結び花
淡い照明で照らされている店内、そこには全てを埋め尽くしてしまいそうな程たくさんの花が並べられていた。一つ一つ洒落たスマートなバケツの中に入っていて、床や木箱の上、さらには特別な入れ物で天井から吊るされている観葉植物まであった。
こんなに多くの花・植物に囲まれたことのない男は濃厚な匂いに一瞬驚いたが、慣れてくるとそれはとても香しいものだと気がつき緊張していた心は自然とほぐされた。
少し心軽くなった男は、たくさんの花で埋め尽くされている店内を奥に進んでいく。足元の花を踏まないように進み見えてきたのはレジカウンター、そしてそこにいたのは赤いエプロンを掛けたスラリとした若い綺麗な女性だった。
レジカウンターで花のポップ作りをしていたその女性は入店してきた男に気がつくとすぐに作業の手を止めて、後ろに束ねた髪を少し気にしながら立ち上がった。そして満面の笑みを男に向けた。
「いらっしゃいませ」
柔和な温かみのある声に男はすぐにその女性が心優しい人だと理解した。
「こんばんは」
そう言って男は軽く頭を下げると気まずそうに続ける。
「あの……ここに〝結び花〟ってありますか?」
その言葉を聞いた女性の顔から笑みがスッと消え、まるで仕事人のような真剣な顔になる。そして女性は柔和だった先ほどの声より一つトーンを落として冷静に頷く。
「はい。一応ご要望があれば作っていますが」
「じゃ、じゃあそれをお願いします」
「分かりました。それでは結び花を作りましょう。ですが、作る際にあたって一つ二つ注意があります」
「注意?」
首を傾げる男に女性は綺麗な細指の人差し指をピンと一本立てた。
「まず一つ目は、私はお客様に今から様々な質問をします。これは結び花を作る上で重要な作業です。しかしその質問の中には聞かれたくない事や、思い出したくない事等あるかもしれません。ですからそこの所はご了承ください」
次に女性は二本目の中指を立てる。
「そして二つ目は、結び花を渡したからといって決してその人との縁が結ばれるわけではありません。結び花は『人と人の縁を必ず結ぶ』ものではなく『人と人の縁を結ぶ些細なキッカケ』に過ぎないものなのです」
「必ずじゃないんですか?」
「はい」
「そ、そうなのか……」
結び花とは人と人の縁を『必ず』結ぶとそう思っていた男は女性の言葉に、もしかしたら婚約相手との関係修復が出来ないのかもと危機感を覚える。
そんな男の心の機微に女性は反応したのか安心させるように微笑みを見せて優しく声を掛ける。
「でも安心してください。作る際には全力で取り組み、お客様が望む縁を結べるよう尽力しますから」
必ずしも縁を結ぶことはないと聞き、男はこのまま頼んでいいのか分からなかった。しかし現実問題、頼れるのはもうこの結び花しかなくその『些細なキッカケ』でさえも男は欲しかった。
改めて男は女性に向き直ってお願いする。
「分かりました……。それでいいので『結び花』をお願いします」
「かしこまりました」
そうして、これから人と人を結ぶと言われる〝結び花〟の創作が始まった。