第2話 薬草採取に行こう
王都セドラルの北東側、北中央通りと東中央通りに挟まれた区画の第2環状通りの少し北。
どちらかというと街の外れにジャスは何でも屋を開いている。
今日も常連の鳥がやって来てはさえずっている。名前はカンコというらしい。
「店長、またバカな事考えてるでしょう」
店先の掃除をして来たのだろう、箒を片手に活発そうな赤髪少女のサーナが嘆息する。
何でも屋の看板娘であり、唯一の店員であり、ジャスの暇潰しのおもちゃであり、近所で人気の娘だ。
先月15歳になったばかりのピチピチの新成人である彼女の住まいは同じく北東区画にあり、店から徒歩で20分ほどの距離に両親と弟の家族4人で暮らしている。
1年と少し前にジャスと出会い、そこで色々あった結果何でも屋で働くことになった。
正直、給料は安いし、暇だし、もっとやりがいある所で働いてほしいとジャスは常々考えており、それを彼女に伝えたこともあるのだが、いつも返ってくる答えは、
『好きでやっていますから』
であった。
そう言われてしまってはそれ以上言うのは躊躇われた。
ジャス自身似たようなことを大臣含め色々な者に言われてきているのだから。
変なところで頑固な似た者同士の二人なのであった。
「お掃除ご苦労さん。もう少ししたらお昼にしようと思うんだけどサーナちゃんはどうする?」
家が近い彼女は昼に帰宅して昼食をとることも珍しくない。
ん~と箒を胸に抱きながら中空に視線を漂わせる。
「そうだなぁ今日は一旦帰ろうかな。またすぐに来ますね」
箒を片付けてエプロンを脱ぐといつものハンガーにかけて振り返る。
ちなみにこのエプロンはサーナの自作であり、メイドさんをイメージした少しフリルが入ったデザインになっている。
「すぐじゃなくていいよ。ゆっくりしておいで」
「いえいえ、それだと店長が寂しがってしまいますから。あ、ちゃんとお昼食べてくださいよ?」
「了解。適当にブラついて決めてくるとするよ」
「いいお店見つかったら教えてくださいね!」
にこにことおねだりしてくる少女に苦笑混じりに承諾の意を伝える。
しかし実際においしいお店を見つけてくるのはジャスよりサーナの方が得意であった。
(いつも教えてもらってばかりだし、たまには俺もいいお店発掘しないとな)
雑談を少しした後、帰宅していった彼女に続きジャスも店を出る。
昼時ということで人通りは少し多い。
といっても、中央通りに比べたら少ないものだが。
(さて、何にするかな。店に入ってゆっくりといった気分でもないし、バーガーにするか)
いいお店を発掘するのはまた今度にしよう。
ぶらぶらと歩く内に面倒くささが勝ってしまったジャスであった。
ちなみにバーガーというはパン生地の間に特製のタレがかかった肉やら野菜やらを挟むだけという簡易な料理だ。
ジャスの幼少の頃から流行りだした庶民向けの料理で、今や何処の街でも何店舗も専門店があるほどの人気となっている。
食にそこまで関心がないジャスにとってもバーガーはお手軽で、しかしガッツリと食べられる料理として評価が高い。
(師匠いわく異世界の料理が発祥らしい…けど)
今はどこで何をしているのか、生きているかもわからない育ての親でもある師匠の言葉を思い出す。
そして話を聞いた当時と全く同じ感想を抱く。
(誰でも思い付くでしょ)
完成品を見てからなら誰でも思い付きそうに見えるものでも、無から思い付くかといえばそう簡単な話ではない。
ジャスもそれは理解しているが、師匠の荒唐無稽でありながら本当だった他の話に比べたら。
(なんか適当に思い付きで言われた気がして仕方がないんだよなぁ)
いつも適当なことを言われてはからかわれていた幼少期を思い出す。
なんでもジャスは捨て子だった、らしい。
らしい、というのは物心ついた頃には既に師匠と一緒に暮らしていたからだ。
だから親といえば師匠しか知らない。産みの親に会いたいと思ったこともない。
師匠からはそれこそ生きる術を「死ぬほど」叩き込まれた。
生きるために死ぬ思いをするという矛盾の生活をずっと続けてきたおかげで今のジャスがある。
そこはありがたいと思っているが、楽しい生活だったとは全く思わない。
昔を思いだし、軽く身を震わせたジャスの目に見知った老婆の姿が映った。
人を避け、老婆に駆け寄ると声をかける。
「よっ。真っ昼間から婆ちゃんが外に出てるとか珍しいじゃないか」
「おぉ、ジャスじゃないか。これまた丁度いいところに来たねぇ」
薬屋のロロイ婆さん。
それが老婆の名前だった。
老婆というが背筋はピンと伸びており、その活力ある表情からも70歳を越えた女性には見えない。
しかも薬師としての腕もピカ一で、体調が悪いときは医者よりロロイというのがこの近所での常識だ。
「丁度いいって何か困り事でもあるのかい?」
「そりゃもう困った困った、大困りさ。うちのおとうちゃんが腰をやっちゃってねぇ。薬草が手に入らないのさ」
はぁ、とため息をつきつつ「もういい歳だからねぇ」と首を振る。
