(7)
イロエロしたいお年頃な王子様
ソファーに腰かけるアシルの前に立つように降ろされたロゼトワールは、戸惑い躊躇うようにキョロキョロと視線を忙しなく動かしていた。そんなロゼトワールに、アシルは「さて」とニッコリとした笑みで笑いかけた。
「一日、公務に勤しんだ俺を労わってくれるよな、ヴィー?」
月の色に似た淡い金色の瞳に見つめられ、「あっ」だの「うぅ」だの「でも」だのとロゼトワールは真っ赤にさせた顔を俯かせ、ドレスのスカートの上で指を遊ばせる。
「ヴィー。未来の妃」
出来るよな、囁くような声とともに頬を撫でられ、ロゼトワールはきゅっとドレスの裾を握り、羞恥心にか細くなる声出「は、い」と頷いた。こんな風に命じるように促される声にロゼトワールは抗うことはできない。
これも妃教育の一環だと、ロゼトワールはゆっくりと身を屈めて、アシルに顔を近づけ、
「お仕事お疲れ様でした。わ、わたしの愛しの旦那さま」
恥ずかしさに目を瞑りながら、その可憐な唇をアシルの頬へと近付けた。花の蜜から作られた保湿美容液で手入れをされているロゼトワールの唇は、紅を乗せて色付かせる必要も無いほど瑞々しくぷるりと艶やかに膨れている。
柔らかく馨しい唇を受け入れたアシルだったが、
「もっと近付けと教えたはずだが?」
笑みを深めて、ロゼトワールの腰に回した手に力を込めてその身体を引き寄せた。きゃっ、と小さな悲鳴が上がる。
「は、恥ずかしいわ、シャル」
「だから慣らしているんだろう」
「でも、やっぱり」
「ほら、早く上がれ」
ヴィー、と再度促すように名前を呼ばれたロゼトワールは、羞恥心に顔を赤らめたまま、しずしずとソファーの上に膝を乗せた。
「そう。いい子だ。そのまま俺の肩に手を乗せて、跨ごして座るんだ」
「しゃ、シャルぅー」
羞恥心にぷるぷると身悶えさせながら、潤んだ瞳で助けを求めるように見詰めてくるロゼトワールにアシルはにっこりとした笑みを崩さない。
「俺の未来の妃として、出来るよなヴィー?」
笑顔で命令されたロゼトワールは、はぅぅ、と羞恥を押し殺して、アシルの肩に手を置いて、その身体を跨ごすようにソファーに乗り上げた。
淑女として、とてつもなくはしたない格好をしているとロゼトワール自身自覚している。深窓の令嬢としてロゼトワールには恥ずかしさで死にそうになるようなはしたなさだ。それでも、これが妻の役目――仕事を終えた夫を労る方法だとアシルに教えられれば、それを拒むことは出来ない。王太子の婚約者として、未来の王太子妃として、出来るようにならなければいけないのだ。
十年もの間、アシルによって調教――躾――妃教育を施された純真無垢なロゼトワールにはアシルを疑い、拒否することは教えられていない。
「シャル……」
「いつまで経っても慣れないな」
「だって、こんな格好……恥ずかしいわ……」
「夫婦の間で何を恥ずかしがることがある。こうして、妻に労わって欲しいという夫の望みをヴィーは叶えてくれないのか?」
「い、いいえ。そうじゃないわ」
妻とは夫に対して、誠実で従順で貞淑であるもの。そうした教えがロゼトワールには根付いている。ロゼトワールの婚約者は、アシル・シャルル・エクトル・フォルタン。フォルタン王国の王太子。目の前の王子様が彼女の未来の夫だ。
そうであるから、アシルの妻となる練習をしているロゼトワールは、夫のアシルの言葉に異を唱えてはいけないのだ。
「ごめんなさい、シャル。どうしても恥ずかしさが抜けなくて」
「ああ。分かっている。だからこうして練習しているのだろう」
ロゼトワールにとって、アシルは優しい優しい王子様だ。結婚すれば、王太子妃として彼女は城へ移り住むことになる。王太子妃になった途端、住み慣れた家を離れ、貴族とはまた違う王族としての責務が増えることから、急激な環境の変化を心配したアシルが早い段階で王太子妃宮を作り、そこで日中を過ごし、城の雰囲気に慣れるように手配してくれた。夫婦としての触れ合いも、恥ずかしがり屋のロゼトワールのためにこうして婚約者の段階から慣らす練習をしてくれている。
(シャルがこんなに気にかけてくれているんだもの。わたしも王太子の婚約者として、しっかりとお役目を果たさなくちゃ)
「早く慣れるように、わたしもっとがんばるわ」
真面目で健気なロゼトワールは、コレが王太子妃教育の一環だと疑わない。
そんなロゼトワールの純真無垢で素直な性格を利用して、アシルは自分のいいようにロゼトワールを染め上げて、堪能していた。それが悪い事だとは微塵も思っていない。
(だってヴィーは全部俺のものになるのだから)
なんなら、婚姻するまで処女を守っているんだから、むしろ褒められるべきだとすら思っている。
「じゃあ次は口を開けて舌を出すんだ」
次の命令に、ロゼトワールは少しだけ怯み、
(でも、がんばるって決めたもの……!)
