第26話 確かな味わい
ちょっと今回長いです。
シーマ海岸沖の魔人騒動から10日が経った。
結局、魔法大国ルーフェンにある魔導師組合本部から戻ったチェルロッテはリオンと相談した結果、その翌日には二人で王都セドラルに戻ることにした。
事件が事件なのでゆっくりしている場合ではないと考え、休み返上でセドール王国の上層部に報告。
今後の対応については近い内に世界会合を開き、そこで決定することになるだろうとのこと。
といっても、見回りの強化、魔法探査器を用いた捜査を行うくらいしか出来ないだろうというのはチェルロッテの言葉。
魔導師組合の方で現状のものよりもっと魔力の探査精度が高い魔法器を作成するように指示したとも。
魔王が討伐されて3年。
平和をようやく実感し始めたティルムンドに不穏な空気が流れ始めるには十分な一件となった。
「今日から暦どおりだな」
10日間の休みが開けて、1年の後半が始まった。
今日は「光曜日」のため世間はまだ休みが続いているが、ジャスの何でも屋は不定休のため、店を開けている。
決して休んでいてもやることがないからではない。
決して10日間の内、出掛けたのは最初の二日間だけで後はゴロゴロ寝ていたからではない。
決してそうではないのだ。
(とりあえず店の換気でもするか)
やることがないけど仕事はしたくない。
ということで休みの間は店の方には足を運ばなかったため、少々埃が積もっているような気がする。
さて、と店の入り口の扉を開けようと2階から降りて扉に向かうジャスの背後で勢いよく裏口の扉が開く音がした。
「パパ~!会いたかったよ~!!」
それと同時に妙に甘えた声と恐らく抱きついてきたのであろう衝撃が背後からジャスを襲った。
ふわりと良い香りとさらりと虹色を彷彿とさせる神秘的な髪が広がった。
そして大変女性的な柔らかい予想外な感触を背中に感じたジャスは慌てて後ろを振り向こうとするが、がっしりと腰に腕を回して抱き締められており上手くいかない。
「おい!お前ローラルダだろ!」
姿は見えないが見事な柔らかさが腰の辺りに感じられる。
「違うよぉ~パパぁ~シェロはシェロだよぉ~?」
「気色悪い喋り方するな!シェロはそんなにアホっぽくないだろ!」
ジャスが抗議の声をあげると快活な笑い声と共に回されていた腕が離れていく。
振り替えるとそこには片手を腰に当て、不敵な笑みを浮かべながら仁王立ちをしている古代竜の女王の姿があった。
「アホとは相変わらず失礼な奴じゃの」
言葉の内容とは裏腹に楽しげな声音のローラルダはそっとジャスの頬に触れると満足そうに頷いた。
「うむうむ、息災のようで何よりじゃ」
「何を大袈裟な。今までだって10日位会わないことだってあっただろ?」
古代竜の面々と出会ったのが今から3ヶ月ほど前。
彼女達も毎日遊びに来ているわけではなく、特に女王であるローラルダは長い時には半月ほど姿を見せないこともあった。
「はぁ。汝は女心がわかっておらんのぅ。会わない10日と会えない10日では天地の差じゃ」
「そんなもんかねぇ」
「そんなもんじゃ」
ふっと軽く笑うとジャスにしなだれかかる。
出会ったばかりの頃に比べると距離感がやたらと近くなっており、ジャスとしては気が気じゃない状況となっている。
「と、ところで他の皆はどうしたんだ?さっきのローラじゃないがシェロが真っ先に来ると思ってたんだけど」
不自然にならないように気を付けながらローラルダの肩をゆっくり押して距離を取ろうとする。
柔らかなほっそりとした華奢な肩の感触がジャスの心を余計に乱した。
それを気にした様子もなく、ローラルダは視線を裏口の方へ向ける。
「ん~そうじゃな。そろそろ来る頃合いでーー」
「やっぱりいたー!!」
今度は大きな音をたてて裏口の扉が開かれ、それに負けない大きな声が響いた。
