターに並べ、注文した客がそれを取っていく方式に変わっていた。
邪魔にならないように空いているテーブルの一つに腰かけ、メニュー表を眺めるジャスの耳に隣のテーブルで酒を飲む常連らしき二人組の話が届いた。
「おやっさん、またミミちゃんと喧嘩したらしいぜ」
「またか。ミミちゃんもお年頃なんだからもっと気遣ってやらんと本当にどっかに出ていっちまうぞ」
「そうなったらこの店に来る目的の8割が無くなっちまうな!」
「わはは!ちげーねぇ!」
「ちょっといいか?」
陽気に飲んでいる二人組に話しかける。
急に会話に入ってきたジャスに一瞬訝しげな顔をしたが、すぐにまた気の抜けただらしない笑顔に戻る。
「どうした兄ちゃん?ナンパするなら俺らみたいな酔っ払いじゃなくてミミちゃんにしときな!」
「そうそう!でも気を付けろよ~機嫌が悪いと引っ掛かれるからな!」
「それはお前が尻触ろうとするからだろが!」
「ちげーねぇ!わっはっは!」
「そのミミちゃんのことなんだが、今日はなんで居ないんだ?」
放っておいたら延々会話が終わらないと思い強引に質問をねじ込む。
片方の男がへらへらと笑いながらジャスに向かって口を開く。
「昨日またおやっさんとミミちゃん喧嘩したらしくてな~間違いなくそのせいだろ。あの二人しょっちゅう喧嘩してるからな」
「でも昼メシ時まで顔出さないのは珍しいよな。いつもなら喧嘩しててもムスっとした顔で手伝ってるのによ」
酔っ払いの言葉にもう一人が疑問を口にし、それに対して「確かになぁ」と頷きながら二人揃って酒をあおる。
二人に礼を言って席に戻ったジャスは昨日会ったばかりの少女の姿を思い出す。
(昨日話をした感じ、簡単に店の事を放り出すような子には見えなかった。ということは若者が消える事件は本当にあって、ミミちゃんはそれに巻き込まれた・・・と?)
捜査開始二日目にして事件の一端に手をかける事が出来た可能性がある。
しかしそれはいくらなんでも。
(上手く行きすぎて怪しい。もしかしたらミミちゃんは俺と接触したから狙われたか?)
そう考えるが、正直その可能性も低い。
ジャスと接触したからといって何がどうということはない。
これが事件だと仮定して、ジャスを警戒する必要性がそもそも無いのだ。
一人、思い当たる魔人がいるにはいるが、それこそこんな事をする理由がない。
ジャスを罠にかけるのであればもっと効果的な方法はいくらでもある。
(何にせよ、只の家出だとしても知らない仲じゃないし探してみるか。本当に事件に巻き込まれていたとしたら早く助けてあげないと)
忙しそうにする店主に「また来ます」と告げる。
申し訳なさそうに頭を下げる店主にひらひらと手を振って気にしていないことをアピールして店を出て大通りを歩く。
「ミミちゃんがアレに気付いてくれたら話は早いんだけどな」
ジャスは呟きながら町の入り口へと向かうのであった。