と、ぎゅっと目を瞑りながら、言われるがままに薄く唇を開いて、チロリと赤い舌を差し出した。
練習と称して毎日のように繰り返される行為だが、やはり何度やってもロゼトワールには恥ずかしすぎて仕方がない。知らず知らずのうちにぷるぷると震えてしまう。
「しゃ、しゃる……?」
恥ずかしさに目を開けられず、けれど目を瞑っていることで様子が見えず、恥ずかしさと不安さでか細く紡がれる声は舌を出しているせいで舌足らずに聞こえる。
(うわ。俺の婚約者かわいすぎ!)
と庇護欲と共に加虐心も煽られる婚約者の姿をガン見して堪能してから、アシルは差し出された舌先にちろりと自分のものを合わせた。触れ合った瞬間に、ぴくんっ! と小さくロゼトワールの身体が跳ね、きゅっ、と反射で縮こまる。
相変わらずの初々しい反応に、アシルはくつりと喉の奥で笑みを漏らす。
「ほら、力抜いて、もっと口を開けて」
「は――ん、ぅ」
深い口付けに、ロゼトワールの口から艶を帯びた吐息が漏れる。
力が抜けた所を見計らって、アシルの手がドレスの中へと潜り込んだ。
「ひゃっ!」
ひたり、とストッキング越しに触れられる掌の温もりに、ロゼトワールが思わず声を上げて唇を離す。
「しゃ、シャルっ!?」
「夫婦になればもっと恥ずかしいところを触るんだよ」
「それは……!」
カァッ、とロゼトワールの顔に羞恥が駆け上がる。
純真無垢で初心な乙女なロゼトワールではあるが、夫婦の営みを知らないわけではない。未来の王太子妃、次代の王妃――国母としてアシルとの間に世継ぎを儲ける必要がある。最低限の性教育は施されている。――というよりも、知識がなければ羞恥心も生まれないからと、ロゼトワールの恥じ入る姿が見たいアシルによって、羞恥心が植え付けられるだけの知識が与えられているとも言える。
「ほら、こっちに集中しろ。そうしたら、触られてることも気にならなくなる」
「で、でも」
ドレスの中に手を差し込まれ、ストッキング越しとは言え、太腿を撫で回されることを受け入れるなんて、淑女として許されるものではない。けれど、これは夫婦の触れ合いの一環で。婚姻前に慣れさせようとする練習で、恥ずかしがってばかりでは立派な王太子妃にはなれないから。
ぐるぐると考えながらも、これを止める理由はロゼトワールにはない。
(わたしが、王太子妃になるために必要なこと、だもの、ね)
麻痺する思考の中で、ロゼトワールはアシルの口付けに応じる。
それから何度か角度を変えながらの深い口付けと太腿への愛撫に耐えきれなくなったロゼトワールの身体から、カクリ、と力が抜ける。もたれ掛かるように倒れ込んできた白い首筋にアシルの唇が添えられる。
「少しは慣れてきたか?」
首筋を舐められ、跡が付かない程度に吸われる合間に笑うように問い掛けられる言葉に、ロゼトワールは応えることが出来なかった。
『何もしていない』のに、息を切らして身体を預けるロゼトワールの柔らかな髪をときながら、アシルが額にそっと唇を落とす。
「今日もとてもかわいかったよ、ヴィー」
お疲れ様、と掛けられる声に、わたしが労わっていたはずじゃ? なんて疑問すらロゼトワールには湧かない。ただ、甘く痺れる熱を鎮めるために、アシルにもたれかかって荒い呼吸を繰り返すことができない。
そうして、腰が抜けて歩けなくなってしまったロゼトワールを、アシルが笑顔で抱えて馬車に乗せるのもまたいつもの光景だった。