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第32話 良い男が台無しだよ


ブラームト領。

セドール王国の西方に位置し、領土のほぼ全てが平原という住みやすい地域である。

良い意味では穏やかで悪い意味では特筆するべきものがない地域とも言える。

自然災害からも縁遠く、産業の中心である農耕を生業にしている者が大多数を占めている。

領主のブラームト伯爵は善政をしいているようで、町を歩く住民の顔は明るく活気づいていた。

しかし、最近は体調を崩しているらしく床に伏せているらしい。


昼食時を少し過ぎた今、ジャスは領主の屋敷があるルクトウの町の酒場に来ていた。

一番生きた情報が集まるのは昔から酒場と相場が決まっている。


師匠からも情報が欲しいときは酒場!と言われよく連れてこられていた。


(あれは単に自分が飲みたかっただけではないかと思わなくもないが)


昔を懐かしみ思わず口許が緩むジャスの前に注文の品が届く。

よく冷えたエールとナッツの盛り合わせ。

ガッツリと食べても良かったが、今日は情報収集が目的のため長く店内にいる必要がある。

なのでナッツを少しずつ摘んで時間を稼ごうと言うわけだ。

単純に好物のひとつという理由もあるのだが。


「この辺りじゃ見かけないおにーさんだね。冒険者?」


客の入りが落ち着いたのか、虎柄の猫耳と尻尾をひょこひょこと動かしながら酒場の店員である少女が話しかけてきた。

この酒場の名前が「トラネコ亭」という名前であることからして、恐らく酒場の店主の娘か何かだろうとジャスはあたりをつける。


「まぁそんなものかな。正式に冒険者組合に登録はしてないからなんちゃって冒険者だけどね」


「おにーさんあまり強くなさそうだもんね~。でもこの辺は大した魔物も出なくて平和だからおにーさんでも大丈夫だよ!」


ちゃっかりとテーブルの向かい側に腰かけるとナッツをひとつパクッと口に放り込む。

嬉しそうに尻尾とポニーテールにした髪が揺れた。


「おいおい、客の食べ物に手を出すなんて随分と手癖の悪い店員さんだな」


「ケチなこと言わないの。良い男が台無しだよ?代わりにこの町のこととか教えてあげるからさ」


テーブルに頬杖をつきウィンクをする虎耳の少女。

サーナと同じくらいだろうに少し大人びて見えるのは雰囲気のせいなのか発育のせいなのか・・・。


(別にサーナちゃんも年相応ではあるんだけどな)


「今なんかエッチなこと考えてたでしょ?」


自分の体を抱きジトっとジャスを睨む少女であったが、口の端が上がっていることから冗談で言っているのが明らかであった。


「男なんていっつもエッチなこと考えてるよ。特にお酒を飲むとその傾向は更に強くなる、って俺が言わなくても君ならよく知ってそうだけどね」


「そーなのよねー。酔っぱらったおじさん達ってすぐお尻触ってくるのよ。でもまぁ、そういう不届き者はちゃんと鉄槌を下してるけどね!」


そう言うとシュッシュッと自分で言いながら虚空に向かって拳を突き出す。

中々筋はあるようで、殴られると結構痛そうに見えた。


「ところでお姉さん」


「ミミよ。おにーさんにお姉さんって呼ばれるほど歳はいってません~」


「それは失礼、俺はジャスだよ。で、ミミちゃん。早速なんだけど最近変わったことや気が付いたことって無い?」


「なんか曖昧な質問ね・・・。ん~最近ようやく畑にしろ何にしろ魔物に荒らされたものが元に戻りつつあるから皆余裕が出てきた、とか?他にはこの前出した新メニューの1つは評判が良かったけどもう1つはダメそうとか・・・。えーと、後は友達が駆け落ちで居なくなっちゃって寂しいとか?ん~・・・」


ジャスの質問に律儀に答え、更に何か無いかと腕組みをして唸るミミ。

その中のひとつ、正確には最後の出来事に興味を持ったジャスはまだ悩み続ける少女に問い掛ける。


「へぇ、ミミちゃんぐらいの歳に駆け落ちとか中々思い切った事をする子だね。そんな相手がいてオジさんは羨ましいよ」


「オジさんって歳じゃないでしょ~。んーなんだろう。何て言えば良いのかわかんないんだけど、その友達も相手の彼氏も駆け落ちするようなタイプじゃないというか、二人とも私なんかよりよっぽど大人だしさ。それに私に何も言わずに行っちゃうとか。はい、正直に言います!寂しいです!」


