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「ところで、マリーは入学生、確認した?」

 マリーと呼ばれたのはマリエール・オルガ・モンタニエ侯爵令嬢。緩いウェーブのかかった白銀の髪に、垂れ目がちの薄紫色の瞳を持つ令嬢は、王太子殿下の側近であり、次代の宰相と言われている、リオネル・エリク・シャリエール公爵令息の婚約者だ。

 そんな彼女に声をかけたのが、イヴェット・アレット・ペシャラ辺境伯令嬢。緋色の髪にややつり目がちの翡翠の瞳を持つ令嬢だ。彼女は騎士団長を父に持ち、自身も騎士として王太子殿下に仕えるフィルマン・テオフィル・アディノルフィ侯爵令息の婚約者だ。

「まずは、レッキー男爵家は注意した方がいいと思うわ」

「そうよね。王太子殿下とその婚約者のロゼが入学する年に合わせてだなんて、ちょとね」

「学院も学院ですわ。そんなあからさまな家の者を同じ学科に入学させるなんて」

「ほんとよ。男爵子女とは言え、今まで平民として暮らしていた庶子が、特別貴族科なんて普通ありえないでしょう」

 王都と主都にある王立の学院は、貴族だけではなく一部の平民も入学できる。特に王都の学院は王族も通うため、より高度な学問を学べる一方で、入学金や授業料が高いと有名だが、成績が優秀な平民や下位貴族は入学金の免除や減免措置が取られ、収入によって学問の機会が奪われないようになっている。ただ、前提条件として入学試験を通るためには相応の教養が必要となり、本当の平民が入学してくるのは稀なことだ。

 更に学院に入学できても、平民が貴族と同じ学棟で学ぶことは無い。貴族が入る貴族科と、富豪を含めた平民が入る普通科は別棟にあり、出入口も異なるため彼らが顔を合わせることはない。さらに貴族科も、特別貴族科と一般貴族科に分かれており、特別貴族科は伯爵以上の家の者と、特別優秀な下位貴族の者のみが通うことができる。

 教養のある男爵家の娘が、王都の学院に通うこと自体は不思議ではなく、更に成績優秀者であれば特別科に入学することも不思議ではないが、それはあくまでも生まれてからずっと男爵子女、貴族として教育を受けてきた場合であり、つい最近まで平民として過ごしてきた男爵子女が特別科に入学するなんて、何かあるのではと二人は疑っていた。


 眉をひそめて話す友人達の話をきょとんとした顔で聞いていたロゼトワールが「まあ」とかわいらしい歓声を上げた。

「元庶民の方が特別科に通われるなんてすごいわ! とても優秀なお嬢さんなのね」

 大きく丸い夜空色の瞳を輝かせ、頬をうっすらと紅潮させたロゼトワールの姿に、二人の声がピタリと止まる。これからの出方を窺うように目配せし合う。

「でも、二人もすごいわ。わたし、そういう情報に疎くて、どなたが入学されるのかなんて全然知らないもの」

 恥ずかしいこと、と恥じ入るロゼトワールに、

「いえ。わたし達も名簿を見て、知らない名前が気になっただけよ」

「ええ。ほら、王都の学院に通う方はほとんど社交界での顔見知りばかりでしょう?」

「初めて見るお名前の方が、どんな家柄の方か分からないと不安だったのよ」

「ちょっと心配しすぎたかしら?」

 と自分達の持つ情報は大した事などないのだと、ただ単に自分たちの気が弱いだけだと、ロゼトワールを慰める。彼女達の婚約者が聞けば「不安? 心配? どの口が」と呆れただろう。

 ロゼトワールの友人は、機転が利いて、口も達者で、武芸や諜報活動に長けており、権力も財力も自信もあり、おまけに敵とみなしたものは徹底的に、容赦なく、権威も尊厳も奪い取る方法で追い落とすことに躊躇のない好戦的な令嬢だ。


 ロゼトワールが王太子殿下の婚約者になってしばらくして出来た友人達は、王太子殿下が囲いの一つとして認めた精鋭だ。ただ、最初こそ王太子殿下の声掛けにより集まった彼女達だが、今では(主に王太子殿下の手により)世間知らずの天然お姫様に育ったロゼトワールに庇護欲を掻き立てられ、「ロゼはわたくし達が守らなければ!」と意志を強くしている。何なら「あの王子からも守らなければ!」とすら思っている。ロゼトワールの守護者にとって、ある意味強大な害虫は彼女の婚約者である王太子殿下だった。

 そんなロゼトワールの守護者たる彼女達にとって、入学者の素性を調べあげることは当然だった。

 一見すると優雅ににこやかに過ごしているように見える貴族社会だが、その裏では特権を死守し、あるいは拡大するために様々な策謀を画策し、暗躍し、派閥を作り対立しているのが常だ。それが見極められない愚か者たちは、狡猾な貴族の餌となり、知らず知らずのうちに衰退していく。

 侯爵令嬢という高位貴族令嬢であり、王太子殿下の婚約者であるロゼトワールは、権力争いをする者にとっては魅力的な餌になる。おまけに、過保護に囲いこまれた純真無垢な天然令嬢だ。魑魅魍魎の狡猾な輩にとってはどれだけ付け入りやすい存在だろうか。彼女を介して、自分達に有利な政策を通そうとしたり、彼女を追い落として我が娘こそを王太子殿下の婚約者に、と画策しないとも限らない。もっとも、ロゼトワールを傷付けられるようなことがあれば、王太子殿下自身が真っ先に動き首謀者から末端の人間まで洗い出して、物理的に首を撥ねたりすることになるだろうが。

 そんな我らがお姫様のロゼトワールを守るために、怪しいところのある人間は調べあげ、近づけないようにしなければならなかった。


 学院側も貴族社会が美しいものではないと知っているからか(そもそも学院長は臣籍降下した元王族公爵が務めることが常であるし、教員等の関係者の多くが貴族の出だ。貴族社会の裏の顔を知らないはずがない)、入学前には入学者名簿が配られ、それぞれの派閥内で事前に交流を深め、情報を共有したりするのが常なのだが、

「名簿?」

 ちょこん、と首を傾げるロゼトワールの姿に、彼女達は全てを悟った。


(あの独占欲の塊男め!)


 大方、ロゼトワールが自分以外の人間に興味を持つことを嫌った王太子殿下が、彼女のもとに名簿が届くのを阻止したのだろう。それならそれで、こちらにもその情報を流せというものだ。

 パチパチと瞬きで意思疎通を図った二人が、にこりと笑って心配のないように話を進める。


「ロゼのところには手違いで届いていないのかもしれないわね。よくあるものね、郵便事故」

 近寄って欲しくない家からの招待状等は、基本的に王太子殿下の手により握りつぶされてロゼトワールの元には届かない仕様になっている。ロゼトワール宛に出したと言われる招待状に覚えがないのは良くあることだ。

「ウチはお父様の名前で届いたようだから、もしかしたらフルベール侯爵閣下がお持ちかもしれないわ」

「そうね。お父様は毎日沢山の書類を受け取っているから、どこかに紛れているのかも。帰ったら聞いてみるわ」

 教えてくれてありがとう、とふわりと笑うロゼトワールに、令嬢達はそっと胸を撫で下ろした。


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