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ブティックの支配人から、無事にアシルの色であるドレスをルシンダが入手したという報告を聞いて、ロゼトワールはにんまりと満足げな笑みを浮かべた。
ルシンダにドレスを贈らなくていいのかと、ロゼトワールが何度アシルに聞いても「何故だ」「必要ない」と顔を渋くするばかりで、一向に動かないので、彼の代わりにロゼトワールが準備したのだ。
(わたしには簡単に何でも贈ってくるのに。シャルでもやっぱり本当に好きな人相手には照れてしまうのね!)
何でも完璧にこなせる王子様のアシルの少年のように初々しい恋心を微笑ましく思ったロゼトワールは、
(そんなシャルの恋のお手伝いをするのが、このわたしよ!)
と密かにルシンダへのドレスを用意することにした。
(ヒーローはヒロインに、自分の色が入ったドレスを贈ることが多いのよね。そして、ドレスを用意できていなかったヒロインはヒーローから贈られたドレスに感激するの)
何度も言うが、ルシンダは資産家の娘だ。まともなドレスが用意できずに悲しむ平民階級のヒロインとは違う。
けれど、ルシンダを悲劇のヒロインに見立てているロゼトワールには、現実設定が抜け落ちていた。
(シャイなシャルの代わりに、わたしがとびっきりのドレスを用意しましょう)
ルシンダにとって甚だ迷惑な話だが、ロゼトワールにとっては善行でしかない。二人の恋の成就のために走り回る裏方だ。
普段ドレスを仕立ててもらっている店へ話を通す。王家も懇意にしている店で、確かな腕と品質の店だ。
王子様が贈るドレスの店としては相応しい格式だ。
(ドレスのお色はどうしましょう)
宵闇の色にそこに浮かぶ月の色。それがアシルの色だ。
ただ、月色と言えるハニーブロンドの髪に、星が瞬く夜空の色と言える紺青色の瞳を持つロゼトワールもまた同じような配色の持ち主だ。そのため、ロゼトワールの着るドレスやアクセサリーの多くはその髪色や瞳の色に合わせた、薄い黄色や濃い青系統のものが多くなる。
そのためか、アシルが卒業パーティー用にとロゼトワールに用意してくれたドレスは、柔らかな月色の生地に、藍色の刺繍やビジューが散りばめられたものだった。
ヒロインと悪役令嬢が同じ色のドレスを纏うのは、インパクトが薄れてしまう気がする。
(なら、ルシンダさんは藍色のドレスに月色を挿し色にしたものを作りましょう。シャルは藍色や紺色の色を纏うことも多いし、同じ色合いに揃えた方がより一層二人が『お似合い』に見えるかもしれないわ。わたしとルシンダさんは背格好も似ているから、デザインは流用したものをアレンジしてもらいましょう)
そうして、ロゼトワールは店へ連絡し、ルシンダ用のドレスを仕立ててもらうように連絡した。ルシンダの正確なサイズは分からなかったが、デザイナー同士の伝手で入手します、ということなので安心して任せることにした。
店側は、未来の王太子妃のお願い事を全面的に聞き入れることを選んだ。
こうして、あのルシンダにとっては死に装束に等しい色のドレスが出来上がったのだった。色合いだけで死んだ目をしたルシンダだったが、それがロゼトワールと色違いのお揃いのドレスだと知ったら、その場で国外逃亡を図っていたかもしれない。
夜色のドレスを纏ったアシルとルシンダの物語の主人公達の姿を思い浮かべて、ロゼトワールはうっとりと夢想した。
(これから二人は『夜の王』と『夜の女神』、とか呼ばれるのかしら)
自身が『月夜の妖精』と呼ばれていることなど知らないロゼトワールは、二人の渾名を想像してくふくふと楽しそうに笑った。
(ああ、とても素晴らしい恋物語のフィナーレだわ!)
こうして、勝手にアシルの相手役にされたルシンダにとって地獄の卒業パーティーは開催されるに至った。
ルシンダは逃げたかった。とても逃げたかった。
けれど、魔王に寵愛されているお姫様に、
「卒業パーティー楽しみですわね、ルシンダさん」
「ルシンダさんのドレス姿楽しみにしていますわ」
等ととても愛らしいきらきらの笑顔で言われてしまえば、ルシンダに選択の余地はなかった。その姿が一瞬でも曇ろうものなら、その場で首が飛ぶ。物理的に。
「シャ――アシル殿下も、かわいらしいルシンダさんのドレス姿が楽しみですわよね?」
そんな話を魔王に振るのは止めてほしいとルシンダは切に思ったが、ロゼトワールにはまるで伝わらないようだった。
「まるで興味ないが」
冷たく言い切る魔王の温度もほわほわのロゼトワールには伝わらない。
「まあ、アシル殿下ったら。かわいらしいルシンダさんを前に照れてらっしゃるのね」
とますます恐ろしいことを言ってくださった。
「俺は、ヴィー以外の女をかわいいと思ったことはないぞ」
そんなアシルにロゼトワールは、
「ええ。ええ。分かっておりますわ」
とおそらくは全く分かっていない笑顔でロゼトワールは頷いた。
ロゼトワールにはあの魔王が全ての人間に優しい博愛主義者に見えているのだろう。
「そろそろ行くぞヴィー。こんなところで無為にお前の時間を使うのはもったいない」
そう言って、少しでもロゼトワールの目にルシンダ――というよりも、自分以外の姿が映ることが許せないのだろうアシルに、ロゼトワールは腰を抱かれながらその場を離れた。
去り際、
「じゃあ、ルシンダさん。会場でお会いしましょう」
と振り返りながらかわいらしくヒラヒラと手を振るロゼトワールに、ルシンダは泣きながら礼を返した。隣の人の、あの顔を見てください!
最後までロゼトワールの意識を向けられるルシンダに、魔王様はお怒りだった。
「――商団船に乗って、国外に逃げよっかな……」
今から着なければならないドレスを思って、ルシンダは遠い遠い、魔王のいない異国の地を思った。