愛と感謝
男性の情報が入ったメモ帳を持った女性は一人考えながら店内の花を一つずつ見ていく。ブツブツと呟きながら、結び花たる花を選定していく。
その女性の様子を男は椅子に座ったまま遠目から見ていた。
「……綺麗だな」
女性が花を手に持つ姿は何とも可憐だった。時々、女性の顔に現れる笑みも相まってとても魅力的だ。だがそんな女性と花を見ていて、ふと疑問が湧いた。
そもそも結び花とはなんなのだろう? と……。
最後の頼みの綱としてここに来たのだが冷静に考えると、人と人を結ぶ花なんて都合のいいものは存在しないし、するはずがないのだ。
まさか花に魔法でも掛けているのではないのかと、馬鹿げた妄想をしていると女性は一束の黄色い花を持って戻ってきた。
「この花が、あなたの結び花になります」
「それは?」
「スターチスです」
女性が言うスターチスというその黄色の花は、一枝に小さな花がたくさん咲いている花だった。愛らしく、癒される淡い黄色の花に男は彼女に送るのに文句は無かったが、何故このスターチスが結び花になったのかは不思議だった。
「なんでこれが結び花に?」
「それはですね、この黄色いスターチスには『愛の喜び』『誠実』、そして『変わらぬ心』という花言葉があるからですよ」
女性は手に持ったスターチスを愛でるように見ながら話しを続ける。
「お客様の話しを聞いて、私はお客様の婚約者さんへの愛する想いはとても実直なものだと思いました。それがこのスターチスの花にピッタリで……婚約者さんにスターチスの花を渡したらその思いは絶対に伝わると思ったんです」
「そ、そうですか……」
臆面もなく恥ずかしいことを言う女性に、逆に男が恥ずかしくなり赤くなった顔を隠すように女性から背けた。
そんな男に女性は微笑みながら優しく声を掛ける。
「今日はこの結び花を主役に花束を作っていきましょう。いくらスターチスが可愛くてきれいな花と言ってもこれ単体じゃ寂しいのでね」
「お、お願いします」
羞恥心を感じている男はチラリとしか女性を見ることが出来ず、言われるがまま花束をお願いした。
スターチスを持ったまま再び店内を歩き出す女性。ある花の前で立ち止まっては悩んで去り、立ち止っては悩んで去って、そして女性は数種類の花を手に束ねて、簡易的な花束の形にして男の所に持って来た。
「彼女さんに渡すのはこんな感じでどうでしょうか?」
「おおっ」
それ見て男は思わず感嘆した。
主役である黄色のスターチスがまるで咲き誇るみたいに束になっていて、その中にはまたアクセントで少し色の違う黄色のバラが三本加えられていた。それだけ見てもとても綺麗なのだがパウダースノーのような花がその二つの花を包むように添えられてより一層まとまっていて美しかった。
「とても……とてもいいですね……」
「ありがとうございます」
別れるか別れないかの瀬戸際に立たされ憔悴しきっている今の男には、この優しい黄色い花束が優しく暖かに感じ、ふっとそのままの心情が漏れ出した。そしてそれを聞いた女性は嬉しくたまらない様子だった。
女性はその喜びを胸に抱えたまま花束の説明を始める。
「先ほど言った通り主役はこの黄色いスターチスなので本数はたくさんにしました。そしてこの黄色いバラは、主役のスターチスを食わない程度に抑えた黄色でアクセントをつけてみました」
「そうですか。じゃあこれは?」
美しい花束に心惹かれていた男はスターチス、バラ以外の名前の知らないパウダースノーのような花にも興味が湧いた。
女性は花束からその花を一本だけ取って渡す。
「この花はカスミソウですよ」
「カスミソウ?」
男は女性から差し出されたカスミソウを傷つけないようにそっと手に取って見る。
「はい。カスミソウには『感謝』という花言葉があるんです。だから『愛』を伝えるスターチスとバラを優しく包み込む花として、これ以上ないぐらいピッタリだと思いませんか?」
女性はまたこそばゆいセリフを口にした。
花束を見る以前の男だったら、この発言にまた恥ずかしがって視線を逸らしただろう……。しかし今の、心の底から花束に感動している男には女性の発言が恥ずかしいものだとは思わなかった。
男はカスミソウを返しながら頷く。
「……そうですね。ピッタリだと思います」
カスミソウを受け取り元あった花束の位置に戻す女性は男の顔を見て告げる。
「では、依頼された結び花を使った花束はこれでよろしいでしょうか?」
「是非ともそれでお願いします」
大満足の男は再度頷くと、女性はニッコリと満面の笑みを見せた。
「ありがとうございます」