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 どうしてこんなことにと苦悩するルシンダに、相変わらず美しく輝かんばかりの、陽の光の下でさらにその輝きを増したロゼトワールが近づく。

「ルシンダさん、お一人なの?」

「ええ。はい。まあ」

 聖女な侯爵令嬢様には、一人寂しくご飯を食べる哀れな娘に見えたのかもしれない、とルシンダが内心で溜息を吐いていると、「まあ」とかわいらしい声が上がった。小さく口元で手を合わせている姿もまた愛らしい。そうした愛らしくこじんまりとした動作が嫌味なく似合ってしまうのがロゼトワールという少女だった。

「もしかして、それは、『お弁当』というものかしら?」

 ルシンダの膝の上に乗った籐編みの箱を見つけたロゼトワールの言葉が弾む。

 平民や男爵家といった貧しい家庭に生まれたヒロインは、貴族の使う食堂を利用できず、手作りのお弁当を持ってくるという話がある。日頃、給仕が料理の説明とともにサーブしてくれる食事しかしたことのないロゼトワールは『お弁当』という物を実際に見たことがない。生粋のお嬢様育ちでもあるため、調理場に立ったこともなく、料理をしたこともない。

(あれが、噂の『お弁当』というものね! ヒロインの作った料理を食べると、どんなに不愛想なヒーローも笑みがこぼれるという、あの、伝説の……!)

 ロゼトワールにとって、『お弁当』とは、ヒロインにだけ与えられる究極の伝説級のアイテムだった。

「すごいわ! ルシンダさん! 貴女、『お弁当』も作れるなんて!」

「いえ。これは、食堂で作ってもらったもので――」

 お坊ちゃまやお嬢様の些細な我侭も叶えてくれる学院の食堂では、「外で食べたい」というような我侭も叶えてくれる。事前に要望を伝えておけば、昼休みの開始時間にこうしてランチボックスに豪華な食事を用意してくれる。今日の中身は生ハムとスモークサーモンのマリネ、海老のクロスティーニ、フォアグラのクレームブリュレ、ホタテのフリットにほうれん草とベーコンのキッシュといった前菜に、鴨肉と牛肉のローストに野菜をたっぷりと挟んだサンドウィッチにバジルが香るさっぱりとしたトマトの冷製スープ。そしてデザートにはフルーツたっぷりのミニタルトまで付いてくる贅沢仕様。

 元々自分でお金を支払うという環境にないロゼトワールの頭からは抜け落ちているが、この学院に通う学生は学院内での生活にお金を使うことは基本的にない。おまけに学院の中でも特に学費が高いことで知られる王都の学院に通うため、それまでの教育費も含めて経済力があることが前提だ。

 ルシンダは確かに元平民の男爵子女ではあるが、物語によくある貧乏ヒロインではないのだが、ロゼトワールの中では、ルシンダはどんな逆境にくじけないヒロインとして認識されているため、値段の高い貴族の食事が食べられなくても、こうして自分でお弁当を作る素敵なヒロインにしか見えない。ルシンダの説明なんて聞いていない。


「わたくし、『お弁当』を見るの初めてですの。拝見してもよろしいかしら?」

 興味津々。興奮気味に小走りで近づいてきたと思ったロゼトワールは、ルシンダの二、三歩手前で、こけっ、とバランスを崩した。

 あっ、と腕を突き出して倒れ込むロゼトワールに、ルシンダは反射的に避けようと仰け反ろうとして、

(いや、これ、私が避けて、フルベール様が怪我でもしたら、確実に殺されるヤツですよね……?)

 という思いが過り、仰け反りかけた身体を起こしてロゼトワールを受け止めようと立ち上がろうとしたところ、膝の上のランチボックスの存在に身体のバランスを崩して、ワタワタと両手を動かしながら、


「ルシンダさんッ!」


 ――バシャンッ!


 ルシンダは尻もちをつくように噴水の中にひっくり返った。

 こけかけたロゼトワールは、イヴェットに抱きすくめられて無事だった。

(あっぶなっ! あやうく首が撥ね飛ぶところだった……!)

 ルシンダとイヴェットは同じようなことを揃って思った。

 ロゼトワールが転んでいたら、水飛沫ではなく血飛沫が舞うところだった。

 彼女達に非はなくとも、それを許さないのがアシルだということは嫌というほど分かっている。どんなにロゼトワールが自分からこけたとしても、それを守れなかったイヴェットが悪いし、そこにいてロゼトワールの興味を引いたルシンダが悪い。そう判断する男だ。

 心臓がまだバクバクと跳ね上がっているが、ロゼトワールが怪我もなく無事だったことに、ルシンダとそしてイヴェットは心の底から安堵した。


「ごめんなさい、ルシンダさん! どうしましょう。午後からの授業が……それに、このままでは風邪をひいてしまうわ!」

「大丈夫です。お気になさらず!」

 むしろ風邪をひいて寝込めるものなら寝込んでしまいたいルシンダは、噴水の中から出ることもなくそう返す。

 オロオロとしていたロゼトワールが、「あ」と何かを思いついた顔で、パンッと両手を合わせた。

「寮にいらして」

「――へ?」

「わたくし、もう一着制服を持っていますの。それをお貸ししますわ」

「いえ。大丈夫です。結構です。お構いなく!」

「そんなことできませんわ。それに、お昼ご飯も駄目にしてしまいましたし。寮で一緒に頂きましょう?」

 ね、と笑顔で差し出される提案を断ることが出来るのなら、そもそもルシンダはここにはいない。


「――――……有難く、ご一緒させて、頂きます……」


 降り注ぐ噴水の飛沫の中で、力なくそう返すことしか出来なかった。

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