第11話 改めてすごいんだな
「ちょっといいかしら」
春の終わりの昼下がり、少々前にシェロとララミーナが竜の巣へ帰っていった後、ルルエンティが店のカウンターで昼寝・・・ではなく考え事をしていたジャスに声をかけた。
今日はもう古代竜関係の者と話すことはないと思っていたジャスは少し驚いたような表情で応えた。
「いいよ。今日はちょうど時間がありそうだしな」
椅子の背もたれに預けていた体重を元に戻し、カウンターの反対側に立つルルエンティを見上げる。
古代竜の彼女は、ふぅと軽く息を吐くと店内を見回した。
裏庭が見える窓からは花壇の手入れをしているサーナの姿を確認することが出来た。
「私は、今日「も」だと思うのだけど?」
「今日「は」にしてもらえると精神衛生上良い傾向が見られるぞ、主に俺の」
「ふふ、じゃあそういうことにしておきましょう」
ルルエンティは柔らかく微笑むと、
「それで、少しの間でいいのだけど付き合ってもらえないかしら」
「構わないけど、今からか?」
ジャスの言葉に頷き、ルルエンティは「ダメかしら?」とほんの少しだけ不安そうにする。
古代竜の面々とすったもんだの末、知り合い関係になってから約1ヶ月と半分。
古代竜の親子に、双子の姉、それにダリウスからは大なり小なりワガママや頼み事を言われたことはあったが、ルルエンティに何か頼まれたのは初めてのことだった。
(いや、初対面のときにとんでもないことを頼まれていたな・・・)
むしろその頼み事のお陰で、ジャスの生活が大きく変わったのだった。
しかし彼女からこんな話を持ちかけてくるのは珍しいことに変わりがないのも事実である。
「わかった。準備するからちょっと待っててくれるか」
いつものことながら予定がなかったジャスは裏庭のサーナに出掛けてくる旨を伝えて外出用の服に着替えるため退室しようとして、ふと立ち止まった。
用意するにしても何処に行くのかを聞いていなかったからである。
ちょっとそこまで行く程度なら別に今の格好でも良いし、魔物が出るような所だとそれなりの準備が必要だ。
「なぁ、聞き忘れてたけど何処に行くんだ?」
カウンターの向かいの側の椅子に背筋を伸ばした綺麗な姿勢で座っているルルエンティに確認する。
「ごめんなさい、言い忘れていたわね。付き合ってほしいのはガルラガよ」
ドワーフ王国ガルラガ。
国民のほとんどがドワーフ族で、鉱石の採掘、武具の製作や鍛冶が主な産業となっている。
場所は王都ゼドラルから北へ数千キロ行ったところにある。
「なんか今までの常識が大きく書き換えられていく気がするよ」
ジャスとルルエンティの二人が店を出てから約2時間後。
二人はガルラガのとある場所に来ていた。
この周辺の族長であるトーリという名のドワーフの工房前の広場である。
ドワーフの国は王国の名前であるガルラガ以外に集落毎に決まった名がなく、それぞれの族長の名前の集落と呼ばれている。
つまり今来ている場所は、「ガルラガ王国のトーリの集落のトーリの工房前の広場」ということになる。
「それを言うと、私達の方が貴方に色々と常識を変えられているわよ」
たったの2時間で途方もない距離を移動した事に対して皮肉混じりの感想を述べるジャスに同じく皮肉混じりに応えるルルエンティ。
彼女の飛行速度はダリウスを越えていた。
速度は速いし、高度は高い。
いつの間にやら大海を越えて別の大陸まで来てしまっていた。
「で、なんか立派な工房だけど、ここに用事?」
ドワーフの工房はこじんまりとしたものが多いが、この工房は結構大きい。
煙突は3本もあり、どの煙突からも煙が立ち上っている。
工房の横には石炭がうず高く積まれており、今も若いドワーフがせっせと工房に運び込んでいる姿が見受けられる。
「そうよ。ちょっと依頼しているものがあるの」
ルルエンティが質問に答えるのとほぼ同時に工房の重そうな扉が大きな音をたてて開かれた。
そして中からは背が低いがたっぷり髭を蓄えたドワーフが転がるように駆け出してきた。
「これはこれはルルエンティ様!いつもながらお美しい!さぁこんな暑苦しいところではなく、こちらへ」
「気を遣わせてしまいましたね」
「いや!いやいや!全くそんなことはないですよ。ささ、お連れ様も」
そう言うとドワーフは石炭が積まれているのとは逆側に建てられている家へ向かう。
恐らくそこがトーリというこのドワーフの居住空間なのだろう。
