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第10話 帰りも快適な空の旅


[気まぐれニ山奥に来てみれバ、旨そうな人間が二匹もおるとはナ]


5メートル程の灰色のドラゴンが二人から少し離れた所に姿を現していた。


少々聞き取り辛い思念波を飛ばしながら大きな口を開けるドラゴン。

その姿にサーナは隣にいるジャスの袖口を引っ張る。


「店長、ドラゴンですよ?私たちを食べようとしてるみたいですが」


「みたいだねぇ。サーナちゃんはともかく俺は美味しくないと思うけどなぁ」


「あ、なに人を売ろうとしてるんですか!大体なんでこんなに近くに来るまで気が付かないんですか!」


「気が付いてたよ?いやぁ、言わない方が驚くかなって思ってね」


「こういうときに普通ふざけます?信じらんない!」


「いたた、ごめん、ごめんって」


笑いながら軽く謝罪するジャスの肩の辺りをぽかぽかと叩くサーナ。


余りにも動じない二人の人間の様子に呆気に取られていたドラゴンだったが、次第にその表情が怒りに染まっていった。

彼の200年にわたる生涯の中で、ここまで虚仮にされたのは初めてのことであった。


[貴様ラ!!我を誰だと思っておル!?生物の頂点に君臨すル龍種の中でも上位に位置すル、グレードラゴン様だゾ!?」]


そう名乗ると威嚇するように大きな咆哮を上げる。

周囲の鳥や小動物が一目散に逃げていく気配がした。


「店長、あんなこと言ってますけど知ってました?」


「う~ん、確かにグレードラゴンは結構上級なモンスターに分類されてるけど、龍種の中では中の上くらいかな?」


「そうなんですね。勉強になります」


きりっとした表情で何処からか取り出したメモ帳にペンを走らせる。


「いつの間に仕事モードに・・・。というかサーナちゃんドラゴンを目の前にしてよく平気でいられるね?」


「ふふ、さっきのドラゴン体験に比べたら全然なんともないですよ」


瞳の色を暗くしながらサーナは無表情に笑うという器用なことをする。

それほどまでにダリウスが彼女に残した爪痕は大きいものだったのだ。

そしてまたも無視される形となり、我慢の限界を越えたグレードラゴンは怒りのままに空に向かって叫ぶ。


[我を、何処まで愚弄すルか!!許さン!!殺ス!!!]


グオオオォォォ!!!


一際大きな咆哮と共にドラゴンの口から直径3メートルを越える火球が放たれた。


ドラゴンブレス。


龍種が得意とする技の代表的なもので、その破壊力は地形を変えるほどという。

それが二人に直撃するかと思われた瞬間、唐突に何もなかったかのように霧散した。


「いきなりブレスってのは少し穏やかじゃないね」


ジャスの伸ばされた腕の先の空間にぼんやりと魔方陣が描かれていた。

その魔方陣以外は先程と何も変わったところはない。当然、ブレスが炸裂したような跡もない。


何が起こったか理解出来ずにグレードラゴンは焦ったように思念波を飛ばした。


[き、貴様!何をしタ!!]


「文字通り飛んで来た火の粉を払っただけだよ。あんた、ドラゴンの割に気が短すぎない?」



「全くもってその通り。情けない話だぜ」



ジャスの言葉に呆れた声音で賛同しながらダリウスがシェロの手を引いて林から帰ってきた。


シェロは繋いでいる方とは逆の手のたくさんの山菜を見せびらかしながら「いっぱい採ったよ」とご満悦の様子だった。

新たに現れたダリウスの言葉、そして先ほど一瞬でブレスを消滅させた目の前の人間。


グレードラゴンは今度は怒りではなく動揺で心中穏やかでなかった。


まずは、この黒髪の人間。一瞬にして予備動作なしでブレスを消滅させた。

ありえない。

相殺や耐えたのならまだわかる。消滅だ。何をされたかわからない。


そしてその横の赤髪の小娘。

全く力を感じないにも関わらず、この我に動じもしない。

一体どんな修羅場をくぐってきているのだ。


最後に、こちらに歩み寄ってくる男と童女。

姿を視界に入れるだけで体が竦み上がる。本能が逆らうことを拒否してしまう。

な、なんだというのか!!


「おい、何を無視してやがんだ?」


[!?]


硬直している間に、足元まで来ていた見目麗しい男が不機嫌にドラゴンに問う。

その鋭い眼光に思わず一歩後退してしまう。


「まったく、人間を見かけていきなり食おうとするとか、お前は野獣か?食うにしても手順があるだろうが?そんなことも出来んのか?」


(手順守ったら食べるのか)


ダリウスの言葉に冷や汗を流す。

ドラゴンの世界についていらない知識を一つ得てしまったジャスであった。


[ダ、誰か知らんガ、何故貴様にそんなことを言われねバならなイ!!]


