第15話 先生質問です!
「雨、結構降ってますね~」
モップの柄の先に顎を乗せ、窓の外を眺めるサーナ。
窓に当たる雨水で屈折した町並みはいつもと違う風景のように見えた。
彼女が出勤して間もない内から聞こえだしていた雨音は昼前から本格的なものとなっていた。
空の暗さからして通り雨というわけでもないようだ。
「今日はやみそうにないね」
整理していた書類を机の脇に置き、サーナの横に並ぶと歪んだ町並みを眺める。
「ですねー」
二人並んで窓から空を見上げる。
昼過ぎだというのに暗い灰色の空からは、何処にそれだけ貯めていたのかと聞きたくなるような量の水が止めどなく降り注いでいた。
はぁ、とサーナはため息をつくと、
「いつも思うんですけど、雨って降るときは無限かと思うほど降るのに、降らないときは全然じゃないですか?もっと水の精霊も計画性のある降らし方をしてくれたらいいのになぁ」
彼女の実も蓋もない言葉に笑みを浮かべる。
「基本的に精霊は気まぐれだからね。それに自然ってのはそういうもんだよ」
窓に背を向けるとカウンターにある指定席にどっかりと座り背もたれに体重を預ける。
昼食を食べてから1時間ちょっと。
一番眠くなってくるタイミングだ。
ジャスは大きくあくびをすると、ボサッとした黒髪をガシガシとかいて伸びをする。
書類の整理はまた今度で良い。
サーナも日常モードだし怒られないだろうと踏む。
「でもこの子はいつも部屋を照らしてくれてますよ?」
窓から離れ、店の中程でサーナは天井付近から部屋内を柔らかく照らす光の玉を指差した。
彼女の指す方に視線をやるとジャスはふふっと笑みを浮かべた。
「そいつは精霊じゃなくて俺の魔法だよ」
「え?そうなんですか?私ずっと精霊だと思ってました」
1年も勘違いしてたの?とサーナは赤くなる。
ジャスが指先を赤くなっている彼女に向けると光がサーナの頭上に移動する。
そして今度は指先をくるくるっとするとそれに連動して光の玉はサーナの周りを踊るように動いた。
赤い顔をして光を見ていたが彼女だが、次第に笑みを浮かべると、
「あはは、面白いですね!」
よっ、はっ、と光を捕まえようとする。
その姿はまるで子猫のようであった。
猫娘の攻撃を器用に避けていく光の玉であったが、ついにサーナの両手がそれを捕まえた。
と、思ったら光が彼女の頭上に再度点灯し、再び天井付近へと戻っていく。
その光を視線で追いながらジャスに質問を投げ掛ける。
「そういえば聞いたことあるんですけど、中央通りの街灯って精霊の光なんですよね?」
両親や近所の人がそんなことを言っていた気がするが、正直自信がない。
魔法や精霊術の素人であるサーナのような一般人からすると、それが魔法なのか精霊なのかは判別がつかない。
どちらも便利だなぁ位の認識だ。
「正解。あれは王国の精霊術士が契約してる光の精霊だよ」
季節毎の日照時間に応じて精霊の明かりが照らされる時間も変わっている。
なかなか優秀な精霊術士である。
サーナはカウンターの向かいに腰かけると、ふむふむと頷いたあとに「はい」と手をあげた。
「それって魔法じゃダメなんですか?」
どうやら今日のサーナはジャスの生徒になるらしい。
「ダメじゃないけど難しいね。さて、何故でしょう?」
それならきちんと先生をしてあげようと講義を開始する。
サーナはえぇ~?と唸ると天井の光を見つめる。
光は程良い明るさで薄暗い筈の室内を照らし続けていた。
それは外からの光量にあわせてちょうど良い明るさを一定に保ち続けていた。
「あ、制御が難しい、とか?」
「おお~良いところ突くね。大体正解」
ジャスは拍手をすると天井の光の玉を消した。
そして今度は数十個の小さな光を出現させると、それぞれの明るさを調節し、室内の明るさを先程と同じくらいに保つ。
「っと、これくらいかな?今この玉を50個出して明るさを調節してるんだけど、結構大変なんだよね。サーナちゃんにもわかるイメージとしてはお盆の上に水を入れたグラスを50個載せて溢れないようにバランスを取ってるって感じかな」
50個の光は室内に等間隔に整列して並んでいく。
「中央通りは東西南北合わせて数百本は街灯があるよね。それを朝になるまでずっと同じ明るさで保つのは大変、ということで」
パチンと指を鳴らすと50個の光は1つになり、また室内を優しく照らす照明となった。
その一連の動きに「お~」と感心した声を上げながらもサーナは続く言葉を口にした。
「精霊にお願いしてるってことですか?」
「そうそう、大正解。街灯の数が多いし、毎日何時間も照らし続ける必要があるから街灯専門の精霊術士が雇われてるって話さ」
精霊に頼るため、ランプのように油が必要なく、灯具のメンテナンスも必要ない。