唐突に白状すると今度はエールに手を伸ばし、グイっと半分ぐらいを一気に飲んでしまう。

そしてナッツを2、3個放り込むとポリポリと良い音を立てて荒く息を吐く。

その姿は大人びているというよりとてもおっさん臭い。


そんな彼女の後ろにぬっと影が射した。


「お前は何やってんだ!!」


「ぎゃん!!」


もう一口エールを飲もうと手を伸ばしたミミの脳天に強烈なゲンコツを落とす店主。

そのまま頭を押さえてうずくまるミミの頭をテーブルに押し付けて焦った顔でジャスに向き直る。


「すまねえお客さん!ウチのバカ娘が失礼なことを!詫びと言っちゃなんだが好きなもん注文してくれ!」


「いやいや、若い娘さんが話し相手になってくれたんだ、全然気にしてないよ」


「とーちゃん気にしてないって・・・」


「やかましい!社交辞令ってもんを知らんのかお前は!お客さんホントすまねぇな」


しばらく謝罪を繰り返していた店主であったが、他に客が来たこととジャスが本当に気にしていないからと説得したことで渋々カウンターの奥へと戻っていった。

それを横目で見ながらミミは憮然とした表情でまた向かいの席に腰を下ろした。


「嫁入り前の娘の頭を普通あんなに思いっきり殴る?あーまだ目の前がチカチカする」


「客商売だからね。ミミちゃんもお客の品に手を出したらダメだよ」


「いつもやってるわけじゃありませーん。おにーさん以外には常連さんにしかしないもん」


ふん、とそっぽを向く猫耳少女。

喜怒哀楽のコロコロ変わる様はどこぞの看板娘を思い出すが、目の前の少女の方が少々お転婆なようだ。

最初大人っぽく感じたのはどうやら発育のせいだったらしい。


「えーと何の話してたっけ。・・・ああ、駆け落ちの話だったね。私もそんな相手ほしいなぁ。もしくは王都でお金持ちのお嫁さんとか!王都といえば勇者様も居るんだよね!あ~私も王都に行って夢をつかもうかなぁ」


「私も、って他にも王都に行った子がいるのかい?」


「いるよ~平和で田舎なこの町から出ていきたいって若者は元々そこそこ居たんだけど、最近本当に出ていく人が多いの。しかも皆急にいなくなるんだよね」


別れの挨拶くらいしてくれたら良いのに、と不機嫌そうにするミミだが何処か腑に落ちないのか複雑な表情をしている。


(町を出ていく理由はあるが、いなくなる理由はない。といったところか)


意外とすんなり今回の出来事のヒントが手に入ったことに驚きながら次の方針を考える。

現在のところ消息がわからなくなっているのは、若者で、町を出ていく理由がある者だ。

これが事件であった場合、後者については消えても周囲に違和感を与えないためであろう。

では、前者は?

人身売買、快楽殺人、生け贄、人体実験。

考えればキリがない。


(今回はブルーノさんの第六感でこの町に来たんだから、それに従うか)


つまり、魔人の仕業。

目的は何かわからないが、魔王復活の可能性もある。

しかし、それにしては規模が小さすぎるところがジャスには引っ掛かった。


(とりあえず、明日は町をウロウロしてみるか)


情報は足で探す。

酒場での情報収集と同じくらい基本の答えに行き着き、ジャスは明日の方針を決定する。

今日はこのまま「トラネコ亭」で情報収集の続きをしながら飲んで、夕飯を食べることにしよう。

そう考えながら、虎柄の耳と尻尾で感情を表す少女と他愛もない話に花を咲かせる。

いつの間にか時刻は夕暮れ時になり、酒場に客が増えてきたがそれからは特に目ぼしい情報には出会えなかった。

また、ジャスは固辞したが店主の熱意に負けて結局夕飯をご馳走になり、満腹となったところで店を後にした。

ミミの「また来てねー」という言葉が客の喧騒に消えていった。




そして、ミミは姿を消した。

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