折れそうな心に、本能に、プライドで立ち向かい残りわずかな勇気を振り絞ってダリウスに反論するグレードラゴン。

それが生涯の中で一番の失敗であったと後に彼は語ることになる。


「そうか、目上の者へのその態度。根性叩き直してやる必要がありそうだなぁ?」


そう言うとダリウスは本来の古代竜の姿へ戻っていく。

大きさは約15メートル。グレードラゴンの約3倍。

魔力量や戦闘能力は、比較することなど不可能であった。


山頂に3度目のグレードラゴンの咆哮が響いた。


最後の咆哮はとても痛ましいものであったことをここに記しておく。



「本っっっ当に大変申し訳ありませんでした!」


地面に顔が埋まるほどの土下座でジャス達に謝罪する人化したグレードラゴン。

灰色を短く刈り揃えた恐らく美形(今は顔の形が変形してしまっている)の彼は先ほどからずっとこの姿勢のままである。

人化出来るということはドラゴンの中である程度上位ということだ。

あながち、彼の言っていたことも嘘ではなかったことが証明されていた。


「実際に被害はなかったし。人を襲わないなら俺はそれでいいよ」


「私もそれで」


何でも屋の二人からは特におとがめはなかった。

というよりは、先ほどのダリウスからの制裁を見て、これ以上彼に何か言うのが可哀想だと二人は思っていた。


「おい、良かったな」


「はいぃ!空よりも広い慈悲の心に、海よりも深く感謝いたします!」


感涙しながらまたも頭を地面に打ち付ける勢いで土下座する。

地面には小さなクレーターが出来ていた。


「さて、じゃあオレらはもう少ししたら帰るけど、ここの池って人間の国にとって重要なもんなんだわ。だからお前ここの監視しといてくれ。どうせ暇だろ?」


「え?私は今、旅の途中で・・・」


「暇、だよな?」


「はい!ちょうど池の辺りに住みたいな~と思っていたところでした!!」


「お~そりゃちょうどよかったわ。じゃあ頼んだぞ」


不憫すぎる。

肩を落とし項垂れるグレードラゴンの青年を見てジャスとサーナはドラゴンの世界の上下関係の厳しさを知った。


首をポキポキと鳴らしながら一仕事終えたとばかりにダリウスが3人の方へ戻ってくる。


「監視役が居た方が安心できるだろ?水は人間にとって生命線だしな」


ニカっと良い笑顔で同意を求める。

ははは、と乾いた笑みを浮かべるジャスの袖口をシェロが控えめに引っ張る。


「ん?どうしたんだ?」


「あの、ねパパ」


恥ずかしそうに上目遣いでモジモジする幼女。

何かを言いにくそうにしている様子である。

ジャスは声を聞き取りやすいようにと、膝を曲げ彼女と同じ目線の高さで「どうしたんだ?」と尋ねる。


「あの、その・・・レ・・・ぃ」


「ん?」


「おトイレ行きたいの!」


「な、何っ!?」


どうやら山菜採りに夢中になって限界まで気が付かなかったらしい。

で、ドラゴンの制裁も終わり、一息ついたところで一気に尿意が彼女を襲ったようだった。


「え、わ、仕方ない、その辺で・・・」


「姫にそんなことさせられるわけないだろうが!!」

「シェロちゃんにそんなことさせられるわけないですよ!!」


ダリウスとサーナの声がはもった。


「うぅ・・・大声、やめて・・・」


半泣きで抗議するシェロ。

限界はすぐそこまで来ているらしかった。


「ご、ごめんね!・・・そうだ!店長、転移ですよ!転移!」


皆がサーナの言葉にハっとする。

転移があれば店のトイレまで一瞬だ。余裕で間に合わせることが出来る。

そうと決まれば後の行動は迅速であった。


「シェロ行くぞ!ごめん二人とも先に帰る!」


「うぅぅ~~」


手を繋いだ仮初の親子の姿がボヤけたと思ったら一瞬にしてかき消えた。

ふぅ~と弛緩した空気が残されたダリウスとサーナの間に流れた。

なんとか危機は乗り越えた。


と、そこでサーナはあることに気が付いた。


ジャスが記録石をまだここに置いていなかったことに。

ということはジャスはここに転移で来ることが出来ないということに。


それはつまり帰りは・・・。


「さぁて、サーナちゃん。帰りも快適な空の旅を提供してあげるから期待してて良いぜぇ?」


ポンと肩に悪魔の手が呪詛を振り撒きながら置かれた。




その日、またも山頂に悲鳴が上がったのはいうまでもない。

お読み頂きありがとうございます。

またお時間があれば目を通して下さいませ。

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