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ふわっと戦闘描写あり。ふわっと。



今のところ『ラブコメ』『ほのぼの』『ギャグ』タグ詐欺では?

 すっと赤髪の令嬢、イヴェット・アレット・ペシャラ辺境伯令嬢が、「ちょっとお花を摘みに行ってくるわ」と席を立ち、護衛の一人を連れて庭を離れる。

 イヴェットは優雅な歩みでロゼトワールの席から見えないところまで来ると、連れ立った護衛、婚約者であるフィルマン・テオフィル・アディノルフィ侯爵令息の腕を力いっぱい掴むと、ズンズンズンと物陰へと連れ込んだ。婚約者同士の一時の甘い逢瀬、なわけもなく、イヴェットは勢いよく婚約者の胸ぐらを掴んで凄んだ。

「ちょっと、おたくの主どうなってんのよ?」

「俺に言っても仕方ないだろ」

 それは全くその通りなのだが、誰かに一言言ってやらなければ気が済まないのだ。かと言って部外者に当たり散らすわけにはいかない。何せ彼女は『月夜の妖精』とともに社交界に咲く花の一人、『赤薔薇の淑女』なのだから。王太子殿下の婚約者の友人が野蛮なところを見られては大変だ。それもあって事情を知る王太子殿下の側近であり、自身の婚約者であるフィルマンは八つ当たりにちょうどいい相手だった。


 王太子殿下とフルベール侯爵令嬢の婚約が調ってしばらくして、アディノルフィ侯爵の次男とペシャラ辺境伯の嫡女の二人も婚約を結んだため、彼らも出会って十年ほどの付き合いになる。形だけの婚約者と違い、方や王太子殿下の側近、方や王太子殿下の婚約者の友人として見込まれていたことから、顔を合わせる機会は多かった。また、互いに王太子殿下の用意したフルベール侯爵令嬢を囲む柵の一つであることもあって、気心の知れた仲だ。

 王太子殿下の婚約者への溺愛ぶりに付き合わされる一人であるフィルマンであるから、イヴェットの苛立ちも理解出来た。その憤りを受け止めるのもまた婚約者の務めだと思っている。

 柔らかく苦笑をする榛色の瞳に毒気を抜かれたのか、イヴェットの腕から力が抜ける。

「とりあえず、殿下とフルベール侯爵閣下に、ロゼに学院の入学名簿があることが伝わったと連絡してちょうだい。一応、誤配か閣下の手元にあるんじゃないかとは誤魔化してるから」

「りょーかい」

 軽くとは言え婚約者に胸ぐらを掴まれた状態で、フィルマンは小さく両手を上げた。

「あとはこっちで良いようにするから、お前は早く戻った方がいいんじゃないか? 戻りが遅いとお姫様にクソしてると思われるぞ」

「――そうね」

 にっこり笑ったイヴェットは胸ぐらを掴んでいた手に力を込めて婚約者を引き寄せると、そのまま全力の膝蹴りを婚約者の腹に食らわせた。

「盛大なお節介どうも。それと、そんな汚い言葉ロゼの前では使わないように注意してよね。次そんな言葉を言ったら、脳天カチ割って殿下にも報告するから!」

 いって、と腹を抑える婚約者の肩におまけとばかりに踵を振り下ろすと、彼女は鼻を鳴らして踵を返した。鷹揚とした度量の広さを見せるフィルマンだが、要らんこと言いなのが玉に瑕だった。


「さすが、狂狼の娘、だな」

 イヴェットの父は戦闘狂の狼と呼ばれる野戦のプロだ。型破りの戦法で敵情を混乱させ、躊躇なく敵を屠る。それもほぼ素手で。剣を握った方が人並みの強さになるというよく分からない人だ。

 そんな辺境伯の血は長女のイヴェットにも濃く継がれているようで(ペシャラ辺境伯家は強さこそ全てであり、男女関係なく爵位継承権を持ち、今のところ長子のイヴェットが最強姉として君臨している)、イヴェットも素手ならば騎士団のほとんどを地に沈めることが出来る腕の持ち主だ。ただ、狂狼から生まれた淑女、ペシャラの奇跡と言われるイヴェットが、人を殺すことに慣れていることを知る者はほとんどいない。

 剣術ならフィルマンの方が圧倒的な強さで勝つのだが、肉弾戦に持ち込まれればおそらくイヴェットが勝つだろう。本気でやり合ったことはないが、未来の王太子妃を狙う暗殺者と対峙した時の動きから、本気でやり合うことは避けようと思ったフィルマンだ。自身の身体の使い方、相手の力の利用の仕方、そして人体の急所という急所を知り尽くし、それを躊躇なく実践できる彼女はまさに狂狼の娘に相応しかった。

「とりあえず、私が雑魚の動きを止めながら頭を潰してくるから、止めは任せたわ」

 と女性としての身体の軽さを生かした俊敏な動きで相手の懐に素早く入り込んだと思ったら、電光石火の速さで素手で敵の目玉を抉り出しまくる彼女に無駄動きは一切なかった。呻く敵ばかりを残されて、そこまでするならいっそお前が仕留めろよ、とげんなりしたものだ。

 そんな彼女の本気の膝蹴りと踵落としを食らっても無事なのは、内臓や急所を外し、防具に力を分散させるように計算しての蹴りだったからだろう。任務に支障が出ないようにとの彼女の婚約者に対する思いやりだろう。多分。

 フッ、と一息強く吐いたフィルマンは、痛みなどなかったように姿勢を正し、状況説明のため王太子殿下の執務室へと向かった。


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