専属の精霊術士が確保さえできればインフラのコストを大きく抑えられる。
小国では難しいかもしれないが、セドール王国のような大国となれば極々一般的な話であった。
「先生質問です!精霊ってなんで精霊術士の言うことを聞いてくれるんですか?」
もっともな疑問である。
先程の街灯の件でもそうだが、一見精霊になんのメリットもない。
毎日毎日、夜が明けるまで光を放つだけである。しかも数百ヶ所で。
「ん~まず前提から話をすると、精霊術士と精霊ってのは持ちつ持たれつの関係ってのは知ってる?術士が精霊に色々お願いして、今の例えだと街灯の明かりになってほしいだね、精霊が術士に対して見返りを求める。その見返りも色々あって、術士の魔力が欲しいとか、美味しいものが食べたいとか、変なのだと面白い話をして欲しい、とかね」
「え?そんなのでいいんですか?なんていうか労働に対して釣り合いがとれていないというか・・・」
「人間と精霊の価値観は全然違うからねぇ。それに精霊の好みによって対価もまた変わってくるしね」
術士のことを大変気に入った場合、対価を求めない場合もある。
そこまで精霊に好かれることは滅多にないが。
少なくともジャスの知っている者の中には存在していない。
「はいはい!次の質問です!」
元気よく挙手をするサーナ。
にこにことしている彼女の回りだけは雨による不快な湿度も感じられない気がしてくる。
「はい、ではサーナくん」
「店長、じゃない先生はなんで精霊術を使わないんですか?」
わざわざ言い直して赤髪の生徒は疑問に思ったことを口にする。
光量の制御が面倒ならこの室内の光も精霊に頼った方が良いんじゃないの?とサーナは考えたわけだ。
そもそもランプを使えば良いのだが、それを言っては話が始まらない。
「使わないんじゃなくて使えない、が正解だね。俺は精霊と契約して貰えないんだよ。俺だけに限らず魔法を使う者は精霊と契約が出来ないんだ」
ジャスは視線をサーナの頭上に移すと、その視線の先に小さな火の玉、水の玉を発生させる。
突然現れたその二つに「わわっ」とサーナが椅子から飛び降りた。
そんな彼女を見てジャスは満足げに笑って、
「そう、まさにソレだよサーナちゃん。精霊にとって魔法というのは自分と同じような現象を突然発生させるものなのさ。自分達の力とは関係なくね。だから驚いてしまうし、なにより『気にくわない』」
「なるほど。ということは精霊術士の方は魔法が使えないんですね」
ちょっと恥ずかしそうにしながら再度椅子に座る。
頭上に浮かぶ熱を持った火の玉に髪を焼かれないか少し心配だったが、ジャスがそんなミスをするわけがないと思い直す。
「そういうこと。でもね、精霊術は魔法に比べて長時間効果を持続するのが得意なんだよ」
魔法は常に魔力を消費する。
瞬間的に効果を発揮するのは得意だが、街灯のような持続を求められることには向かない。
「だから魔法と精霊術のどちらが良いというのは一概には言い切れない。求められるものが全然違うからね。でも冒険者とか戦闘を視野に入れるなら断然魔法の方が有利だけどね」
パンっと両手を叩いて火と水の玉を消す。
実はジャスがさっきから何気なくやっている魔法の玉の動きは、とんでもなく繊細な魔力の制御によるものであることを魔法の知識がないサーナにはわからなかった。
魔法が少しでも使えるものがこの場にいたら大抵の者は自身の未熟さに打ちひしがれていたことであろう。
そうとは露知らずサーナはぐぃ~と伸びをするとにこやかに笑う。
「今日は勉強になりました!今度は魔法を教えてくださいね」
「いやぁ、サーナちゃんには精霊術の方が向いてるんじゃないかな?」
「え?そうなんですか?」
「うん。何せサーナちゃんは」
ジャスは立ち上がり真剣な顔でサーナの顔を覗き込む。
突然の急接近に火の玉は既に消えているにも関わらず彼女の頬は一瞬にして熱を持った。
え?え?とオロオロし始めたサーナに今度はとてつもなく意地悪な笑みを向けて、
「イタズラ好きな精霊に気に入られそうだからね!」
そう告げた。
ぽかんと呆けていたサーナであったが、からかわれた事を理解すると今度は先程と違う理由から顔を真っ赤にしてジャスに怒鳴り付けた。
「店長よりイタズラ好きなんていませんよ!店長のばかー!!」
ざーっと雨は降り続ける。
久々に二人しか居ない何でも屋は静かで賑やかな時が流れていく。
それからも二人で他愛もない話で盛り上がった。
時に笑い、時に怒り、時に感心し、改めて尊敬し。
たまにはこんな日もいいな。
今日は雨に感謝してあげる。
雨はその日の夜更けまで降り続いた。
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