その幼い声の主は眉間にシワを寄せて何やらお怒りのご様子である。
「みんなで行こうって昨日言ってたのに!お母さんのズル!」
ぷりぷりと怒りながら足音荒く近付くと母親とジャスの間にするりと体を割り込ませるとジャスの腕に思いきり抱きついた。
「パパ久しぶり!会いたかったー!」
先程似たような台詞を聞いたような気がして思わず苦笑しながら小さな頭を撫でる。
さらさらと流れる髪がまるで音をたてているのではないかと錯覚する。
「シェロも元気そうだな。皆で行った用事ってのは楽しかったか?」
古代竜の面々は10日間の休息期間に誕生したばかりのシェロの顔見せのため、何処かへ行っていたらしい。
行く前から不機嫌気味だったシェロだったが答えはやはり。
「つまらなかった。退屈だった。みんなペタペタ触ってくるし。怒ったらかわいいとか言われるし。お母さんも一緒になって笑ってるし」
どよんと疲れた目をして当時を思い出す。
昔、師匠に聞いた「ショウガツ」の親戚の集まりに似ている状況だと苦笑するジャス。
ジャス自身は身寄りがないためそういった経験をしたことはないのだが。
大変だったな、ともう一度頭を撫でるとシェロはくすぐったそうに目を細めた。
「絶世の美女と美少女に囲まれるなんて一生分の運を使い果たしちまうぞー」
「ちゃっす」
「お姉ちゃんその挨拶はどうかと」
そろそろと裏口から3人の美男美女が入室してくる。
店内がジャス一人の時とは比べ物にならないほどに明るく煌びやかな雰囲気へと変わった。
「これ、お土産」
ララミーナがそっとカウンターの上に平べったい箱をことりと置く。
その箱には文字が書かれており、そこには、
「え、『かみさまんじゅう 各種曜日7つの味 28個入り』・・・ってなんだこれ!?こんなの見たことないぞ!何処に行ってたんだよ!」
「ふふり。ララは、無属性を推す。プレーンだけど、確かな味わい」
うっとりと目を瞑り、暖かな緑茶を飲むような仕草をするお団子頭。
どうやら他の曜日はそれぞれの色にちなんだ味になっているようだ。
マイペースな姉を見て軽く嘆息しつつルルエンティが口を挟む。
「申し訳ないのだけどそれは言えないの。私達も色々あってね。ごめんなさい」
頭を下げるルルエンティにジャスは慌てる。
「あ~いや別に本気で聞いた訳じゃないから良いって。あぁそうだ。そういえばルルエンティに言いたいことがあったんだ」
「私に?何かしら」
首を傾げるルルエンティの前のテーブルに腰のベルトに止めていた対の短刀を置く。
それを見た途端先程までとはうってかわって彼女の顔がみるみる真っ赤に染まっていく。
「む?それがルルが送ったという例の短刀じゃな。中々な業物であるな」
「ど、ど、どうしてそれを取り出すのかしら?」
「あぁ、ちょっと休みの間にゴタゴタがあってさ。この短刀を使わせてもらったんだけど、いや~ホントすごいなこれ!まるで自分の一部かのように扱いやすいし、切れ味もとんでもないし、しかも魔法の補助までしてくれるしで最高だったぞ。だから改めてお礼を言っておこうと思ってさ」
ありがとな、と礼を述べられると更に顔を赤くして視線がぐるぐると定まらなくなる。
冷静な印象のある彼女の珍しい姿にジャスは眉を潜める。
「どうしたんだ?」
「へ!?いえ、な、なんでもないわ!そ、そ、そんなことより今日はサーナさんは?」
「お?そういや嬢ちゃんの姿を見ないな」
これ以上短刀の話をされては身が持たないと判断したルルエンティは先ほどから姿が見えない看板娘へと話を逸らし、それにダリウスが乗っかる。
その姿を姉のララミーナが楽しんでいたのは言うまでもない。
「今日はサーナちゃんは休みだよ。一昨日まで家族旅行に行ってたみたいだからゆっくりしときなーってね」
昨日お土産をわざわざ渡しに来てくれたときにそれを伝えている。