(しかし、ドワーフの、しかも族長がこんなに腰が低いのなんて初めて見たな)
ドワーフというのは気難しい職人気質の者が多く、割と誰に対してもぶっきらぼうだ。
更にあまり上下関係が厳しくない文化のようで、少なくともジャスはドワーフが敬語を使っている姿を見たことがなかった。
また、これはジャスも聞いた話になってしまうのだが、族長クラスになると自分達のトップであるドワーフ王に対しても割と言うことは言うらしい。
「知ってはいたけど、ルルエンティって改めてすごいんだなって思い知ったよ」
「突然何を言っているの」
「いや、こっちの話」
トーリが応接間の椅子をルルエンティに用意しながらとんでもない表情でジャスを見ていた。
その顔には「無礼な口の聞き方をするな!」というのと「するなら他所でやれ!」といった気持ちが込められていた。
空気が読めるジャスはその気持ちを正確に察し、話を打ち切った。
「トーリ、依頼した例のものは完成したのですか?」
「はい、ほぼ完成しております。後は現在使っているものを拝見させていただいて最後の調整をしたいと思っております」
「急な依頼に関わらず良くやってくれました。感謝します」
「い、いえいえ!そんなお安いご用です!」
ルルエンティの言葉に椅子を倒しそうな勢いで立ち上がり焦るトーリ。
その光景の異様さを眺めていたジャスにルルエンティが声をかけてきた。
「貴方の短刀を少し貸して貰えないかしら?」
「これ?良いけどどうするんだ?・・・ほれ」
「ありがとう。すぐ返すから安心して」
ジャスから預かった鞘に入れたままの2本の短刀をトーリに渡す。
短刀を受け取ったトーリは「では少しお待ちください」と応接間を出ていった。
二人の間に沈黙が訪れた。
ジャスが何か言おうと口を開きかけたとき、ルルエンティが小さな声で話しかけてきた。
「ジャス、貴方にはお礼が言いたかったの」
「お礼?」
そう、と頷くと続ける。
「今回、私達が女王様に追い出された騒動。あれは貴方が居なくてもシェロ様がお産まれになられたら自然に解決していたわ。女王様も落ち着いて、私たちも謝罪して、それで・・・元通り」
テーブルの上で組まれた白魚のような美しい指先に視線を落として語る。
「でもあの時の私は焦ってしまっていて、そんな事にも気が付かずあたふたしてばかりだった。下のものにもたくさん迷惑をかけてしまったわ。勿論人間にもね。ごめんなさい」
「何度も謝ってもらったんだからもういいよ」
ジャスの言葉に微笑を浮かべると、また自分の組んだ手に視線を戻すルルエンティ。
「話を戻すわね。元通りっていうのは女王様との距離の話。勿論物理的ではなく精神的なものよ。元々私は、いえ、私達は女王様を尊いお方として心の底からお慕いしていたの。それは今でも変わらないのだけど、最近はそれだけではなく少し変わったところもあるの」
ジャスから見える彼女の横顔には少し朱が差しているように見えた。
「最近は良く話して頂ける。よく笑って頂ける。最近の私達しか知らない貴方には信じられない話かもしれないけど、前まで私達と女王様の間で感情のやり取りはほとんどなかったのよ。それが、貴方によって良くも悪くも大きく変わった」
良くというのは古代竜の関係が良くなったことだろう。
悪くというは勿論、
「言っておくけれど、貴方がシェロ様のお父上になったことは私はまだ納得してないから。でも、それ以外はその、ありがとう」
恥ずかしそうにジャスの目を見て感謝の言葉を告げる。
その姿は見た目相応の年若い可憐な女性に見えた。
急に気恥ずかしくなったジャスはルルエンティから視線を逸らしながら、
「俺が関わっていなくても、あんたの暴走っぷりからして感情のやり取りは出来ていたと思うぞ。間違いなく怒りの方向だと思うがな」
とぶっきらぼうに答える。
その姿にルルエンティはぷっと軽く吹き出す。
そして少し意地の悪い視線でジャスの頬を突っつく。
「貴方は普段飄々としているけど、照れると可愛いところがあるみたいね」
「う、うるさい!」
照れて完全に反対側を向いてしまったジャスを見てクスクスと笑う。
本当にこの人間と関わってから感情が豊かになったものだとルルエンティは笑みを溢す。
(本当に、ありがとう)
再度の感謝は直接言ってあげない。
お読み頂きありがとうございます。
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