第3話 小さな事からドラゴンのことまで
「あっはっは!シェロちゃんこっちだよー!
「ぴゅーい!」
「あまいあまい!次はこっちだー!」
「ぴゅいー!」
穏やかな風が吹く春の昼下がり。
ジャスは店の裏庭で動物とじゃれつく店員の少女を眺めていた。
先程までは鬼ごっこをしていたが今はボール遊びで動物を翻弄しているようだ。
何でも屋の裏庭は駆け回るには手狭だがそこそこの広さがある。
ジャスが一人の頃は適当に草を刈り、剣の素振りをするくらいにしか利用していなかったが、サーナが来てからは日当たりの良い場所は色とりどりの花が咲く花壇となっていた。
ちなみに店のカウンターに飾られている花はこの庭から調達したものである。
他にも天気の良い日はここで昼食をとったり、ハンモックで昼寝をしたり等、様々なことに利用されている。
それも全てサーナが環境を整えており、普段どれだけ店の仕事が暇なのかが裏庭の充実具合に現れていた。
楽しそうに戯れる一人と一匹を視界の端に入れながら深くため息をつく。
「はぁぁ~あ、ややこしいことになっちゃったなぁ」
吹き抜ける風はジャスのため息とは正反対に大変穏やかなものだった。
時は1週間前に遡る。
ジャスは王城の事務局の応接間に来ていた。
1時間ほど前、店のカウンターでサーナと落書き・・・もとい書類作成をしていたところに王城からの使いが焦った様子で店の扉を開いた。
用件は至急城に来てほしい、とのこと。
急な呼び出しに心配そうな顔をしていたサーナにいつもの軽口で安心させて留守を頼んでから用意されていた馬車に乗り今に至る。
「急な呼び出しで大変申し訳ありません」
応接間のソファに座って1分もしない内に黒髪の凛とした雰囲気の女性が入室してきた。
ブルーノ大臣の秘書であるシャルロットは普段通りの無表情ではなく隠しきれない焦燥を浮かべながらジャスに謝罪した。
「大丈夫ですよ。いつもどおり暇してましたから」
安心させるようにニコッと笑顔で答えるが、只の事実である。
師匠に昔教えてもらった○✕ゲームをサーナしていただけなのだから。
ちなみに○✕ゲームと言うのは、プレイヤー二人で9マスに○と✕を交互に書き込み、直線方向に3つ並べることが出来たら勝ちと言うゲームである。
普通にやると勝敗がつかない不毛極まりない遊びだったりもする。
「そう言って頂けると助かります。では早速ですが単刀直入に。実は2日前に北の「竜の巣」からドラゴンが数十体出現しました。付近の村の住民は全て避難しており、今のところ大きな被害は出ておりません。ですが、こんなことは初めてで・・・。「竜の巣」のドラゴンは人間に好意的なはずなのですが」
「あーなるほど。用件は「竜の巣」周辺の調査をしてくれってことですか」
ジャスの質問にシャルロットは申し訳なさそうに目を伏せて肯定する。
「はい、大変危険なことだというのは重々承知なのですが、他に依頼できる方が考えられず・・・。本来は大臣が直接お願いするのが筋なのですが、今は対応に追われておりまして」
「そうでしょうね」
普通はドラゴンが数十体出現したら国家存亡の危機だ。
ゼドール王国の軍事力であれば十中八九勝利するだろうが無傷の勝利とはいかず、国民に多数の死傷者が出るのは避けられない。
大臣はそんな不測の事態に備えて方々を駆け回っているのだろう。
はぁ、と黒髪の秘書は物憂げなため息をつきながら、
「とはいえ、事情がわからないうちから勇者を派遣してしまうのも危険です。ドラゴンたちに害意がなく、何か事情があった場合、王国の方から敵意を向けたと取られかねませんから」
今回、敵対行動と取られかねない行動を起こしたのはドラゴンの方だが、そこに先制攻撃のような手は打てない。
人間の常識とドラゴンの常識は違うのだ。
慎重なくらいで丁度いい。
そこで白羽の矢が立ったのがジャスということだった。
魔物の住処への潜入調査は実に3年ちょっと前の魔王城潜入以来である。
「わかりました。ドラゴンたちを刺激せずに事情を調べてきます。きっと大丈夫ですよ。ドラゴン達もお花見とかそういう楽しい集まりをしているだけですって」
