(8)
10話以内に収めるのは諦めた( ˘ω˘)
そしてショタ王子の脳内が気持ち悪いヤベェ奴になっている罠w
アシルとロゼトワールが婚約したのが、二人が五歳の時。きっかけは王太子殿下の婚約者及び側近候補選びを兼ねた茶会で、アシルがロゼトワールに『一目惚れ』したことだった。
その茶会が『そう』だとは、王家は公言していない。それでもその時集められた家の多くは、その茶会がその時だと気付いていただろう。王太子に自身を、家を売り込んでくるように言われたのか、だらだらと続く挨拶にうんざりとし、我が我がと前に出たがる者同士が諍うのにうんざりとし、それを隠して、
「皆さん落ち着いて。一人ずつ順番にお話を伺いますから」
とにこやかに宥めるのにもうんざりしていたところに、彼女、ロゼトワール・シルヴィア・フルベール侯爵令嬢が挨拶へとやってきた。
「はじめまして、アシル殿下。フロベール家の娘、ロゼトワールにございます」
おっとりと笑み、ゆっくりと淑女の礼を見せるロゼトワールに、アシルは珍しく目を奪われた。
月光を溶かしこんだかのように淡く輝くハニーブロンドの髪。星が瞬く夜空を映すかのように煌めく紺青色の瞳。今はまだ少女らしく丸みを帯びた輪郭も、いずれ月の女神とも呼ばれるだろうと予感させる愛らしさを持った少女だった。
ロゼトワールは他の令嬢のように姦しくアシルに付き纏うことはなく、挨拶を終えればすぐに次の令嬢へとその場を譲った。それが計算だと言うのなら、アシルはまんまと乗せられたことになるが、それならそれで問題はない。むしろ両想いでいいくらいだ。
優美で愛らしく品のあるロゼトワールに、アシルは
(絶対嫁にする)
とその場で決めたのだった。
そうと決めたアシルの動きは早かった。施政者は時に迅速な判断が求められるのだ。
一通り挨拶を流し聞いたアシルは、ロゼトワールの元へと向かった。
椅子にちょこんと座ったロゼトワールは、小さな両手で持ったクッキーを、さくさくさく、と小さな口で食べ進めていた。その小動物らしさもアシルにはツボだった。
(俺の嫁がかわいすぎるんだが?!)
婚約すら調う前の少女を嫁扱いしながら、アシルは内心で悶絶していた。
そんな様子を隠した涼しい顔で、爽やかな王子様スマイルを浮かべてアシルはロゼトワールに声を掛けた。勘のいい者ならば、この時点でこの少女が王子の心を射止めたのだろうと分かっただろう。
「城の菓子は気に入ってもらえたか?」
「あ、アシル殿下っ?!」
お菓子に夢中になっているところに、突如現れた王太子殿下にロゼトワールは慌てた。立ち上がろうとして、手に持っている食べかけのクッキーに気付き、それをどうしようかとオロオロと視線を泳がせる様子も、何もかもがパーフェクトにアシルの心を掴んだ。
(流石俺の嫁! 何やってもかわいい!!)
それと同時に心配にもなる。
(こんなにかわいいのが外に出るとか危なくないか? これは一刻も早く保護しなければ!)
未来の王太子妃、次代の国母が傷物になるようなことなどあってはならない。
この時からロゼトワールの運命は決まっていたとも言える。ガシャン、と何処かで堅牢な錠が落ちる音が聞こえたような気がしたようなしないような。
ドロドロとした執着心を感じさせない、清々しいにっこりとした笑みを浮かべながら、アシルはねっとりとロゼトワールを見ながら隣の椅子に座った。
「楽しんでくれと言っただろう。畏まる必要はない。それとも、俺と一緒では楽しめないか」
「い、いえ! そんなことはないです」
「なら良かった」
王太子を前に「そうです」と言える豪胆さはロゼトワールにはない。彼女の言葉にアシルはにっこりと笑みを深めた。
(否定したということは、俺と一緒にいることは楽しいと言うことだ)
そんなことは言っていないが、例えそれを聞かれたてもロゼトワールには否定は出来ない。どの道アシルに都合のいい道しか用意されていない。こうしてロゼトワールはアシルの良いように言いくるめられていくのだった。
「それで、城の菓子は気に入ったのか?」
「はい! とても美味しいです」
「だったら、遠慮せず食べるといい」
手元のクッキーに視線を向けられて、ロゼトワールは恥ずかしげに頬を赤らめた。俯いたまま、手元のクッキーは口へは運ばれない。
「何だ、食べないのか? 食べないのなら、俺が貰おうか」
え? と顔を上げるロゼトワールの手元から、アシルはクッキーを抜き取るとそのまま口の中へと放り込んだ。ロゼトワールは呆然とその様子を眺めていた。口で直接取っても良かったのだが、そこを手で抜き取ったのはアシルの小さな優しさだ。もっと慌てふためくロゼトワールも見てみたいと思ったが、おかげで、目を逸らすことなくロゼトワールの表情を見られたので良しとする。
サクリと香ばしく焼けたクッキーは代わり映えしないいつもの味だ。アシルにとって大した意味を持たない茶会であったから、特別なものは用意していなかった。
「もっと珍しい物を用意させればよかったな。ありきたりな菓子ばかりでつまらないだろう」
「いえ。とっても美味しかったです」
それは嘘偽りのない感想だった。口の中に広がる甘美な味を思い出して、ほろりと相好を崩した笑みを浮かべてロゼトワールは答えた。