ロロイのいうおとうちゃんというのは、彼女の夫で元冒険者の男性で名はランドという。
今でこそ妻の手伝いのために薬草採取に専念しているが、若い頃はそこそこ優秀な冒険者だったとジャスは聞いている。
「それで冒険者組合にでも依頼を出しに行こうとしたところにお前さんが来たってわけさ。お前さんは若いくせに薬草を見分けられるから安心して頼める!ということでちゃっちゃと採ってきておくれ」
はっはっは、と愉快そうに笑うロロイを見て思わず苦笑する。
3年ほど前にロロイの依頼を受けてからジャスはこの老夫婦に気に入られていた。
素人では考えられないほどの正確性及び採取速度だったからだが、これも育ての親から叩き込まれた知識及び経験によるものなのは言うまでもない。
「おいおい、まだ受けるなんて言ってないだろ?それに若いってのは無理がある」
「アタシの半分も生きてないひよっこが生意気言うねぇ。どうせ暇なんだろ?小遣い稼ぎに行っといで。1本銅貨1枚だよ」
銅貨100枚で銀貨1枚。銀貨100枚で金貨1枚。
薬草100本採取すると1日分の稼ぎとしては申し分ない。
悪くはない依頼ではある。
「わかったわかった。俺も忙しいけどその依頼受けてやるよ。採ってくるのは天気草の5種類で良いんだよな?」
天気草というのはロロイがよく使う薬草で、「晴れ」「雨」「曇り」「雷」「雪」の5種類ある。
正式名称はちゃんとあるのだが、覚えやすいのと伝えやすいという理由からロロイが名付けたと聞いている。
入手難度は晴れが一番簡単で、後者になるほど難しく、雪に至ってはほとんど見かけない。
「最初から素直に受けとけばいいんだよ。あぁそうだ。雪を採ってきたら特別に銀貨1枚やるよ」
「安っ!普通銀貨15枚はするぞ!」
「そこはお得意さん価格ってやつさ。はっはっは」
「納得いかねー。で、いつまでにどのくらいだ?」
「ん~そうだねぇ、在庫が心許ないから3日以内に200本。薬草の内訳は自然体でいいさ。結局それで大体丁度よくなるからね」
「承った。出来るだけ早く持っていくようにする」
「はいはい、そんじゃ頼んだよ」
ひらひらと手を降りながら去っていく老婆を見送り、帰路につく。
薬草採取の依頼は半年ぶりになる。
前回はロロイとは別の薬師からの依頼だった。
薬師にとって薬草というのは最も大事な商売道具であるため、決まった人間に薬草の調達を頼むのが基本となっている。
信用問題というのもあるが、薬草というのは中々見分けがつかず、素人の採取してきたものが只の雑草や毒を持っているものであったりすることも多々ある。
結果、採ってきたものがほぼ使えず薬師は薬草が手に入らない、採取した人間も報酬がもらえないという誰も得をしない事態になることもあり、薬草を見分けられる何でも屋であるジャスの元には時々ではあるが薬草採取の依頼が舞い込むのであった。
「サーナちゃん、薬草採取に行こう」
昼食を取り、何でも屋の扉を開けた同時に雇い主に声をかけられサーナは硬直してしまう。
あまりに仕事が暇すぎてまた変なことを思い付いたのではないかと訝しげな視線をジャスに向ける。
この辺りに普段からの信頼関係が出ているなぁとジャスはついつい苦笑してしまう。
「大丈夫。ロロイ婆さんからの仕事だよ。爺さんが腰を痛めちゃって薬草入手に難儀してるんだってさ」
「あ~なるほど、そういうことでしたか。それは大変ですね、いいですよ行きましょう!どうせお客さんも来ないですしね」
そう言うとそそくさとリュック等の準備をしに店の奥に向かう。
飲みこみの早さは彼女の利点の一つである。
「どうせって・・・。酷いなぁ」
後頭部をぽりぽりとばつが悪そうに掻きながらジャスも用意を開始する。
店の扉にかける札の準備も忘れない。
「店長~準備できましたよ~」
大きめのリュックを背負ったサーナが奥から駆け寄ってきた。
彼女の事だから問題ないと思うが一応ジャスは確認をする。
「薬草を縛るための紐や、スコップ、それに飲み物に軽食の用意は?」
「ふっふっふ、バッチリですよ!今日はクッキーも持っていくつもりです!」
いえい、とVサイン。
「よしよし、それじゃあ行くとしましょうか。今日明日で200本!採取量が少なかった方は罰ゲームね」
「えええええ!?ずるいですよ!店長!」
「じゃあ出発ー!!」
「あ!!待ってくださいよ店長!!」
「勝負はもう始まっているのだよ、サーナ君!」
「くぅぅ!!って嘘!?店長走るの速すぎっ!」
騒がしい二人が出ていった後の店には静寂が戻ってくる。
次に何でも屋に活気が戻ってくるのは数時間後か。
扉にかけられた木製の札が風に吹かれてカラカラと音をたてた。
<ただ今留守にしています。ご用件の方はポストにご用件を。 店長ジャス>
今日は春の晴天。
暑くなるのはもう少し先になりそうだ。
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