今回に限らず出来れば週始めの2日間は、店に出てこないで家族と一緒に過ごしてほしいといつもジャス考えているのだが。
「サーナいないんだー。一緒に遊ぼうと思ってたのに残念」
「シェロはあの娘のことを本当に気に入っておるのぅ」
ジャスの腕に抱きついたまま頬を膨らませる我が子の頬をつつく。
ぷしゅと可愛らしい音をたてて空気が口から漏れる。
「サーナはお友達だからね。パパの次に好き!」
その瞬間ローラルダが雷に打たれたかのような衝撃を受けたように見えた。
しかし彼女はなんとか平静を装い、先程の発言をしたシェロの方に向き直る。
「しぇ、シェロよ。その次は?その次は誰が好きなのじゃ?」
母からの質問に一瞬怪訝そうな顔をしたが、
「え~次~?ん~ララとルルとダリウス!」
笑顔で答えるシェロに名前を呼ばれ嬉しそうに微笑む3人。
そしてそれとは正反対にこの世の終わりのような表情をしているローラルダは辛うじて口を開くことに成功した。
「わ、妾は?妾の名が出ておらん・・・」
ふるふると震えながらジャスの腕に絡まるシェロへと手を伸ばす。
その姿に鬼気迫るものを感じ、ジャスはぶるっと身を震わせた。
そんな事は露知らず、子竜は当たり前のように答えた。
「お母さん?お母さんはパパと同じくらい好きだよー」
「あああんシェロぉ!!」
物凄い勢いでジャスの腕ごと我が子を抱き締めるローラルダ。
その目にははっきりと喜びの涙が浮かんでいた。
「いたい、いたいよ~お母さん」
「イダダダダダ!腕!腕がもげる!!俺を巻き込むな!!」
暖かい母子の営みに巻き込まれ、ただの人間であるジャスの腕がぷちりと取れそうなタイミングで店のドアを軽くノックする音が響いた。
そしてそっと扉が開くと苦笑いしながらサーナが店に入ってきた。
「やっぱり皆さん来てましたね。店長、叫び声が店の前まで聞こえてましたよ?」
「腕がちぎれそうになったら大概の人間は叫ぶと思うよ!」
痛い目にあった挙げ句、注意される形になったジャスは抗議の声をあげる。
ぼそっとダリウスが「大概の括りに入ってるつもりなのか」と呆れたように呟いていた。
ちなみに腕はちぎれる前になんとか引き抜くことが出来た。
「サーナ久しぶり!それ、なに持ってるの?」
シェロは友達の少女に抱きつこうとしたが、サーナが何かを抱えていたため思いとどまった。
かわりに近くに駆け寄るとくんくんと鼻を鳴らして「良い匂い~」とうっとりと表情が綻ぶ。
「今日は私はお客さんだから依頼に来たんだよ~」
シェロに笑いかけながら両手で抱えていた大きなバスケットをテーブルの上に置く。
シェロの言うとおり甘い良い香りが全員の鼻孔をくすぐった。
「はい、私からの依頼はさっき焼いてきたこのパイを皆で食べてもらうことです!」
バサっとかけていた布を取り払うと美味しそうな香りが部屋中へと広がった。
パイ生地にカスタードや赤い小さなベリーが色鮮やかに散りばめられた可愛いフルーツパイが姿を現した。
「ほぉぉ、これは中々見事なものじゃな。その依頼、妾が受けてしんぜよう」
パイに手を伸ばそうとするローラルダからひょいっとバスケットを取り上げたルルエンティは呆れたような顔で苦言を呈する。
「そんなことしたらお嬢様に嫌われますよ?ちゃんと皆で分けましょう」
「ルル、早く。楽しみ」
「わたしサーナの横に座るー!」
「実はオレこういうの食べたことないんだよな~楽しみだぜ」
「お前ら落ち着け。とりあえず椅子が足りないから上から持ってくる」
「あ、じゃあ私今のうちに紅茶淹れますね」
バタバタ。
ガヤガヤ。
休息期間があけて1日目からこの騒ぎ。
1年の後半は賑やかなスタートを切ることとなった。
(ま、こういうのも悪くないな)
サーナが作ったパイは大変好評で、依頼のお代としてまた今度も作ってくることをみんなに約束させられていた。