ひらひらと手を振り冗談を言いながらジャスは席を立つ。
事情がわからない以上、早めに行動した方が良い。
ジャスの冗談にくすりと笑みを浮かべながらシャルロットも席を立ち、応接間の扉を開ける。
「人間もドラゴンも羽目を外したお花見は他人の迷惑というところは変わりませんね」
「その通りですね。じゃあちょっと酔っぱらいのドラゴンさんの事情を調べてくるとしますね」
「はい、本当にお気をつけて」
「小さな事からドラゴンのことまで。何でも屋ジャスにお任せを」
深々とお辞儀をしたシャルロットが頭をあげた時にはそこにジャスの姿はなかった。
久々に勇者も信頼する「何でも屋」が動き出した瞬間であった。
北の竜の巣は王都セドラルから馬を使って通常の行程で5日程の距離にある。
2日前の情報が来ていたということは不眠不休で早馬を走らせたか、遠距離通信の魔法を用いたかのどちらかだとジャスは考える。
(しかしこの村にそんな高度な魔法の使い手も魔導具もないだろうし、前者か。馬も人もお疲れさま)
無茶な行程で情報を届けてくれた人馬に心の中で頭を下げる。
シャルロットと別れて2時間。
既に竜の巣がある山周辺の調査を終え、山の麓付近にある最寄の村の物見櫓の上でジャスは竜の群れを見ていた。
通常では考えられない短時間での移動を可能にしたのは、ジャスの得意魔法の一つ「転移魔法」である。
世界でも使い手がいないと言われているこの魔法は勇者と魔王軍との戦いでも、奇襲や潜入、そしてそこからの離脱。他にも今回のような超遠距離移動など、様々な場面で彼らの大きな助けとなった。
しかし当然ながら制約もある。
まず魔力の消費がとんでもなく多いこと、ジャスを含め一度に二人しか転移できないこと、転移先に記録石があることである。
この村には昔訪れたことがあり、その際に村の外れの目立たないところに記録石を隠していた。
この村に限ったことではなく、ジャスは仕事や旅行などで訪れた先々に石を置いており、それの一つが今回役に立ったというわけだ。
(さて、見回った限り村にも何処にもドラゴンが暴れた形跡はない。相変わらず竜の巣の外に数十体のドラゴンの姿が見えるけど目的がわからない。遠目からだから確証はないが、何かピリピリとした緊張感のようなものが感じられる・・・か?)
櫓から遠見の魔法で麓に集まるドラゴンの群れを観察しながら思案する。
驚いたことに数十体の内、半数近くが上位竜と言われる白竜や黒龍で、更に最上位とされている古代竜が3体も見受けられた。
流石のジャスにもこれは予想外であった。
王都でも時々目撃例があったことから上位竜がいることは可能性の中に入れていたが、古代竜は頭の片隅にもなかった。
出発前は争いになった場合、十中八九王国軍が勝利すると思っていたがとんでもない。
どう贔屓目に考えても、古代竜、それも3体いるとなれば、勇者パーティが加わって漸く五分といったところだろう。
それほどまでに龍種の持つ力は強大なのである。
先の魔王との戦いでは龍種は中立の立場で人魔どちらにも積極的に関わってくることはなかったが、仮に魔王側に付いていた場合、人類の勝利はなかったと言い切れる。
しかし、幸運なことに王都近くまで焦土と化していないことから人間に対して害意は今のところはないらしい。
「あーわからん!あんな所に集まって何やってんだ?特に何かあるってわけでもないし」
観察を続けながら頭をかく。
ドラゴンを神と崇める、竜の巣に最も近いこの村の人間でさえ、あれだけのドラゴンの群れを見たことがないらしい。
まさに異常事態だ。
しばらく唸っていたジャスだったが、「あ”あ”!」と濁った声をあげると、
「考えてもわからんから直接聞く!」
とドラゴンの群れに向かうことにした。
怒らせないように、刺激しないように、それだけは気を付けようと固く誓いながら。
お読み頂きありがとうございます。
評価をつけて頂けると、ものすごい活力になるのでよろしければひと手間お願いします。




