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 ロゼトワールに与えられた宮からアシルの執務室はそう離れた距離にない。元々アシルの王太子宮に割り当てられた区間の中に、ロゼトワールの王太子妃宮が造られており、王太子宮を通らなければ立ち入ることができない仕様になっている。裏を返せば、王太子の命令一つで出入口が封鎖され、出ることのできない場所になる。アシルの造った王太子妃宮は贅を凝らした監禁場所になっているのだが、監禁対象のロゼトワールは当然気付いていない。綺麗で美しくかわいらしい宮だとしか思っていない。

 厄介な相手に掴まってしまって、とにこにことした顔で王太子の執務室に続く道を歩くロゼトワールを横目に見て、フィルマンは哀れみに似た感情を抱く。囚われの身の上だということに気付いていないロゼトワールは、それはそれで幸せなのかもしれないが。

(めちゃくちゃ大事に溺愛はしてるんだよな。束縛が激しいだけで)

 アシルに言わせれば、

「あんなにかわいいんだぞ。外に出したりしたら危ないだろ。それともお前はヴィーに行きずりの男の子を孕めと言うのか。そうか、一度死んでおくか?」

 と、王太子にとって婚約者は外に放した瞬間犯され孕まされる認識でいるらしい。過保護が過ぎるのでは? と言えば、躊躇なく抜かれた剣が首もとに突きつけられた。完璧な王子様である王太子殿下は剣の腕も超一流だ。


 執務室に到着すると、フィルマンは中の返事を待たずに扉を開いた。不作法な行為ではあるが、ロゼトワールを連れてきている今回に限ってはそれが許されている。

 ロゼトワールがお茶会を楽しむ花の庭園は、アシルの執務室から見下ろせる場所にある。例によって例のごとくロゼトワールは、自分がアシルに監視――見られていることに気が付いてはいないが。茶会を終え、彼女が執務室へと向かっていることはすでに王太子殿下の知るところだ。お行儀の良いロゼトワールは「まあ、フィルマン様ったら、まだ入室の許可が出ていませんよ?」と言うが、これでいいのだ。丁寧に手順を踏めば、「何故早くヴィーを連れてこない。そんなに俺のヴィーと一緒にいたかったのか?」と理不尽な怒りをぶつけられるに違いない。

 その証拠に、

「ご苦労」

 フィルマンの主は機嫌よく彼の護衛をねぎらった。

「茶会は楽しめたか、ヴィー」

「ええ! シャルはもうお仕事は終わったの?」

「ああ」

 愛しの婚約者を出迎えに出たアシルはそのままロゼトワールを抱き上げる。

「シャル!」

 毎日のことだというのに、ロゼトワールは驚きの声を上げる。そろそろ慣れれればいいものを、とも思うがいつまでも初々しい反応を返すところも彼女のかわいらしいところだと、アシルはさらにロゼトワールのかわいさを堪能しようと臣下を追い払う。

「二人とももう下がっていいぞ」

「は。それでは失礼します」

 礼をし、下がろうとするリオネルをロゼトワールが引き留めた。

「あ、待って、リオネル様」

「ヴィー、俺がいるのにリオに何の用だ」

 浮気、なんていうものがロゼトワールとリオネルの間に起こりようもないことはアシルだって分かっているだろうに、そんなことは関係なく、自分が目の前にいるのにロゼトワールが他の人間を優先するという行為そのものが許せないらしい。ロゼトワールはよく「シャルはわたしに甘すぎるわ」と言うが、「甘いは甘いが、心は狭すぎる」というのが周りの評価だった。

「マリー達が花の庭園で待っているの。ねえ、シャル、まだ花の庭園をマリー達が使ってもいいかしら?」

「ヴィーの庭なのだから好きにするといい」

「ほんと? じゃあ、新しいお茶とお菓子をお願いしても?」

「ああ、もちろんだ」

「ありがとう! やっぱり、シャルは優しいわね」

(そんなことないですよ)

 とリオネルとフィルマンは思ったが、さっさと出て行けと言わんばかりにアシルに顎をしゃくられて、何も言わず綺麗にお辞儀をして部屋を出た。婚約者との甘い時間を邪魔すれば、自分達の主がどれだけ不機嫌になるか分からない。

 アシルの本質の気性は荒く、自分に歯向かう者は容赦なく弾圧し、処刑することも躊躇わない残忍さを持つ王子ではあるが、ロゼトワールさえ傍に置いておけば理知的な賢王となる男でもある。平和な治世のために一人の少女を生贄に捧げるようで心苦しい部分もあるが、まあ、ロゼトワールはそれを知らずに幸せそうにしているので良しとするしかない。


 婚約者達の待つ庭へ向かいながら、フィルマンがポツリと呟いた。

「――あの二人、一線越えたりはしてないよな」

「一線『は』越えてないでしょうね。ロゼトワール嬢の王子様は婚前交渉なんてしないでしょうから」

「『は』……」

 つまり、際どい行為は行われているということだ。

「――ロゼちゃん簡単に言いくるめられそうだもんな」

「そうでなければ、あんな風には育たないでしょう」

 リオネルの言葉に、それもそうかとフィルマンは頷いた。

 ロゼトワールのあのアシルを優しい王子様だと信じて疑わない性格は、アシルが十年の年月をかけ、手塩に掛けて育てた、調教の結果だ。

「ロゼトワール嬢が気が付く時は、もう逃げられない状況でしょうし」

「まあ、実際、もう包囲されてるも同然だしな」

 ぐるりと王太子宮に囲われた王太子妃宮がそれを如実に表していた。

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