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「ほーら、未来の王太子妃がそんな顔しないの」

 イヴェットの言葉にロゼトワールはハッとして、慌てて澄まし顔を作る。わざとらしく、ツーン、として見せる顔に、イヴェットとマリエールは顔を見合わせて笑う。

「それで、どうしたのよ」

「ロゼがレッキー男爵子女のことを聞きたがって」

「だって、元々庶民として暮らしていた子なのでしょう? そんな方が特別科に入学するなんて気になるんだもの」

「そうは言っても、私たちもその方の名前がルシンダ嬢ということくらいしか分かってないわ」

 実際、警戒を強め、鋭意情報収集中だ。レッキー男爵家は古くから爵位を持っていた家ではない。経済活動の発展とともに貿易や商業で財を成した者が増え、一方で時代の潮流に乗れなかった家が衰退し没落していった。その家の穴を埋めるように、経済力を持った者に爵位が与えられるようになった。レッキー男爵家もおそらくはそうした新興貴族の一つなのだろう。

 古くからある貴族家ならどこかしらと繋がりもあり、情報が得やすいが、成金の新興貴族の全ての動向を把握することは難しい。さらにそれまで庶子として平民として暮らし、王都での社交界デビューも果たしていない娘の情報はなかなか集まらない。娘の王都の学院入学を足掛かりに、王都での利権獲得を目指して動いているというのなら、後手に回っているとしか言いようがない。様々な可能性を考えて、警戒をしているところだ。

 ただ、ロゼトワールにはその緊迫感は勿論伝わらない。伝わらないようにしながら、危険から遠ざけなければいけないところが、難しいところだ。


「マリーにも分からないことがあるのね」

 ロゼトワールにとって、マリエールは何でも知っている博学の友人だった。そんな彼女に答えられないことがあるというのが新鮮だった。これが学院に通うということ。世界が広がるということなのだろう。この世界はまだまだ知らないことで溢れている。

「世界は不思議な謎に満ち溢れているのね!」

 目の前に広がる未知の世界の入り口にロゼトワールの胸がときめく。

「マリーにも分からない謎に包まれた神秘的な男爵家の少女……」

 うっとりとロゼトワールが呟く。

 男爵家の娘が神秘的とか一言も言っていない。どちらかというと胡散臭いのだが。

 知力財力権力を持つ完璧な王子様に溺愛されて、優しく綺麗な世界しか知らない場所で育てられたロゼトワールは、純粋無垢な夢見るお姫様だった。きっと彼女の中で件の男爵子女は、突如空から降ってきた不思議な少女であったり、湖の上に立つ聖女の力を持つ乙女であったり、そうした妄想が繰り広げられているのだろう。

「ああ、早く逢いたいわ」

 恋焦がれるかのようなロゼトワールの声をアシルが聞けば、情報収集とかそんな生温いことをすることなく、問答無用でお家断絶、一族郎党皆殺しぐらいしただろう。婚約者狂いの王子様は女が相手だろうと容赦がないのだ。イヴェットとマリエールにしてみても、ロゼトワールに害があると分かれば好きに殺して貰って構わないのだが、今はもう少し情報が欲しいところだ。消すのは簡単に出来るのだから、使えるものがあれば利用したい。今どきの新興貴族の『流行』も知っておきたいのだが、その辺が融通きかないのよね、あの王子。

 王太子への愚痴はあるけれど、今はとりあえず、男爵家だとイヴェットとマリエールは小さく頷き合う。


「もういい時間だし、そろそろお開きにしましょうか」

「そうね。それに殿下の仕事も終わった頃じゃないかしら。ロゼは殿下のところに顔を出すのでしょう?」

「そうするわ。イヴとマリーは?」

「わたし達はもう少しここを借りてもいいかしら」

「いいと思うけど……シャルに聞いてみるわね」

 この庭を含めた場所は、王太子が王太子妃のために用意したもの。つまりはロゼトワールに贈られたものだが、まだ婚約者という立場だからか、ロゼトワールは毎回律儀にお伺いを立てるようにしている。

「執務室にはエリク様がいるでしょうから、呼んできてもらえるかしら」

 マリエールの言葉に、ロゼトワールは心得たというように、にこりと笑って頷く。ここからは婚約者同士の時間ということだ。二人の婚約者は王太子の補佐官と護衛騎士という忙しい立場にあるから、こうした機会に少しでも時間を作ってあげなければとロゼトワールは思っている。

「分かったわ。新しいお茶とお菓子を用意して貰えるように頼んでおくわね」

 王妃の庭にも劣らないほどここは美しく手入れされた庭だ。婚約者達が逢瀬を楽しむのにはぴったりの場所だ。二人が婚約者との時間を楽しめるように、ちゃんとお願いしようと、ロゼトワールは張り切った。

「じゃあ、イヴ、少しの間、フィルマン様を借りるわね」

「気にしないで。フィルは殿下の騎士で、ロゼの護衛を仕事にしてるのだもの」

 フィルマンにエスコートされ、庭を出る前に振り返ったロゼトワールがにこやかに手を振る。それに、イヴェットとマリエールも小さく手を振り返す。

 あの無邪気な笑みを守るのが二人の役目だ。



「――で、リオネル様はどこまで掴んでそうなの」

「あまり変わらないのではないかしら」

 代々宰相を務めるシャリエール家は国内外の情勢に精通している。飼っている間諜の数は王家よりも多いだろう。まあ、王太子が私的に飼っている間諜もとてつもないえぐい数なのだろうが。

 それだけの状況収集力を持ったシャリエール家が、今一番神経を尖らせて情報を集めているのは王太子殿下の婚約者に関する事柄だ。ロゼトワールに何かあればあの王子が何をしでかすか分からない。それを未然に防ぐためにもロゼトワールに及ぶ危機は速やかな排除が必要だった。

「何かあれば、すぐに連絡があるはずだもの。それがないのだから、おそらくまだ何も掴んでないのだと思うわ」

「何はともあれ、まずは情報と状況の擦り合わせね」

 これから婚約者とのいつもの――作戦会議だ。



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