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暴走侯爵令嬢の被害者ルシンダちゃんかわいそう物語はっじまるよー

 そこにあるけれど見えない。空気のような存在をルシンダは目指していた。

 けれどその目標は早々に、脆くも崩れ去ることになる。


 王族登校とでも言うべきなのだろうか。

 堂々とした威厳のある風格の王太子殿下に腰を抱かれるようにして登校したロゼトワールは、教室に入るなり、教室のど真ん中に座るルシンダににこりとした笑みで声を掛けた。

「ごきげんよう、ルシンダさん」

 ロゼトワールとしては、婚約者である王子との関係を見せつける悪役令嬢ぶったつもりだったが、周りから見れば扱いあぐねて遠巻きにされている男爵子女を気に掛けて積極的に声掛けを行っている優しい侯爵令嬢にしか見えない。なんなら『あの』ロゼトワールに声を掛けられて羨ましい――と思うが、それからすぐに思い直したように、そっと視線を外してクラスメイトは無関心を装う。

 花が綻ぶような華やかな笑みを向けられるルシンダは、ロゼトワールに声を掛けられる度に、きゅぅ、と胃が引き絞られる思いがする。

 春のような穏やかな笑みを向けるロゼトワールの後ろで、氷のような目で凄んでくる王太子の視線に全身の筋肉が引き攣る。

「ご、ごきげんよう、フルベール様」

「まあ。いけませんわ、ルシンダさん。まずは、殿下にご挨拶なさいませ?」

 男爵家――それも金で買った一代限りの成金男爵家の娘が、いきなり王太子殿下に声を掛けることは礼儀に欠ける。だからこそロゼトワールが、アシルの婚約者の立場を利用して、王太子のアシルと男爵子女のルシンダの話すきっかけを作るのだ。


(挨拶は会話のきっかけ。さあ、二人とも思う存分話を弾ませてちょうだい!)


 悪役令嬢としていいことをしている――悪役なのに善行というのがすでに矛盾しているが――と信じて疑わないロゼトワールは、にこにこと二人の様子を見つめる。熱心に見詰めているはずなのに、引き攣る表情を浮かべるルシンダの様子には気が付かない。

 王太子の婚約者である侯爵令嬢にそう言われれば、ルシンダは従わないわけにはいかない。震えそうになるのを堪えて、最敬礼を取って挨拶をする。

「ご、ご機嫌麗しゅう、アシル王太子殿下」

「まあ。それではいけませんわ、ルシンダさん」

 ルシンダのカーテシーにロゼトワールが近寄り、後ろから抱きつくようにして不完全な部分を指摘する。

「スカートの裾を持つ角度はこう。そして、最敬礼のカーテシーは、一般のカーテシーと違って背筋を曲げて行うのよ。もっと深く。頭ももっと下げて。そう。いい感じだわ。倒れてしまってはみっともないですから、気をつけてくださいね」

 物語の悪役令嬢の多くは、身分の低いヒロインの礼儀作法がなっていないと、人前で指摘をして、わざと恥をかかせるのだ。礼儀作法が身に付いていない者はヒーローの横に立つことなど出来ないと教えるために。

 ふわりと密着する身体に、ルシンダは血の気が引く。

「さあ、ルシンダさん、もう一度挨拶なさって?」

「ご、ごき、ご機嫌麗しゅう、アシル王太子殿下ッ……」

「俺の婚約者に真っ先に声を掛けて貰えた上に、直々に礼儀作法を習えて良かったな、レッキー男爵嬢?」

 掛けられる声に、ひぃっ、とルシンダは喉の奥からせり上がってくる悲鳴を懸命に堪える。分かっていたことだが、王太子殿下のご機嫌は全く麗しくない。俯いた顔のままなんとかやり過ごす。

「み、身に余る光栄に、存じます」

「そうだな。俺の婚約者である侯爵令嬢が見かねて手を貸すくらいに礼儀作法がなっていない己を存分に恥じるんだぞ、レッキー男爵嬢」

 俯いて顔は見えないのに、凄絶な笑みが向けられていることをひしひしと感じる。アシルから見えない吹雪が吹き荒れているのを感じる。吹雪というか氷塊が舞っている。ゴウゴウと音を立てているようだ。無数の鋭い氷柱に貫かれる心地にルシンダの身体は小刻みに震える。

「まあ! ルシンダさんったら。これだけのカーテシーに耐えられないなんていけませんわ。もう少し身体をお鍛えなさいませ」

 違う。そうじゃない。全然違う! 震えているのは、貴女様の婚約者様が怖いからです!!

 けれど、口答えなど許されないことを理解しているルシンダは、震える声で

「しょ、精進いたします……」

 と答えるしかない。

「ヴィー。そろそろ授業が始まる」

「あら、もうそんな時間? 明日からもう少し早く登校しましょう? これでは、ルシンダさんとお話する時間がありませんわ」

 ロゼトワールの言葉に、最敬礼のままアシルとロゼトワールが着席するのを待つルシンダは、

(やめてっ!)

 とは内心で悲鳴を上げた。

 拷問のような時間がこれ以上続くなんて考えたくない。

 

 ルシンダの内なる苦しみを知らないロゼトワールは、出来の悪い生徒を慈しむような声で、アシルに楽しげに話しかけている。

「ふふ。やはりルシンダさんは、平民出身のお嬢さんだからか、マナーの基礎がなっていないようですわね」

「そうだな。だが、いくら見苦しいからと言ってヴィーがわざわざ教えてやる必要もないだろう」

 ヒロインを虐げる悪役令嬢を嗜めるヒーローのようなアシルの言葉に、ロゼトワールは物語が順調に動き出したと勘違いし、

(この調子だわ!)

 と胸を張って答える。

「いいえ! これはアシル殿下の婚約者であるわたくしの役目なのですわ! わたくしがルシンダさんを立派な淑女へと育てて見せますわ!」


 最前列から聞こえる会話に、ルシンダは身震いした。

 どうしてロゼトワールがこんなにも親切に接してくるのか分からないが、その春のような暖かみのある優しさと、その婚約者様から向けられる極寒の厳しさの寒暖差に風邪を引きそうだ。

(いっそ本当に風邪をひいて休んでしまいたい)

 ロゼトワールに声を掛けられる度に、倒れてしまいそうな具合になるのに、平民の雑草根性がそうさせるのか、今のところルシンダは倒れるに至っていない。

(健康で、丈夫な身体が、今は憎い……!)

 最前列から放たれる殺気を感じながら、失神できない己をルシンダは嘆いた。

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